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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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三十一

 大夜会を終えて、ヴィルへルミネは自室に戻ってきた。


 ──何だか、無駄に疲れた気がする⋯⋯


 ため息をついたヴィルへルミネの顔を、部屋まで送ってくれたレオーネが覗き込んだ。

「ヴィルへルミネ様、大丈夫ですか?」

「ええ⋯⋯少し疲れてしまって」

「そうですね⋯⋯俺も疲れました」

 そう言うレオーネの顔は、確かに疲労がにじんでいた。人前に出る機会があまりなかったと言うし、ヴィルへルミネ以上に疲れたことだろう。

 ましてや、トゥファ侯爵家の一件もあったのだから。その後も色々(、、)な出来事があったりして、疲れないわけがない。

「明日の昼餐会と晩餐会はわたくし達は参加いたしませんし、お互いゆっくりしましょう」

「はい。では、お休みなさい」

「ええ、お休みなさい。よい夢を」

 レオーネは名残惜しそうな顔をしてから去っていった。そんな彼が見えなくなるまで見送り、ヴィルへルミネも部屋に入る。

「入浴の準備はすでに整っていますから、先にドレスを脱いでもろもろほどいてしまいましょう」

「ありがとう、シュネー。でも、貴女だって疲れたでしょう? ほかの侍女に任せてもいいのよ」

「いえいえ。私は明日一日お休みをいただいていますから、最後までさせていただきますよ」

 未だドレス姿のシュネーは、てきぱきとヴィルへルミネのドレスや装飾品などを外していく。コルセットを外したタイミングでほう、と息をついたヴィルへルミネは、ふと、思い付いたことを口にした。

「ねえ、シュネーって恋をしたことある?」

「っ!?」

 とたん、シュネーは大げさなほど飛び上がり、持っていた装飾品を落としそうになった。

「も、申しわけありません」

「いえ⋯⋯落とさなかったのだからいいわ。それより、その反応⋯⋯もしかして、現在進行形?」

 ヴィルへルミネがおそるおそる問いかけると、シュネーの顔が真っ赤になる。初めて見るシュネーの様子に、今度はヴィルへルミネが驚く番だった。

「えっ、本当に?」

「で、殿下」

「貴女がよく接する殿方⋯⋯ヴォルフとか? でも最近は同性でも好きになることも」

 言いかけたヴィルへルミネは口を閉ざした。ヴォルフの名を出した瞬間、シュネーの顔色が更に赤くなったからだ。

「え、やだ⋯⋯当たってしまった?」

「殿下ぁ」

 ついには情けない声を上げて座り込んでしまったシュネーに、ヴィルへルミネは眉尻を下げた。

「ごめんなさい、まさかそんな反応をするとは思わなくて」

「そりゃ⋯⋯普段はお仕事中ですから、顔に出さないようにしてますし。仕事上でヴォルフにそういう態度を取らないように意識してますから」

 感情表情豊かなシュネーだが、曲がりなりにも皇宮の侍女である。それぐらいの感情のコントロールはお手の物だろう。

「⋯⋯ヴォルフは知ってるの?」

「いえ、告白もしてませんし⋯⋯私も気付いたのは最近ですから⋯⋯ていうか、珍しいですね、殿下がそういうことに興味持つの」

 いつもの調子を取り戻したシュネーは、手際よく動きながら首を傾げた。それに対して、ヴィルへルミネは頷く。

「そうね。実際今でも、そこまで恋愛ごとに興味は無いの」

「そうなんですか?」

「ええ。ただ、今日のトゥファ嬢の様子を見て、少し思うところがあって」

「あー⋯⋯あれですか。確かに、あれはレオーネ殿下に一目惚れしたみたいな感じでしたもんね」

 シュネーが吐き捨てるように言った。ヴィルへルミネの前でなければ舌打ちぐらいはしたかもしれない。

「わたくしは同世代の殿方からだけれど、ああいった目で見られることは多かったの。だからすぐにトゥファ嬢の意図も解ったのだけれど⋯⋯あんなに周囲が見えなくなるものなのかしらって思って」

「あそこまでの人はそうそう無いと思いますけど、確かに恋愛で周りが見えなくなる人はいますね」

 シュネーはヴィルへルミネの髪を櫛ですきながら言った。

「そういえば運命の番の話を聞いた時、一目惚れで暴走する人のことを思い出したんですよね。ああいう人達って相手に恋人や伴侶がいようとアタックしていくし、一方的に運命だと言う人もいるんで、何だかよく似てるなって」

「確かに⋯⋯」

 本能に基づいているか否かの違いはあるが、自分の直感や価値観を絶対視して周囲を振り回す様は似ている部分が多い。

「あの時はまさか王太子殿下までそんな風になるとは思わず、無責任な発言をして申しわけありません」

「いいのよ。シュネーの言葉も正しいもの」

 シュネーは将来一国を担う人が政治的判断ができなくなるようなことはないと言った。それは間違いないし、そう心がけるのが王族や皇族の務めでもある。

 だが、そうは言っても所詮王族皇族も心を持った一個人なのだ。完全に義務と欲求を切り分けることは難しい。だから必要なのは、自分を律することである。

 そういう意味では、リエーフはその意識が足りなかったとも言えるのかもしれない。

「でも、たとえ運命を感じたとしても、それが本気の恋だとしても──相手もそうだとは限らないじゃないですか。世の中、成就した恋より失恋の方が多いですし」

「そうね。お父様やお母様のようなパターンの方が珍しいわ」

 あのふたりの場合、色々例外なので参考にならないが。

「道ならぬ恋は舞台や小説でもてはやされますけど、現実に照らし合わせたら、不倫や浮気だったり、ただひたすら周囲に迷惑をかけるだけのものも多いですし、もう場合によるとしか」

「そうよねぇ⋯⋯それで言えば、トゥファ嬢は迷惑の部類に入るわね」

 本人には悪いが、婚約者のいる相手を好きになるということはそういうことなのだ。それで胸の内に秘めれば本人だけの問題で済むが、それを相手にぶつければ問題は周りの人間にも降りかかる。

「このまま諦めてくれればいいけど」

「無理でしょう。あの様子じゃ、折を見てアタックしに来ますよ」

「皇宮にいれば安全だけど、絶対とは言えないしね。彼女、トゥファ家の後継者だし」

 それを盾にされれば、下級侍女や一般の官吏達では止められないかもしれない。

 幸いなのは現トゥファ侯爵が皇宮に役職を持たないことだろうか。少なくとも仕事の引き継ぎを理由に連れてくることは無い。

「来週までに片付くかしら⋯⋯」

 来週はギルエルフィネの皇太子任命式がある。周辺国からの来賓も来るから、誤魔化しが利かない。

 ヴィルへルミネはミミネアが次期侯爵としての自覚を持っていることを祈ると同時に、それが望み薄であることも何となく察して、今から気が重かった。

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