三十三
大夜会の翌日、ヴィルへルミネは自室で遅めの朝食を摂りながら、今日の予定を確認していた。
今日は皇宮で昼餐会、晩餐会が開かれるが、出席者は皇帝と皇妃、各家門の当主夫妻と駐在大使だけなので、ギルエルフィネ、ヴィルへルミネ、ダリウスの三人は一日自由である。年始は授業も無いため、ベッドでごろごろしてても許されるのだ。
──まあ、部屋に籠もるのはとっくに飽きているのだけれど。
部屋でゆっくりは去年堪能した。もともと活発な方であるヴィルへルミネは、引きこもるのに向いていないことを身にしみて理解している。
「レオーネ様とお散歩でもしようかしら」
昼食と夕食はギルエルフィネとダリウスと摂る予定だし、それ以外ではレオーネと過ごしてもいいだろう。それに、ミミネアのことや婚約式までの間にやってきおきたいことを改めて話し合いたい。
そうと決まれば、とヴィルへルミネはレオーネに来訪する旨を伝えるよう、侍女に頼んだ。
だが帰ってきた侍女に聞かされたのは、レオーネがまだ寝ているという話だった。
──初めての夜会だったし、寝るのも遅かっただろうし、しかたがないのかしら。
ヴィルへルミネはしばらく考え込んでからふと、あることを思い付いた。
───
時刻が朝から昼に傾きつつある頃、レオーネはようやく目を覚ました。
自分が朝に弱いことを理解しているレオーネは、常日頃は早く寝ることを心がけている。だが夜会は日付が変わるまで終わらなかったし、一応主催側なので途中で抜けるわけにもいかなかった。
初めての夜会で身も心も疲れ果てて、寝るのも遅かったとなれば、起きるのもまた遅くなるのは当然である。むしろ午前中に起きることができたのを褒められるべきだった。
レオーネは重い頭を何とか持ち上げ、目を開けた。
「おはようございます、レオーネ様」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」
横から聞こえてきた声に、レオーネは硬直した。
小鳥のさえずりのような愛らしい澄んだ声は、常ならば一番聞きたい声だった。
ぎぎ、と錆びたぶりきのような動作で首を巡らせたレオーネは、声無き絶叫を上げた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜⁉」
「あらまあ、大丈夫ですか?」
小首を傾げてレオーネの顔を覗き込んでいたのは、ヴィルへルミネだった。
夜会の翌日だというのに、ヴィルへルミネは髪を整え、ドレスを着ている。装飾品のたぐいは着けていないものの、そのまま散歩に出かけられるような格好だ。
対して、レオーネは起き抜けなので当然寝間着姿である。髪は寝癖でぼさぼさだし、顔だって洗っていない。幸い髭は薄いたちなので、色黒なのも手伝って目立たないだろうが、とても見せられる状態ではなかった。
──ただでさえ色々情けない姿を見せているのに、この上寝起きまで見られるとは⋯⋯
絶望のあまり窓から飛び降りたい気分になるが、ヴィルへルミネはにこにこだった。
「レオーネ様は朝に弱いのですね。夜会明けですし、無理せず昼まで寝てらしてもいいのですよ」
「いえ⋯⋯あの、大丈夫⋯⋯いや、そもそもなぜ、ヴィルへルミネ様がここに」
「ラルクに入れてもらいました」
「らぁるぅくうぅぅぅ」
怨嗟の声を上げる主を、ヴィルへルミネの後ろに控えていたラルクはからから笑った。
「いやあ、皇女殿下に上目遣いでおねだりされたら、レオーネ殿下の尊厳なんて大したことないなあと」
「解雇だ! 今すぐ辞めろっ。あとその記憶は即刻消せ!」
「男の嫉妬は醜いですよ~」
主従の漫才を優雅に微笑みながら眺めていたヴィルへルミネは、侍女に指示して用意させていた朝食を運ばせた。
「本当に、今日は無理せずゆっくりしてくださいな。それだけ言いに来たんです」
「なら人伝でもいいのでは⋯⋯」
「すみません、レオーネ様で遊びたくなって。あと寝姿を観察したくて」
「俺はペットか何かですか!?」
せめて人間扱いしてほしい。切実に願った。
確かに自分は獅子の獣人だが、飼い猫じゃないんだぞ──と恨みがましくヴィルへルミネを見つめると、彼女はころころ笑った。
「冗談ですわ。貴方は未だにわたくしに対して肩肘張ってる部分があるので、ちょっと空気を抜いて差し上げようと思って」
「そうは言っても⋯⋯こんな姿、見られたくなかったんですが⋯⋯」
「でも、この先結婚したら今のようなお姿を見ることになりますわ。それが早いか遅いかではなくて?」
「それはそうですけど⋯⋯」
確かに今後、寝起き姿を見られることはあるだろう。だがそれは何年も先の話だし、ただでさえ養われている立場なので、せめて身なりは格好つけていたかったのである。
ヴィルへルミネはまだ男心が解らない、というミカエルシュナの言葉を痛感するレオーネだった。
そんなふたりの様子を面白そうに眺めていたラルクは、話がいったん止まったタイミングで前に進み出た。
「レオーネ殿下。殿下宛に複数枚手紙が届いております」
「何?」
「皇女殿下をお入れしたのは、実はこっちが本命なんです」
差し出された手紙の束に、レオーネは眉をひそめた。
夜会の後に主催宛に手紙が送られることが多いというのは、レオーネも聞いていた。だが、レオーネになぜ手紙が届くのか。
「⋯⋯誰からだ」
「スピドルフ公爵家とロンブル侯爵家から一通ずつ、まだ内容は確認しておりませんが、こちらは婚約のお祝いでしょう」
「そうね。二家には事前に婚約の話は伝わっていたはずだし、大夜会前にしたためたものを送られたのでしょう。わたくしのところにも来てましたもの」
ヴィルへルミネが頷いた。表情は真面目なものに切り替わっている。
「あとは⋯⋯送り主を見るに、女性からのものが七通です」
「七通──思ったより多いな」
レオーネは眉間をもんだ。
昨日時点で、側妃狙いの令嬢から何かしらのアクションがあるだろうことは予想していた。
だがレオーネの婚約者は皇女であるヴィルへルミネだ。よほど常識が無いか、あるいは自信過剰でなければ即日行動することはないだろうと思っていたのだが、どうやらどちらかの人種は意外と多いようだ。
「トゥファ嬢からはありますか?」
「はい。⋯⋯なんか、凄い気合いの入った封筒なんですが」
ラルクが抜き出したのは、薄いピンクに可愛らしい黄色い花が描かれた封筒だった。レオーネの鋭敏な嗅覚は、そこから甘ったるい香水の匂いを嗅ぎ取る。
「⋯⋯ヴィルへルミネ様、手紙に香水を吹きかけるのって」
「恋人や婚約者、伴侶に対して行う行為ですわ」
「ですよね⋯⋯」
ミミネアの中で、レオーネはすでに親しい間柄らしい。色んなものをすっ飛ばして幻覚を見ているように思えてならない。
「あと⋯⋯マルダスの駐在大使からのものもありますよ」
「今更何だ? 俺が婚約者候補になった時も無視したくせに」
レオーネは吐き捨てた。
「内容は気になりますけど⋯⋯まずは食事をなさっては? 許可をいただけるなら、わたくしが先に中身を確認しますわ」
「お願いできますか」
「ええ。では、別室で読ませていただきますわ。レオーネ様はごゆっくり、お食事をしてくださいませ」
ヴィルへルミネは座っていた椅子から降りると、手紙を持つラルクと共に寝室を後にする。
レオーネはため息をつきながら、少し冷めてしまった食事に手を付けるのだった。




