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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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30/116

三十

 トゥファ侯爵一家とのやり取りで疲れたが、貴族達の挨拶は待ってくれない。その後も疲労を隠して挨拶を受けていく。そして、気付けば駐在大使や外交官達の挨拶を受ける時間になっていた。

「マルダスの大使は何を言うのかしら」

 ヴィルへルミネの呟きにレオーネはさあ、と首を傾げた。

 ヴィルへルミネは勿論のこと、レオーネもマルダス大使との面識は無い。犬の獣人であることぐらいしか聞いたことが無いのだ。ユリウス達からも大使の人となりを聞いたことはないので、どういう反応を見せるのか全く解らないのである。

 ただ、ローディウム入国前からレオーネの受け入れ拒否をしたとのことなので、少なくとも好意的な人物ではないだろう。

 そんなことを考えていると、マルダス大使がようやく現れた。

 薄茶色の獣耳と髪、同色のふさふさした尾に浅黒い肌をした中年男性である。紅い布地に孔雀の羽根のような柄をしたマルダス様式の礼服をまとった彼は、ほかの外交官や大使達より派手な装いである。何なら王子であるレオーネより派手なぐらいだ。

 マルダス大使は張り付けたような笑顔で頭を下げた。

「ローディウム帝国の皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

「ああ。久しいな、マルダスの大使殿。息災であったか」

 ユリウスはにやりと笑ってそう言った。

 とんだ嫌味である。マルダス大使はレオーネのご機嫌うかがいどころかユリウスに婚約に関する問い合わせもしなかったので、そこを詰められるのはさぞ痛いだろう。

 実際に、マルダス大使の笑顔が引きつった。

「なかなかうかがうことができず、申しわけございません。なにぶん、本国との折衝で忙しくしておりましたので」

「別に構わんよ。通商条約に問題が無ければこちらとしても文句は無い。幸運なことに、娘の伴侶にふさわしい者を見付けることができたしな」

 言われて、ようやくレオーネのことを思い出したような顔をしたマルダス大使は、ぎこちない仕種でレオーネを見た。

「遅くなりましたが、ご婚約おめでとうございます、レオーネ殿下。まさか、このような仕儀になるとは思いもしませんでした」

「それは私も同じ気持ちだ。だが、これもまた運命なのだろう。兄上には、貴方から感謝を伝えておいてくれ」

 レオーネはにこやかに言うが、内実を知る者が聞けば皮肉に満ち溢れていることが解るだろう。

 マルダス大使はそれを理解できる側だったようだ。とうとう笑顔が崩れ去り、額に汗がにじみ始めている。

 そこにとどめを刺すべく、ヴィルへルミネは口を開いた。

「王太子殿下にお伝え願えますか? おかげでよき出会いに恵まれましたと」

 マルダス大使は半分白目を剥いて、ねじ巻き人形のように硬い動きで頷いた。


    ───


 ──くそ、くそ、くそ! こんなはずじゃなかったのに⋯⋯


 マルダス大使は皇家の前を辞すると、そのまま舞踏場を後にした。かといって休憩室に行く気にはなれず、建物内をうろうろと歩き回ることになる。

 現在いる建物は社交のみに使われているものであるため、重要性のあるものは一切置いていない。そのため出入口などに見張りが立っている以外はたまに巡回の騎士がいるぐらいなので、そうそう見咎められることはない。

 それを意識したわけではないが、マルダス大使はその状況を存分に生かして自身の苛立ちを存分に発露していた。

「くそ! そもそも何であの第二王子と皇女が運命の番なんだっ」

 レオーネのマルダスでの地位は、王子といえど高くない。リエーフという立派な王太子がいる上に、正妃にはもうひとり王子がいるため、予備としても重要視されなかったからだ。それに母親も側妃の中で最下位だし、このまま行方をくらませ続けていれば本当に離縁が成立する。そうなれば、レオーネは後ろ盾も失うのだ。

 そうでなくともマルダス王に疎まれていれば、要職に就く可能性も低い。王家にい続けられるかどうかも微妙なところだ。そんな王子だからこそ、マルダス大使は受け入れを拒否したのである。

 それがまさか、大国ローディウムの皇女の婚約者にのし上がるなど、誰が思うだろうか。

「リエーフ殿下の運命の番は、卑しい貧民出身だというのに⋯⋯いや、そもそも皇女と婚約するのはリエーフ殿下だったはずなのに」

 マルダスにいる部下から、リエーフはヴィルへルミネとの婚約を諦めてはいなかったと聞き、改めて婚約の件を進められないかと画策していた矢先に、レオーネとの婚約を聞かされたマルダス大使は、当然焦った。

 勿論リエーフとの婚約が成る可能性が低いことは承知していたが、それでも政略的な目線で言えばローディウムにとっても悪くない話であるはずだった。だがレオーネとの婚約が成立してしまえば、建前の条件が合致するため、そうそう解消することはできなくなる。

 そして正式に婚約してしまうと、マルダスでのレオーネの重要度が増すことになり、ますますリエーフのやらかし(、、、、)が際立ってしまう。王太子派として、そしてレオーネを受け入れなかった立場として、相当にまずい状況だった。

 当初は何かしらの報復があるのでは、とおびえていたが、レオーネから見下した眼差しを向けられて、別の感情がわき起こった。

 マルダス大使は、プライドが高く、自己顕示欲の強い男である。それは、現在の過美な服装から明らかだ。

 そんな彼は、下に見ていたレオーネがはるか上に行くことに耐えられなかった。


 ──国王陛下に嫌われた王子のくせに⋯⋯あの小僧が!


 マルダス大使が心の中であらん限りの罵倒を吐き出している時、廊下の向こうからぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。

 ふと顔を上げると、亜麻色の髪をなびかせた少女が小走りに近付いてくる。

「あれは⋯⋯確かトゥファ侯爵の」

 マルダス大使は大夜会の初めの頃の出来事を思い出していた。

 席に戻る前のヴィルへルミネとレオーネに話しかける無作法をして、婚約者に回収されるという失態を犯した令嬢であることに気付き、マルダス大使の脳内にある企みが浮かび上がった。


 ──うまく行けば⋯⋯婚約を第二王子有責で破棄できるかもしれん。


 小賢しい計算を立てたマルダス大使は、優しげな表情を作って令嬢の行く手を遮った。

「ご令嬢、待たれよ」

 呼び止められた令嬢──ミミネアは、即座に足を止め、怯えた顔で後ずさった。それに対して、マルダス大使は頭を下げる。

「不躾にお声がけして申しわけない。私はマルダスの駐在大使を務める者。トゥファ嬢が我が国の王子殿下とお近付きになりたいと聞き、お力になれないかと思った次第で」

「まあ⋯⋯!」

 とたん、ミミネアの表情に喜色が浮かぶ。それを見たマルダス大使は、心の中でにやりと笑った。


 ──扱いやすそうな女だ。せいぜい引っかき回してくれよ。


 ひそかな企みに気付く者は、この時点で誰もいなかった。

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