十七
「ギルエルフィネが帰ってくる」
ユリウスの一言に、ヴィルへルミネとダリウスは顔を見合わせた。
「姉上が帰国するのは、年末だったのでは?」
「あちらでトラブルに見舞われた結果、巻きで戻るそうだ」
「見舞われた? 巻き起こしたではなく?」
ダリウスは訝しげな表情を浮かべた。
「おまえの中のあの娘がどうなっているのか知らないが、それなりにおとなしくやっていたようだぞ」
「おしとやかじゃない時点で、皇女としてはどうかと思いますけど⋯⋯」
「⋯⋯あの」
恐る恐るといったていで、レオーネが挙手した。
「この話、私が聞いてもいいのですか⋯⋯?」
「いいのよ。レオーネ殿下にとっても無関係というわけではないのだから」
ミカエルシュナがため息まじりに言った。
「ギルエルフィネには、マルダスとのあれこれをすでに伝えています。それも気になって、卒業を切り上げたのでしょうね」
「第一皇女殿下は、フィン王国にある王立魔法学園に留学中とのことですが、切り上げなんてできるんですか?」
「一定以上の成績と卒業論文を提出すればできるそうよ。普通の教育機関とは、少し形態が違うみたいね」
ミカエルシュナの言葉になるほど、と頷くレオーネの獣耳と尾が、ぴこぴこと揺れている。魔術師として、魔法の専門機関に興味があるのだろう。ヴィルへルミネは学園より、レオーネの耳と尾が気になったが。
「で、そのギルエルフィネなんだが。レオーネ殿下と模擬戦の申し込みがあってだな」
「⋯⋯はい?」
「まあ決闘じゃないあたり、ヴィルへルミネとの婚約に反対というわけではないようだが⋯⋯」
「ま、待ってください。あの第一皇女との模擬戦⋯⋯ですか?」
レオーネの顔色が明らかに悪くなった。
無理も無い。大規模スタンピードを鎮めた皇帝夫妻、その第一子にして最もその気質と才能を受け継いだと言われ、自らも魔物の集団を幾度となく殲滅した実績を持つギルエルフィネからの、模擬戦の申し込みである。
果たして生き残れるのか? という疑問が浮かんだに違いない。
「ああ、それとダリウス」
硬直したレオーネの背中をさするヴィルへルミネを尻目に、ユリウスはダリウスに視線を向けた。
「ギルエルフィネがおまえに縁談を持ち帰るから、そのつもりでいるように」
「えっ」
「フィン王国の侯爵令嬢だ。顔合わせはまだ未定だが、絵姿はすでに送られているから、後で確認するように」
「えぇ⋯⋯」
ダリウスが頭を抱えた。ヴィルへルミネはレオーネとダリウスを見比べて、そっとふたりの背中を撫でる。
「ギルエルフィネが帰ってきたら、皇太子の任命式の準備を早めねばなりませんね」
「その前に帰還を祝う夜会を開いてやらねば。その時に、改めて皇太子になることを伝えよう」
「忙しくなりますわね。仕事の割り振りも見直さなければ」
「そうだな。さて、何を任せるかな⋯⋯」
呆然とするレオーネとダリウスを置いてきぼりに、ユリウスとミカエルシュナはのんびりと政治的な話を進めていた。
───
ギルエルフィネの帰還はそれから二ヶ月後となった。季節は夏の盛りを過ぎ、気温が下がりつつある。
暑い国であるマルダス出身のレオーネはローディウムの秋や冬に耐えられないのでは、と危惧したヴィルへルミネだが、レオーネはそんなことない、と否定した。
「確かに日中は暖かいですが、夜はかなり気温が下がるんです。特に山間部なんかは雪も降ります」
「そうなんですか?」
「王都で雪が降ったことはありませんが、それでもかなり寒いですよ」
ちなみにローディウムも土地によっては豪雪地帯があったりするが、皇都近辺では積もることはあっても猛吹雪が吹くようなことは滅多に無い。少なくともヴィルへルミネが物心ついてからは吹雪いたことは無かった。
そんなやり取りをしつつ、ギルエルフィネ帰還当日。
自室で刺繍をしながら、ヴィルへルミネはそわそわと視線を窓の外と手元に行き来させていた。
「殿下、そのように目を離していては針で刺してしまいますよ」
「だってシュネー、もうすぐお姉様が帰ってこられるのよ。落ち着いてなんていられないわ」
「だからって危ないですよ」
ついにはシュネーに取り上げられてしまい、ヴィルへルミネは肩をすくめた。
「⋯⋯もう、皇都に入られたかしら」
「おそらくは。ですが、ギルエルフィネ殿下の帰国は皇都民にも知らされていますから、今は帰還の馬車で大通りをゆっくり移動されているのではないかと」
ヴォルフの言葉に、ヴィルへルミネは頷く。ギルエルフィネの留学の際は大々的に送り出されたのだ、帰国も大々的に迎えられることになっている。さながらパレードのごとくである。
それから皇宮に帰城後、謁見の間でユリウスから帰還を労われ、一週間後に帰還を祝う夜会。年末の大夜会を経て新年に皇太子任命式を行う──というのが、ギルエルフィネ帰国によって組まれた皇室の行事予定だ。謁見の間にはヴィルへルミネも同席するから、今はお呼びがかかるのを待っている状態である。
レオーネは参列するわけにはいかないため、今は騎士達による戦闘訓練を受けている。彼はギルエルフィネの帰国に遠い目になっていた。
「そういえば⋯⋯お姉様、レオーネ様に模擬戦を申し込んだらしいけど、本気なのかしら」
「⋯⋯え、そうなんですか?」
ヴォルフが目を剥いた。シュネーも針を仕舞う手が止まる。
「そもそも⋯⋯レオーネ殿下って戦えるんです?」
シュネーの質問に、ヴィルへルミネはゆるゆると首を振った。
「訓練はしてるけど、実戦はしたこと無いって仰ってたわ。訓練にしても剣や槍だけで、攻撃系の魔法は動かない的に当てることしかしたことないって」
「⋯⋯ギルエルフィネ殿下はご母堂である皇妃殿下と同様、剣と魔法を扱う方です。勝負にならないのでは?」
ヴォルフの言葉に、ヴィルへルミネは頷く。レオーネ自身も、逃げ回るしかないと言っていた。
だがギルエルフィネの魔法攻撃と、その間隙を縫うような剣技をかいくぐるのは容易ではない。彼女の攻撃を正面から防ぐには、ユリウスのように魔法を剣で斬り裂くか、ミカエルシュナのように同威力の魔法で相殺するしかないだろう。
──改めて考えても、魔法を斬り裂くお父様ってちょっとおかしいのでは?
ちなみにユリウス自身は強化魔法しか使えない。それで魔法だろうと魔物だろうと一刀のもとに斬り伏せるのだから、たいがい人外じみている。
一応レオーネも模擬戦を視野に入れて訓練を始めたものの、ほかの勉強もある中で訓練にばかり時間を割くことはできない。幸か不幸か魔法の勉強もあるのでそちらは前よりも腕が上がっているようだが、それでも三ヶ月しか経っていないので、実戦に耐えうるかと言われれば否だろう。
「お姉様が手心を加えてくださるといいのだけれど」
ヴィルへルミネの呟きは、思いのほか弱々しかった。




