十五
レオーネはヴィルへルミネの言葉を飲み込めないでいた。
彼女をまじまじと見つめ、幼いながら完成された美貌を観察する。
──改めて物凄い美少女だな⋯⋯じゃなくて!
「何を仰っているのか、解っているんですか⋯⋯⁉」
「勿論。将来的な結婚を視野に入れて、お付き合いしていきましょうと言っているんです」
「具体的にはっきり言われた⋯⋯!」
頭を抱えるレオーネに、ヴィルへルミネはころころ笑った。
「まあ、落ち着いてくださいまし。シュネー、紅茶を淹れ直してさしあげて?」
「あ⋯⋯はい!」
シュネーは我に返ってレオーネのカップを取り替えた。改めて注がれた紅茶を一口含み、レオーネはため息と共に飲み込む。
そして、ヴィルへルミネを見つめ直した。
「皇女殿下は、私の話を聞いておいでか⋯⋯?」
「勿論。その上での提案です。わたくしが貴方の運命の番だから、などではなく、わたくしなりの目的と理由があってのことですから」
「⋯⋯詳しくお聞きしましょう」
「その説明の前に、改めて状況を整理しましょうか」
ヴィルへルミネもまた紅茶を飲み、口の中を潤した。
「そもそも始まりは、そちらの王太子の求婚からでした。おそらくはローディウムとの関係強化と──貿易内容をよりマルダスに有利な条件にする意図があったのだと思います」
リエーフがどこまで理解していたかは解らないが。
「それが失敗に終わり──どころか関係破綻になりかねない状況になり、貴方を送り出しました。この認識に間違いはございませんか?」
「ええ、その通りです。加えて言うなら、マルダス王は皇帝陛下に強く出られる要素を手に入れたいと考えていたのだと思います」
レオーネは眉をひそめた。
「お父上をこのように言うのは心苦しいのですが⋯⋯はっきりと申しまして、皇帝陛下は化け物のような実力をお持ちのようだ。さすがは魔物を討伐して切り拓かれた国の頂点と言うべきか⋯⋯二十年以上前に起きた大規模なスタンピードを最前線で駆け抜けたというのは聞いていましたが、てっきり喧伝のために誇張されたものだと思っていました」
「そうですわね。我が父ながら、敵に回したくない方です。両親の気質を一番受け継いでいるお姉様ですら、一生かかっても勝てないと申しておりますもの」
「ギルエルフィネ第一皇女殿下がですか。確か他国に留学中だとか」
「ええ。年内に帰国予定ですので、もしかしたらお会いできるかもしれませんね」
その言葉にレオーネは微妙な気持ちになった。
ギルエルフィネの評判はマルダスまでは届いていないが、ローディウムを訪れる前に皇家の面々のことは調べている。ギルエルフィネが帰国後、皇太子に任命される予定であることも聞いていた。
そして両親の才能を受け継いだ女傑であることも同時に知った。魔法と剣を操り、魔物の群れを両親と共に殲滅したという話は、もはや伝説となっている。
リエーフ王太子も魔物討伐の経験があるが、それと比較にはならないだろう。
「⋯⋯とにかく、そんな皇帝陛下に対して、マルダス王は対等以上に接する意図を持って貴女との婚約を取り付けようとしたのでしょう」
「王太子の妃なら、当然自分の手元に来ますものね。人質のつもりだったのかしら」
「かもしれません」
レオーネは否定しなかった。
通商条約は、別にマルダス側に不利なものだったわけではない。だがマルダス王が何かしらのぽかをやらかしたらしく、ローディウム側に有利な内容になっていた。
その失点を取り戻そうと提案した婚約が、まさか息子夫婦によって更なる泥を被る原因となるとは思わなかっただろう。
「まあその時の意図はどうあれ、結果として王太子との婚約は流れ、貴方が来た。そして、わたくしが貴方の運命の番だと判明した。それがこれまでのおおまかな流れです」
「そうですね⋯⋯」
「その裏で貴方のお母様である側妃殿下は、マルダス王陛下との離縁のために下がられたのですよね?」
ヴィルへルミネの確認に、レオーネは頷いた。
「そして貴方は側妃殿下の行方を知られないために、すぐ帰国するわけにはいかない──そう認識したのですが、間違いありませんか?」
「はい──って、殿下、まさか」
レオーネは思わず腰を浮かした。
ヴィルへルミネは微笑をたたえて頷く。
「その時間稼ぎのために、わたくしをお使いいただけませんか?」
「そんなこと、マルダス王が許すはずが⋯⋯」
「問題ありませんわ。だって、最初に婚約の話を持ち出したのはあちらですもの。裏の意図はどうあれ、表向きは関係強化のための婚姻。王太子殿下とは無理だったから第二王子と、と言えば、否やは言えないでしょう。わたくしがレオーネ殿下の運命の番だというのも、この場合有利に働きますわ」
確かに、政略結婚では相手が兄弟姉妹にスライドされることはままある。実際マルダス側は、ギルエルフィネが無理だったからヴィルへルミネと婚約しようとしたのだから。
だが、なぜわざわざそんなことをヴィルへルミネが提案するのか。
「⋯⋯なぜ、皇女殿下がそんなことをする必要があるのですか?」
ことはレオーネと、側妃の問題だ。他国のヴィルへルミネには全く関係無い。運命の番であるという点も、それを認識できない彼女にとって意味を成さない話だ。
にもかかわらず、なぜそんなことを言い出したのか。
「⋯⋯レオーネ殿下。レオーネ殿下から見て、わたくしって子供かしら」
「え? えっと⋯⋯それは、どういう⋯⋯」
「十八歳のレオーネ殿下から見て、十二歳のわたくしは、まだまだ幼いとお思いでしょう?」
何を言っているのだろう。ヴィルへルミネは、何を言いたいのだろう。
「でもね、殿下」
ヴィルへルミネは微笑んでいる。愛らしい、子供らしい笑み。だが子供らしからぬ、他者を圧倒する笑みでもあった。
「わたくし、ローディウム帝国の皇女なのです。帝国の頂点に立つ皇家の末席であるという自負があるのです。そのわたくしが、他者に侮られたままをよしとするなんて、そんなこと許されると思います?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「最初はね、皇帝陛下にお任せしようと思ったのです。貴方とも関わらないでいようとも思ったのです。もう終わったことだと思おうとしたのです。でも貴方のお話を聞いて、考えが変わりました」
ヴィルへルミネは繊手を差し出した。
「レオーネ殿下、馬鹿にされたままは悔しくなくて? 見返したいと、そう思いませんこと?」
レオーネはしばし、ヴィルへルミネの手を見つめていた。
レオーネの周囲にいる女性は、自分で状況を打破できるような力を持たなかった。例外は母ぐらいだが、彼女にしても自分や協力者がいてようやく逃げ出すことができた。それぐらいには、マルダスでの女性は弱い存在である。
だが、目の前の少女はどうだろう。
──この人は、自分の身を守るどころか、敵を倒す力さえ持っている。
それは権力的にだけでなく、物理的にもだ。今解った。彼女は魔術師として自分と同等以上の実力者だと。六歳も下の、まだあどけなさの残る少女が。
そんな彼女が、見返したいと自分に協力を求めている。自分の運命の番が。それ以上に、尊敬すべき人格の方が。
レオーネは一瞬だけ瞑目し、そっとヴィルへルミネの手を取った。
「⋯⋯力不足かもしれませんが、よろしくお願いいたします」
「あら、力は後からつければよろしいのですわ。こちらこそ、よろしくお願いいたしますね」
ヴィルへルミネは無邪気に笑い、レオーネもまた、苦笑を返した。




