二十七
貴族達は当然のことながら、皇家の人々のダンスに注目していた。
最も視線を集めたのはやはり皇帝と皇妃であり、あらゆる意味で美しい姿で魅了した。次点は第一皇女であり、弟の第二皇子と合わせて未来を担う若者の姿に将来を期待させた。
三番目に注目を浴びたのは、第三皇女だ。未だデビュタントに至っていないながらその可憐さは帝国中に知れ渡っており、同世代の少年達やその親達は彼女の婚約に落胆する者も多かった。お相手のマルダスの第二王子に対して、値踏みする気持ちが強い者も少なくない。
だがダンスが始まってしまえば、その気持ちも潰えてしまった。
最初はぎこちなかったふたりだが、ステップを踏むごとにどんどん動きが滑らかになり、終盤にはすっかり息の合ったダンスを見せた。これが文字通り初めてのダンスだと誰も思わないほどに。
何より、ふたりの顔が穏やかで楽しそうで、心の底から互いを想っていることが見て取れた。
最終的に彼らは涙を飲んで祝福するしかなかった。レオーネに勝てないことを悟ったのである。
一方、令嬢達はどうか。
マルダスでは一夫多妻制が取られていることを知る者は少なからずおり、マルダスとの通商条約締結を機に婚約の話が持ち上がった家も存在する。
ただ、一夫一妻制のローディウムの貴族令嬢達が夫が複数の妻を持つことに思うところが無いわけではなく、うまくいっていないのが現状である。婿入りをさせようにも価値観の問題で白紙になることも一定数あった。
そんなところに、レオーネ王子が現れた。
彼は第三皇女の婚約者だが、まだ正式に婚約しているわけではない。皇家が認めたなら能力も人格も問題無いのだろう。何より、相当の美形である。
夢見る令嬢達は第二王子に見初められる空想をした。多少現実が見えている者は、正妃が第三皇女なら側妃でも我慢できる、と本当に現実が見えているのかと言いたくなるような考えを持ったりもした。
とはいえ、そんな彼女達の親がレオーネに近付くのを許すわけもなく、付添い人や自らの手で娘を抑え込んだ。結果、レオーネに熱視線を向けるだけに留まったのである。
それは皇女ヴィルへルミネ、ひいては皇家そのものの不興を買いたくないがゆえの行動であり、正しい行いだったのだが、皆が皆、利口というわけではなかった。
ダンスが終わり、家族の元に戻ろうとしていたヴィルへルミネとレオーネを呼び止める者がいた。
「レオーネ殿下とヴィルへルミネ殿下にご挨拶申し上げます」
その声にヴィルへルミネとレオーネはぎょっとした。ふたりに合流したシュネーとラルクも目を丸くして声の主を見る。
ローディウムとマルダスでは、爵位が下の者から話しかけるのはよほど親しい仲でない限りマナー違反である。ましてや皇族王族へは挨拶ひとつ取っても順番待ちになる。
実際に大夜会では皇家への挨拶は彼らが踊り終わり、用意された席に座るのを待ってから並ぶというのが決まりとなっていた。
それを、席にすら座っていない状態で声をかけるなど、どういう神経をしているのか、と驚くのは無理も無かった。
声をかけたのは、ウェーブがかった亜麻色の髪に淡いピンクブラウンの瞳をした、ふわふわとした印象の可愛らしい令嬢だった。裾を黄色のレースで飾ったピンクのドレスを着ており、愛らしい顔立ちも相まって砂糖菓子のような少女である。
歳のほどは十五、六か。もしかしたらもう少し若いかもしれない。どこか幼い印象だが、身体付きは成熟しているため、年齢が掴みにくかった。
だが、ヴィルへルミネは彼女が後継者達がダンスする中にいたことを覚えていた。更に貴族名鑑に該当する人物と言えば──
「ミミネア・トゥファ侯爵令嬢──だったかしら」
ヴィルへルミネの言葉に、令嬢──ミミネアはにっこり微笑んだ。
「はい」
頷く彼女に、ますますヴィルへルミネとレオーネは困惑した。
侯爵令嬢、それも後継者に当たる人物が簡単なマナーも守れていない事実に、目眩がする思いである。ラルクは唖然としているし、シュネーに至っては殺気立ち始めていた。
そんな四人の様子に気付いていないのか、ミミネアはレオーネに一歩近付いた。
「レオーネ殿下、先ほどのダンス、とっても素敵でした」
「は、はあ⋯⋯」
「貴方様とお近付きになりたいと存じます。レオーネ殿下、どうか私と踊ってくださいませ」
──彼女、冗談でやってるんじゃないでしょうね。
ヴィルへルミネはドン引きした。
ここまでミミネアはマナー違反しかしていない。
レオーネへのダンスの誘いにしても、とても貴族教育を受けた者とは思えない。口調や仕種が洗練されているだけに、余計悪く映る。
──というか彼女の婚約者や両親、付添い人はどこに⋯⋯
トゥファ侯爵が踊っているのも確認したし、婚約者らしき男がミミネアのダンス相手だったのも見ている。侯爵令嬢なら付添い人もいるはずだ。
付添い人らしき姿は、すぐ見付かった。だがその様子を見て、彼女の助けは望めないのを悟る。何しろ済ました顔でミミネアを見守っているのだ。付添い人の必要性を考えてしまう光景だった。
一方、誘われた側のレオーネは最初こそ言葉を失っていたが、すうっとその表情を冷たくした。
「トゥファ侯爵令嬢、貴女は自分が何をしているのか解っておいでか?」
「え⋯⋯?」
「今なら不敬を許そう。早く去るといい」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
レオーネに言われたことをいまいち咀嚼できないのか、ミミネアはきょとんとした顔で見上げた。頬には赤みが差しており、それが羞恥からなのかレオーネに見惚れているからなのかは解らない。
不愉快そうに眉をひそめたレオーネが更に言い募ろうとした時だった。
「殿下がた、申しわけありません」
人混みから飛び出た人物が、ミミネアをレオーネから引き離した。その顔を見たヴィルへルミネとレオーネは、目を見開くことになる。
「ペレアス卿⋯⋯」
現れたのは厳つい顔立ちの青年、ペレアス・ヴィーアンだった。
黒髪に青がかった茶色の瞳、大柄な体格の武骨な印象の彼は、金獅子騎士団所属の騎士である。伯爵家出身の彼だが個人として騎士爵を賜っており、黒に金縁の軍服を着ていた。
ペレアスはレオーネに戦い方を教えてくれている騎士のひとりであり、その縁でヴィルへルミネとも顔見知りだ。そんな彼が出てきたことに、ふたりは驚いていた。
「卿、まさか彼女は⋯⋯」
「お恥ずかしながら、私の婚約者です」
ペレアスは頭痛をこらえるような顔をした。
では、ミミネアは婚約者以外の男と踊っていたのか。その上でレオーネをマナー全部無視で誘ったと。ヴィルへルミネは異世界の生き物を見る気持ちでミミネアを見た。
ペレアスとミミネアが並ぶと美女と野獣のように見える。ミミネアが華奢で可憐な令嬢だから余計にその落差は目についた。
「彼女には私がよく言って聞かせておきます。殿下がたは気にせず、陛下の元にお戻りください」
「ありがとうございます。レオーネ様、行きましょう」
「はい。ペレアス卿、感謝する」
「はっ」
何か言いたげなミミネアを引き寄せ、ペレアスは頭を下げた。それを幸いに、ヴィルへルミネとレオーネはそそくさと侍従達を連れてユリウス達の元に向かった。
「何て失礼な方でしょう! あれが未来の侯爵なのですか」
シュネーが憤りの声を上げた。
ミミネアはトゥファ家のひとり娘だ。対するペレアスは三男だから、彼女の元に婿入りするのだろう。女性にも継承権があるローディウムだから、将来的に彼女がトゥファ家を継ぐはずだ。
「マルダスの階級制度はローディウムとは違いますが⋯⋯それでもあんなマナーのなっていない高位貴族はなかなかいませんよ」
ラルクは憤慨こそしていないものの、不快そうに顔をしかめていた。
ヴィルへルミネとレオーネは顔を見合わせる。
「陛下にお伝えしますか」
「ええ。それにお姉様にも。彼は鋼狼騎士団に異動予定ですから」
皇太子任命式の前にひと波乱ありそうだと、ヴィルへルミネはため息をついた。




