三
マルダス王国の王太子リエーフを、皇宮の使用人達は歓迎しなかった。
別にあからさまに無視したり、食事や部屋のグレードを下げたりなどの明確な嫌がらせをしているわけではない。
ただ、こちらから話しかけることはなく、声をかけられても言葉少なに対応し、笑みを向けずに無表情で仕事をする。用が済めばさっさと退室し、目線も合わせない。
この対応に、リエーフは戸惑っているようだった。
「どうして歓迎されると思ってらっしゃるのかしら」
リエーフ達が到着した翌日、報告を受けたミカエルシュナは呆れたように呟いた。対面に座ったヴィルへルミネは、眉尻を下げる。
「求婚の場に妻を連れてきたことを、失礼だと思っていなかったのかもしれません」
「少し考えれば解るものでしょうに。マルダスはこの婚約を破談にしたいのかしら」
ミカエルシュナの言い分はもっともである。聞けば運命の番に会った獣人や竜人の中には相手を片時も離したくなくなる者もいるそうだが、それにしても謁見の間まで連れて来るのはやり過ぎだった。
「この調子だと、午後の予定にも連れてくるでしょうね。⋯⋯ヴィルへルミネ、助言というわけではないけれど、もし番を連れてくるようなら、即刻席を離れた方がいいわ。話をしても不愉快になるだけよ」
ヴィルへルミネは今日の午後、リエーフと一対一の茶会をする約束をしている。勿論ふたりきりではなく、シュネーを筆頭とした侍女達が傍で控えているが、一応は婚約者候補との茶会である。アミラがいるのは不適切であろう。
ミカエルシュナを含め、皇室側はこの婚約を断る方向に進めていた。
ユリウスはあの場で贈り物を受け取る姿勢を見せなかったし、後から話を聞いた兄は今すぐ贈り物ごと送り返せと主張した。もし姉が帰国していたら、リエーフ達を問答無用で叩き出していただろう。
おそらく、共に来た侍従、外交官達はこの婚約が無くなることを察している。解っていないのはリエーフだけで、彼はそもそも断られるとは考えていないようだ。
王太子らしい傲慢さだと言えるが、相手は自国より大国の皇女であり、自分と同等以上の存在だ。思い通りになるとは限らない。
「どうしてこうも自信満々なのでしょうか」
ヴィルへルミネが首を傾げると、ミカエルシュナはため息をついた。
「王太子として、自国では何でも思うがままだったんでしょうね。だから貴女との婚約も当然叶うと思っている。あとはそうね⋯⋯単純に、女相手だからと見くびっている部分もあるのかもしれない」
「見くびる?」
「マルダス王国は男性優位の考えが根付いているそうよ。女は男の所有物であり、従うのは当然の弱い存在という考えなの。あの国の王とは何度か顔を合わせたことがあるけれど、その考えがにじみ出ていたわ」
「そうなのですか?」
「ええ。わたくしが戦場に出ることがあると知った際、そのようなことは皇妃のすることではないと言ってきたの。ローディウム皇室の性質を知っているにもかかわらずね」
ミカエルシュナはその時のことを思い出したのか、不愉快さをごまかすように目をつむった。
ローディウム帝国の皇族は皆自ら戦う術を身に付ける。そこには男女は関係無い。ヴィルへルミネ自身、いざという時は魔法で戦う心構えをしている。
魔物の脅威があった際は最前線でその力を振るう。だからこそ皇族は帝国の頂点に立つことができる。いわばカルンシュタイン家に生まれた、入ったがゆえの義務だ。
それを女であることを理由に否定されれば、当然いい気持ちにはならないだろう。
「そうなると、あちらはお姉様が次期皇太子とされてるのにもいい顔はしなさそうですね」
「そもそも女性に継承権は無いそうだからね。ちなみに、最初はギルエルフィネに話を持ちかけたそうよ」
ギルエルフィネ第一皇女は、皇太子にこそ任じられていないが、国内ではそれに準ずる扱いをされている。留学から帰れば、正式に皇太子に任命される予定だ。
ギルエルフィネは現在十八歳。年齢の釣り合いは彼女の方が取れるし、確かにそちらとの婚約を考えるのが普通だ。第二皇子もいるから、跡継ぎの面ではギルエルフィネが他国に嫁いでも問題無いと言えば無い。
だが第二皇子であるダリウスは何年も前からいずれ臣籍降下して姉を支えると明言している。姉を立てるため、というのもあるだろうが、彼自身が自分より姉の方が皇帝に向いていることを感じ取っているのだろう。
女性が皇帝になることを阻む法律は無いし、周辺国には女王もいる。実際、ヴィルへルミネ達の叔父が女王の王配として他国に婿入りしている。
これはローディウム周辺国が革新的とかマルダス王国が遅れているなどではなく、単に文化の違いである。それ自体は問題無いが、自国の考えを他国に押し付けるのは違うだろう。
この場合、自国では戦う女性は珍しいぐらいに留めるのが正解だったろう。なにもわざわざ波風を立てる言い方をする必要は無い。
「先代までのことをわたくしは知らないけれど、少なくとも今代の王は女性を下に見るのを隠してはいないようね。そんなところに嫁入りするのは、母として反対です。皇妃としても、リエーフ殿下の対応を許すわけにはいかないわ」
「そうでしょうね」
ヴィルへルミネは頷いたが、幼いながらも皇女としての矜恃を持つヴィルへルミネは、言葉を重ねた。
「ですが、お断りするのはわたくし自ら行います。男性優位の考えが根付いているからこそ、わたくしからお断りすることで相手の意識を変えられるかもしれません」
リエーフは仮にも未来の国王である。これをきっかけに現王のような失言を繰り返さないようにしてくれれば、貿易に余計な軋轢を作らないで済むかもしれない。
ヴィルへルミネの言葉に、ミカエルシュナは困ったように眉尻を下げたが、頷いた。
───
茶会の時間になって中庭のガゼボを訪れたヴィルへルミネは、予想通りの光景にため息を漏らした。
ガゼボに用意された椅子は二脚。その二脚を、リエーフとアミラが使っている。
更にヴィルへルミネが来ていないにもかかわらず、アミラはすでに紅茶と菓子に手を出していた。美味しそうに菓子を頬張るアミラと、それを愛おしそうに見つめるリエーフに、ヴィルへルミネの心がどんどん冷えていく。
菓子も紅茶も、本来ならヴィルへルミネが来てから手を付けるのが礼儀だ。それは文化の違うマルダスも変わらない。たとえマルダスではそうでなくても、ローディウムに来た以上こちらに合わせるのが普通だろう。
そもそも紅茶を淹れるのは、全員が席に着いてからだ。なのに飲んでいるのは、おそらく侍女に無理を言って淹れさせたのだろう。他国の王太子に、彼女達が逆らえるはずがない。
それらを差し引いても、そもそもアミラがいること自体が問題である。
「リエーフ殿下」
ヴィルへルミネが声をかけると、リエーフが立ち上がった。だがアミラは立つどころか、顔を上げもしない。言葉が通じないとはいえヴィルへルミネの来訪には気付いているだろうに。
「ヴィルへルミネ殿下、お待ちしておりました。君、椅子をもう一脚用意してくれ」
「いえ、それは結構」
近くの侍女にそう命じるリエーフを、ヴィルへルミネは制止した。
訝しげにこちらを見るリエーフに、ヴィルへルミネは微笑みかけた。見る者全てを魅了する甘く柔らかな微笑に、リエーフは呆けた顔をする。
その顔に、ヴィルへルミネは言葉を叩き付けた。
「婚約は、無かったことにいたしましょう」




