二十六
ふ、とレオーネが笑う気配を感じて、ヴィルへルミネは顔を上げた。するとぱちり、と彼と目が合う。
「ヴィルへルミネ様?」
「レオーネ様、何か面白いものがありまして?」
「いえ⋯⋯ただ、マルダスの駐在大使がいて」
レオーネの言葉に、ヴィルへルミネは視線だけを巡らせる。確かに、マルダスの礼服をまとった男がいた。
「彼は正妃の家門の配下に当たる家出身で、ローディウムに入国する前から手助けはしないと宣言されてたんです」
「⋯⋯随伴者に外交官がひとりもいなかったとは聞いていましたが、そんなことが」
何か理由があるのかと思ったら、ただの仕事放棄だったとは。ヴィルへルミネは呆れ果ててしまった。
「驚いてこちらを見ているようでしたので、ちょっと面白くて」
「まあ。お姉様風に言えばざまあみろってところですわね」
くすくすと笑い合うヴィルへルミネとレオーネ。その様子にマルダス大使が青ざめているのだが、ふたりは知るよしもない。
やがて貴族達の前に皇家の面々が並んだ。その中心は、当然ユリウスである。
「皆の者、よく集まってくれた」
ユリウスは悠然と貴族達を見回した。朗々と響く声は広い舞踏場に余すことなく伝わっていく。
「今年も無事一年を乗り越えることができた。それぞれ少なくない困難があっただろうが、それに折れることなく立ち向かい、国を、そして民を守ってくれたこと、余は嬉しく思う。また、すでに皆も聞き及んでいるだろうが、今年は幾つかの慶事があった」
ユリウスは自分の背後にいる子供達を指し示した。
「まず、第一皇女ギルエルフィネの帰国。年明けの一週間後には皇太子の任命式を行い、彼女を正式な我が後継者とする。皆もそのつもりで彼女を支えるように。次に、第二皇子ダリウスと第三皇女ヴィルへルミネの婚約が決まった。こちらも婚約式は年が明けてからになるが、この場で皆に伝えておこう」
ユリウスは次いで、ミカエルシュナの手を取った。ミカエルシュナは微笑み、一歩踏み出して彼に並ぶ。
「皆にとって、今宵が一年の締めくくりにふさわしい一夜となることを願う」
そして皇帝夫妻を含めた、大人の男女が中央に出る。彼らはローディウムの家門の当主夫妻達であり、大夜会のファーストダンスは彼らが踊るのだ。
皇宮楽団の演奏が流れる中、彼らが踊り始める。色とりどりのドレスや礼服を翻す彼らは、舞踏場に咲いた大輪の花々のようであった。
その中で、やはりユリウスとミカエルシュナは非常に目立つ。美貌や衣裳もそうだが、ダンスもまたふたつも三つも飛び抜けている。
ゆったりとした動きながら難しいステップを軽やかに踏み、決して軽くない衣裳をまとっていながらその体幹は一切ぶれていない。何より、息が驚くほどぴったりなのである。
「陛下がたのダンスを初めて見ましたが、凄いですね」
レオーネが圧倒されたように呟いた。それに、ヴィルへルミネは誇らしげに胸を張る。
「お父様とお母様はローディウムの頂点に立つお方ですもの。ダンスも当然、お手の物ですのよ」
「華があるのも勿論ですが、まるで対のように踊るのですね。本当に仲がよろしいようで」
「おふたりは夫婦である以前に戦友ですもの。この程度は当たり前です」
「戦友?」
「もともとおふたりの出会いは戦場だったのです。変異種ワイバーンの群れの討伐戦が初対面だったと聞いています。その時に、男女としてではなく戦士として一目惚れしたと仰っておりました」
恋愛感情を抱いたのはそれからしばらくしてからだったという。そんな始まりなものだから、ふたりは時に肩を並べ、時に背中を預ける最も信頼するパートナーとなった。
そこに至るまでは様々な苦労と、少なくない流血があった。互いの弱い部分も、苦い過去も知っている。だからこそユリウスとミカエルシュナの絆は強いのだ。
「おふたりのように恋愛婚を望んではおりませんでしたが、それでもあれほど想い合い、支え合える人と出会えた奇跡を羨ましく思います」
「⋯⋯俺達も、そうなれるでしょうか」
ふと落とされた言葉は、ヴィルへルミネの耳にしっかり届いた。ヴィルへルミネはレオーネを見上げ、レオーネもまたヴィルへルミネを見つめている。
「⋯⋯ええ。そうなりたいと思います」
打算で始まったとはいえ、それを契機に育まれる絆が無いなどと言わない。事実、ヴィルへルミネはレオーネに対して暖かい気持ちを持ち始めている。
始まりは運命の番だ。よくも悪くも人を結び付けるそれは、ふたりを出会わせるきっかけになった。
そう、きっかけに過ぎないのだ。運命などと大層に呼ばれているが、そこから共にいるか否かは当人達次第である。それを決定事項のように押し付けて他者をないがしろにすれば、リエーフ達の二の舞だ。
やがてファーストダンスが終わり、その次に前に出たのは各家門の後継者達だ。ギルエルフィネもダリウスを伴って入れ替わるように前に出る。
これが終われば、あとは自由にダンスすることができる。一、二曲演奏された後は貴族達の挨拶を受けねばならないが、それまでは踊るかどうかは当人達に委ねられる。
「どうします? ダンス、しますか?」
ヴィルへルミネの問いかけに、レオーネの表情が硬くなった。
「できるなら、お誘いしたいのですが⋯⋯うまく、エスコートできるか」
「あら、自信が無いのでしたら、わたくしがエスコートしてさしあげますわ。ダンスは得意ですもの」
「うぅ⋯⋯申しわけないが、お願いします⋯⋯」
レオーネは肩をがっくり落とした。ヴィルへルミネは耐えきれずに笑ってしまう。
「いつかきっと、お父様とお母様達のように踊れますわ」
「精進いたします⋯⋯」
先のことは解らない。この婚約が今後維持され続けるか、結婚できるのか──それはその時にならないと解らない。
だがこの人といたいと、そう思う気持ちは、今の嘘偽り無いヴィルへルミネの気持ちだった。




