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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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 婚約の話が来てから四カ月後、季節は春も中頃を過ぎた日。マルダス王国の王太子、リエーフ・フェリドゥが入国した。

 その報告を聞いた時、皇帝、皇妃、ヴィルへルミネ三人全員の顔が曇った。なぜなら、リエーフは妻を連れてきたのである。

 つまり、自身の運命の番連れだった。

「⋯⋯陛下。確認ですが、縁談を持ちかけたのはマルダス側ですわよね」

 そう言ったのは、皇妃ミカエルシュナである。

 輝くプラチナブロンドを綺麗に結い上げ、娘と同じ淡い紫の瞳を持ったエルフの彼女は、帝国至上の美女と名高い。皇妃らしい品格を保ちながらも飾り気の無いドレス姿ながら、幻想的な雰囲気をまとった美貌は、ただそこにいるだけで価値がある。母の美貌を受け継いだと言われるヴィルへルミネも、母の人外じみた美しさを超えることはできないのではと内心思っていた。

 これで帝国屈指の魔法の腕と、帝国一の剣士である皇帝ユリウスに付いていけるだけの剣技を持つのだから、人は見かけによらないの見本みたいな人物である。

 そんな彼女の冷たい表情に、傍で控えていた侍従達が息を飲むが、同じく底冷えした声をあげたのが、問いかけられたユリウス本人だった。

「間違いない。まったく⋯⋯マルダス側は何を考えているのだろうな? 途中で宿を取らせるつもりなのか、あるいは⋯⋯その場合、こちらはどう対処するかな」

 帝国最高権力と最高戦力の冷酷なまでの威圧に、常人である侍従達はおののいた。

 ローディウム帝国は魔物の脅威を退け、生存圏を広げた国である。ゆえに皇室の人間は教育の一環として自ら戦う(すべ)を身に付けることが常だった。

 だがその教育の枠組みを越えて、卓越した戦闘力を持つのが、現皇帝であるユリウスである。

 そしてその妻であるミカエルシュナは、ユリウスと戦場で出会い、肩を並べて戦った経験を持つ女傑だ。

 そんなふたりの静かな憤怒を止められるのは、この場ではヴィルへルミネしかいなかった。

「お父様、お母様、落ち着いてくださいな」

 とたん、ふたりから発せられていた猛吹雪が緩和された。それでも完全消失には至らず、侍従達は部屋の隅で身体を寄せ合い、縮こまるしかない。

「こういった可能性を視野に入れてお呼びしたのです。ひとまず様子を見ましょう」

「⋯⋯そうだな。だが、もしおまえに無礼を働くようなことがあれば、相応の対応をしよう」

 ユリウスが重々しく言うと、ヴィルへルミネは穏やかな表情で頷いた。


    ───


 一週間後、皇宮に現れたリエーフ王太子は、予想通りというべきか否か、自らの妻を引き連れてきた。

 リエーフは焦げ茶色の短髪にペリドットの瞳、褐色の肌にたくましい身体付きの青年だった。頭には丸い獣の耳があり、服の下からは長い尾が見え隠れしている。

 身にまとった服はマルダス独自のもので、ローディウムでは馴染みの無い様式だった。華やかな布を使ったそれは、遠目でも不思議な光沢を放っている。


 ──確かマルダス王国の王族は獅子の獣人一族だったわね。


 謁見の間に現れたリエーフを、ユリウスの隣に座ったヴィルへルミネは静かに観察していた。

 リエーフの面立ちは非常に整っているが、屈強な印象が先立つせいで王子というより戦士のように見える。剣を帯びても違和感は無いだろう。

 そして、そんなリエーフの隣に立つ女性がひとり。

 腰まで伸ばした艷やかな黒い髪に、血のように鮮やかな紅い瞳、ぽってりとした唇が印象的な、妖艶な雰囲気の人間の美女だった。薄衣をまとった身体は華奢だが肉感的で、小麦色の肌も相まって健康的な女性美と、退廃的な色香を両立させている。

 女性は微笑を浮かべてリエーフの肩に寄り添っている。リエーフもそれを当然のように受け入れており、とても求婚のために訪れた者の態度ではない。

 玉座からびき、と何かが割れる音が聞こえた。それがユリウスが玉座の一部を握り潰した音だと気付き、ヴィルへルミネの頬が引きつった。柔らかいと言われる金製とはいえ、金属を握り潰せるユリウスの握力は常人離れしている。

 だが、離れた場所に立つリエーフは気付かなかったらしい。

「ローディウム帝国皇帝、ユリウス陛下にご挨拶申し上げます。このたびはお招きいただき、ありがとう存じます」

 リエーフは帝国語を使えるようだ。流暢な発音に、少しだけ感心した。あくまで少しだが。

 ちなみに、この場に皇妃であるミカエルシュナはいない。仮にも婚約者候補との初対面に、娘より目立つ母親がいてはいけないと本人が辞退したのだ。もし彼女がここにいたら、謁見の間は重苦しい空気に支配されていただろう。

 リエーフは続けて、隣の女性を紹介した。

「こちらは私の正妃であるアミラです」

 リエーフに紹介された女性──アミラは、笑みを深くして頭を下げた。無言であることから、彼女は帝国語が喋れないらしい。

 頭を下げる直前、意味ありげな眼差しをユリウスに送ったが、ユリウスは不快げに眉をひそめただけだった。その表情のまま、口を開く。

「──遠くからよくぞ参った、リエーフ王太子。長旅で疲れたであろう。部屋を用意したゆえ、まずはそこで旅の埃を払うがいい」

 出てきた声は低かった。感情をにじませない声は、知らない者からすれば無機質に感じるだろう。言葉だけ聞けばねぎらっているようにも感じるが、おそらく早く視界から排除したいのだと思われる。

 リエーフはそれに気付いていないのか、明るい表情で首を振った。

「いえ、身体を休ませる前に、我が国から貴国への贈り物をお見せしたく」

 その言葉と共に、後ろに控えていた侍従達が前に出て、手にしていた箱を開けた。

 合計三つの箱の中に入っていたのは、黄金でできた獅子頭の半人半獣像、鮮やかな紅に染め上げられた絹布、拳ほどもある大きさのエメラルドの原石だった。

 思わずほう、とため息をついたヴィルへルミネは、リエーフの視線が自分に向いていることに気が付いた。

 目が合えば一瞬目を見開いたが、すぐに笑みを向けられた。ヴィルへルミネも微笑を返した後、すぐ逸らしてユリウスを見る。

 ユリウスもまた、感嘆の声を上げた。

「ほう⋯⋯これは、見事なものだな」

「絹以外は我が国で採掘されたものです。貴国と我が国はどちらも同じ太陽神を主神としているので、友好の証にお受け取りください」

 ローディウムとマルダスが主神としている太陽神は、獅子の頭をした男神とされる。友好の証としては、この上ないものだろう。

「絹布とエメラルドは、ヴィルへルミネ殿下への贈り物です。どうか求婚の証として贈らせてください」

「まあ⋯⋯」

 ヴィルへルミネは首を傾げた。


 ──求婚する気はあったのね。


 高価な贈り物への感動より、呆れが先立った。

 この場にまでアミラを連れてきたから、てっきり結婚するつもりは無いという無言の意思表示だと思っていた。贈り物もその詫びのつもりかと直前まで考えていたのだが、どうやら違ったらしい。

「──わざわざご苦労であった」

 ユリウスの声が、明らかに温度を無くした。さすがに気付いたのか、リエーフの表情に戸惑いが浮かんだ。

 ちなみに、侍従や外交官達の顔色は最初から悪い。彼らはアミラがいることのまずさを自覚していたのだろう。なのになぜ止めなかったのか、あるいは止められなかったのか。

「今日はゆっくり休むがいい。食事も部屋に運ばせよう。その方が、妃殿もくつろげるだろうからな」

 ユリウスは早口にそう言って、リエーフ達を案内するよう指示した。

 急かされるように退室していくリエーフは、一度こちらを振り返ったが、ヴィルへルミネは視線を合わせなかった。

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