二十八
ユリウス達の元に戻ったヴィルへルミネとレオーネは、さっそくミミネアのことを話した。
ユリウスは不愉快そうに眉間にしわを寄せ、ミカエルシュナも唇を引き結ぶ。ダリウスは呆れ果てて言葉を失っていた。
特に、ギルエルフィネの反応は恐ろしかった。
「⋯⋯は?」
と地の底から聞こえてきそうな低い声を発した後、無表情になった。
ギルエルフィネは父親似の中性的な美女である。ただ、どちらかと言えば甘い面立ちであるユリウスと比べると、ややきつめの顔立ちだ。そんな彼女が無表情になると、割と恐ろしい。種類はどうあれ、いつも微笑んでいるからなおさらである。
のちに知ることになるのだが、ペレアスはギルエルフィネの側近候補として昔から親しく付き合っていた、いわば幼馴染だった。そんな彼の婚約者が妹とその婚約者に失礼な言動を取り、幼馴染をないがしろにしているとも取れる行動をすれば、ギルエルフィネが怒らないわけがなかった。
貴族達が挨拶をする頃にはいつもの表情に戻ったものの、ギルエルフィネが怒っているのは明らかである。ヴィルへルミネはレオーネとダリウスと顔を見合わせ、彼女を怒らせまいと固く誓った。
ローディウムでは現在、公爵家はひとつ、侯爵家は三つある。唯一の公爵家は、ユリウスの生母の実家だった。
今の当主は、ユリウスの従兄弟に当たる人物である。
「皇帝陛下、並びに皇妃殿下にご挨拶申し上げます」
その公爵──イシュバン・スピドルフは、ユリウス達の元に真っ先に現れ、頭を下げた。
ユリウスより五つ歳上だという彼は、ユリウスと違い年相応の容貌をしていた。だがしわの刻まれた顔と緑の瞳には精力がみなぎっており、身体付きも非常にたくましい。公爵位を継ぐ前は騎士だったというから、当然なのかもしれない。
彼の隣には落ち着いた雰囲気の貴婦人がおり、目立たないながら上品にたたずむ姿はどこかほっとする雰囲気がある。
その後ろには彼らの息子がおり、ギルエルフィネと同世代だという。隣にいる令嬢は彼の妹とのことだ。
「ああ、久しぶりだな。イシュバンよ、領地は大丈夫だったか?」
「おかげさまで、大した被害もなく収められました。これも陛下が騎士を派遣してくださったからです」
「そうか⋯⋯本当は余がじきじきに行きたかったのだがな」
「確かに数は多かったですが、スタンピードと言うほどではありませんでした。わざわざ陛下がお出ましになるほどではありません」
ちなみに、公爵領はレオーネがローディウムに来た際に泊まった宿場町のある領地である。当時魔物が活性化しており、レオーネ達が魔物に襲撃されたのも、巡回の騎士がすぐさま駆け付けたのも、偶然ではなかったのだ。
そりゃあ、あんな発展してるよな──とレオーネが内心思っている中、ふたつ三つユリウスとやり取りしたイシュバンが、ふとこちらを向いた。
「レオーネ殿下は我が領の宿に宿泊されたことがあるのだとか。ご挨拶が遅れ、申しわけありません」
「当時はヴィルへルミネ様の婚約者ではなかったので、それもしかたがないと思います。公爵閣下もお忙しかったでしょうし」
「寛大なお言葉、感謝いたします。遅ればせながら、ヴィルへルミネ殿下とのご婚約をお祝い申し上げます」
「ありがとうございます、公爵様」
ヴィルへルミネは微笑んだ。
イシュバンも柔らかい笑みを返し、妻と子供達と共に次に譲った。
スピドルフ家とカルンシュタイン家は親戚として特別近しいわけではない。だが臣下として、それなりに付き合いがある。特にイシュバンには幼い頃から見守ってもらっていた。
そんな彼から婚約を祝ってもらったのは、素直に嬉しかった。
次に来たのは、ロンブル侯爵家だ。この家の当主は女性であり、またミカエルシュナの結婚当初の後見となった家であるため、スピドルフ家より近しく付き合っていた。
「皇帝陛下と皇妃殿下にご挨拶申し上げます」
ロンブル家の女当主──ネロディ・ロンブルがしとやかに頭を下げた。
ネロディは青がかった黒髪に若草色の瞳をした、きりっとした印象の婦人だった。彼女をエスコートするのは次期当主となる息子であり、ネロディとよく似ている。
ネロディの挨拶に反応したのは、ミカエルシュナだった。
「ネロディ、頭を上げてちょうだい。新しい鉱脈の様子はどうかしら」
「はい。現状魔晶石は出ておりませんが、質のいい銀を相当数保有していそうです。ギムロ家と提携して、魔法銀に加工した武具にすることもできるでしょう」
ちなみにギムロ家とはドワーフの伯爵家で、当主は皇宮鍛冶師長に就いている。
「近いうちに企画書を提出してちょうだい」
「了解いたしました。それと、遅まきながらダリウス殿下とヴィルへルミネ殿下の婚約をお祝い申し上げます」
「「ありがとうございます」」
その後別の侯爵家を経て、問題のトゥファ家の面々が現れた。
ミミネアは、どうやら母親似であるようだった。トゥファ侯爵夫人はミミネアをそのまま大人にしたような容姿で、ピンクブラウンの瞳も、少女めいた顔立ちもそっくりだ。唯一髪色は違っていて、緑がかった黒色をしていた。
侯爵本人は、若い頃はなかなかの美形だったのだろう。やや太り気味ではあるものの、それでも整った容貌は保っている。また艷やかな亜麻色の髪は娘と同じだった。
ミミネアは不機嫌そうな表情でペレアスにエスコートされていたが、レオーネを見た瞬間ぱっと表情を明るくした。それにレオーネは苦い顔になり、ギルエルフィネからは若干の怒気が漏れる。
「皇帝陛下と皇妃殿下にご挨拶申し上げます」
「⋯⋯ああ」
ユリウスもユリウスで、先ほどの三家のような親しみを一切見せず、淡々とした仕種で頷いた。ミカエルシュナは微笑んでいるが、瞳の奥は冷え切っている。
「陛下、こちらは我が娘ミミネアです。今後私の後継者として登城することもあるかと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「そうか。⋯⋯ところで」
ユリウスはペレアスに視線を向けた。
「ペレアス卿と先ほどミミネア嬢と踊っていた人物は違うようだが⋯⋯一体どちらが婚約者なのだ?」
「ああ、あれは私の甥なのです」
特に動揺することなく侯爵は答えた。
「ペレアスはダンスが苦手でして、代わりに甥に踊ってもらったのですよ。なあ、ミミネア」
「ええ。ペレアスったらちっとも上達しないんですもの。困りましたわ」
ミミネアはやれやれというようにため息を漏らした。そこだけ切り取れば、不出来な婚約者に頭を悩ませる令嬢といった風情である。
「それは妙だな」
だが、そこに斬り込む者がいた。
ギルエルフィネである。
「ペレアス卿は騎士爵を賜っているが──騎士爵は貴族的な礼儀作法も一定水準を満たしていなければ授かることができないものだ。ダンスだけできない、なんてことはないはずだが?」
ヴィルへルミネはその言葉が、剣を振り下ろす音に聞こえた。




