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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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29/116

二十九

 騎士爵は一代限りの爵位であり、騎士の叙勲を受けた者が持つものである。ただ、全ての騎士が騎士爵を持っているというわけではない。

 騎士爵を賜るには騎士としての地位や実績のほか、一定水準の教養や礼儀作法を身に着けていることも前提条件となる。

 ヴィルへルミネの護衛であるヴォルフも、平民ながら騎士爵を得てるだけあって、ダンスなどの練習相手ができるほどの教養を持っているのだ。

 当然伯爵家出身かつ騎士爵を持つペレアスが、ダンスができないということはあり得なかった。

「ヴィルへルミネとレオーネ殿下が言っていたが、先ほどミミネア嬢はレオーネ殿下にダンスの誘いをしたそうだな。婚約者を放置してほかの者と踊るだけでは飽き足らず、礼儀や順番を守らずにそうする理由は一体何なんだ?」

 ギルエルフィネの問いかけに、ミミネアと侯爵は黙り込んだ。

 ペレアスは何とも言えない表情でギルエルフィネを見て、首を振る。余計なことを言わないでほしいと言いたげだ。ギルエルフィネは肩をすくめて口を閉じた。

「挨拶は終わっただろう。疾く去れ」

 すっかり消沈した様子のトゥファ家を、ユリウスは虫を払うように追いやった。

 侯爵夫妻はそそくさとその場を去ったが、ミミネアはあの、と声を上げる。ペレアスが連れていこうとするのに逆らって、彼女は前に出た。

「私、レオーネ殿下と踊りたいのです。どうか誘いを受けていただけませんか?」


 ──え、この状況で?


 ヴィルへルミネは信じられない気持ちでミミネアを見つめた。

 たった今ギルエルフィネに咎められたばかりなのに、この期に及んでレオーネをダンスに誘う神経が解らない。

 ミミネアは頬を赤らめて、胸の前で手を組んでレオーネを見つめている。ペレアスはその隣で苦虫を噛み潰した顔をしており、無理矢理連れていこうにも力の差ゆえに下手に強く引っ張れないようだ。

「トゥファ嬢」

 そんな様子をしばらく見つめていたレオーネが口を開いた。

「はい、レオーネ殿下」

 ミミネアは誘いを断られるとは思っていないらしい。レオーネの呼びかけにぱっと表情を明るくする。

 対して、レオーネの表情はどこまでも冷たかった。

「私は貴女と踊る気は一切無い」

「⋯⋯え?」

「私は貴女と違って婚約者を大事にしたい。ヴィルへルミネ様以外と踊るつもりは無いので、どれだけ誘われようと無駄だ。貴女は貴女の婚約者を大事にしてくれ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「ミミネア嬢、行きましょう」

 呆然とするミミネアをペレアスが連れていった。幸いあっさり動かせるようになったようだ。

 それを見送った皇家一同は、どっと疲れたような気分になった。

「⋯⋯トゥファ侯爵の適性調査を行います」

「頼んだ。ペレアス卿にも聞き取りをしてくれ」

 ギルエルフィネの硬い言葉に、ユリウスは眉間をもんだ。ギルエルフィネはまだ怒りが収まっていないし、ユリウスは頭痛を覚えているようである。

 まだまだ貴族達の挨拶は終わっていないというのに、とんだ問題が発生したと思うのだった。


    ───


「俺が気に入らないなら言ってください。貴女は一体何がしたいんですか」

 ミミネアを舞踏場から連れ出したペレアスは、彼女にそう投げかけた。

「⋯⋯私はただ、ペレアスが恥をかかないように」

「ダンスが不得意だったのは五年も前です。貴女と婚約した当初ですよ。今では人並に踊れるぐらいにはなっています」

 ペレアスはため息をこらえた。



 ペレアスがミミネアと婚約したのは五年前。ペレアスが十五歳、ミミネアが十一歳の頃だった。

 ふたりの婚約はペレアスがトゥファ家に婿入りするのを前提としたものだ。トゥファ侯爵にはミミネア以外に子供がいないから、彼女を支える伴侶を求めるのは当然だった。

 だが、あくまで家を継ぐのはミミネアである。つまり未来の侯爵は彼女なのだが、にもかかわらず侯爵夫妻はミミネアを必要以上に甘やかした。

 相応な後継教育を施さなければならないのに、淑女教育以上のことをさせない。させてもミミネアが嫌がればそれ以上無理に行わなかった。

 代わりに、ペレアスが次期侯爵としての勉強をしなければならなくなった。ペレアスが継ぐわけではないのに。

 次期トゥファ侯爵の伴侶として恥ずかしくないように騎士爵を得て、更に後継者教育も受けて──ペレアスがそうして努力と実績を積み上げている間、ミミネアは茶会や夜会を渡り歩いていた。

 社交が悪いわけではない。社交でほかの貴族と知り合い、顔を繋ぐのは貴族の重要な仕事のひとつだ。ペレアス自身は社交が苦手だから、ミミネアがそれを担うというなら文句は無かった。

 だが、ミミネアは本当に社交に出ているだけ(、、)なのだ。

 令嬢とお茶をして、令息達とダンスをして、ただ、それだけ。

 面識の無い貴族と親しくなるわけでも、新たな流行を作って経済効果を出すわけでもない。

 それをミミネアに指摘して以降は、遠ざけられるようにもなった。

 もともと相性はよくなかった。真面目なペレアスと奔放なミミネアは話が噛み合わず、またミミネアの方はペレアスの容姿や性格に不満を持っているようだった。

 もっと格好いい人がよかった、ほかの人と婚約したい──そう侯爵に訴えているのを目撃したこともある。さすがの侯爵もそれを許すことは無かったが。

 だが、マルダスの第二王子レオーネを見た瞬間、ミミネアは彼に心惹かれるようになったようだ。トゥファ侯爵も他国の王子ならと思っているのか、それを止めようとはしない。


 ──何を考えているんだ、侯爵も、ミミネア嬢も。

 ──彼はヴィルへルミネ殿下の婚約者だぞ⁉


 しかも、レオーネは真面目で一途な青年だった。運命の番でもあるヴィルへルミネに釣り合う男になりたいと、騎士達との訓練に真剣に取り組むような男だ。

 そんな彼が、ミミネアに移り気を覚えるわけがない。



 ペレアスの詰問に、ミミネアは涙目になった。ペレアスの見た目が威圧的というのもあるが、彼女は自分に都合の悪いことばかり言うペレアスに対して、いつもこんな表情をしていた。

「酷いわ⋯⋯私はただ、素敵な人とダンスを踊りたいだけ。レオーネ殿下と、お近付きになりたいだけなの」

「それがどれほど不敬なのか、理解していますか?」

「酷いわ!」

 ミミネアはそう叫んで走り去った。追いかけるかどうか迷ったが、結局その場に留まる。

 疲れたのだ。五年間、ペレアスはペレアスなりに歩み寄ろうとしてきた。贈り物も折を見て贈り続けてきたし、何が好きなのかや何をやりたいのかを問い続けてきた。

 だがミミネアはプレゼントには手を付けず、何が気に入らないのかと問いかけても答えない。好きなものを贈ってもいらないの一点張りで、手紙のひとつも返されたことが無い。

 家族もそんな状態に婚約を解消しようと言ってくれていたが、意地になって拒否し続けていた。

「だが⋯⋯もう無理かもしれない」

 去り際にこちらを見たギルエルフィネの心配そうな眼差しを思い出し、ペレアスはこらえていたため息を吐いた。

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