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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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114/116

百十四

 宴は深夜まで続き、部屋に戻れたのは日付が変わって随分経ってからだった。

「送ってくれてありがとう」

 客室に着いたヴィルヘルミネは、そう言ってレオーネを見上げた。

「明日は民に対するお披露目だ。ゆっくり休んでくれ」

「ええ。レオーネもね」

 ヴィルヘルミネは頷いた後、少し考えてレオーネを手招きした。

「少し顔を寄せてちょうだい」

「⋯⋯? 何だ?」

 素直に顔を寄せるレオーネを可愛く思いながら、ヴィルヘルミネはその頬にそっと口付けた。

「⋯⋯⁉」

「ふふ、さっきのお返しよ。我慢していたのは、貴方ばかりだと思わないことね」

「ヴィ、ヴィルヘルミネ」

「お休みなさい、レオーネ」

 やり場のないレオーネの手から逃れるように、ヴィルヘルミネは客室に入った。その後に続きながら、シュネーとヴォルフは主人の婚約者に憐みの眼差しを向ける。それらを見送ったラルクはぽん、と主人の肩を叩いた。

「どんまいです、殿下」

「いい加減はっ倒すぞ、おまえ」


    ───


 マルダスの王都は、歓声に包まれた。

 ここ数年でマルダスの発展に寄与した第二王子が、同盟国である大国ローディウムの皇女と結婚するためだ。

 マルダスに魔法文化を広めた第二王子レオーネを惜しむ声は多かったものの、それ以上に結婚という慶事、それも運命の番であることはマルダスの獣人達にとって喜ばしいことだった。

 そして、お披露目のために屋根無し馬車で現れたふたりに、王都民は驚嘆する。

 レオーネの美男子振りは広く知られていて、王都の女性達の熱い視線を独占していた。その妻になる皇女ヴィルヘルミネには、少なからず彼女達の厳しい目が向けられていたのである。

 だが、そんな眼差しを跳ね除けるように、ヴィルヘルミネの姿は大衆を魅了した。

 レオーネとそろいの、緑がかった水色のドレスを身にまとったヴィルヘルミネは、太陽の下でその美貌を存分に輝かせた。

 煌めく黄金の髪、マルダスには無い真っ白な肌、春を想起させる淡い紫の瞳、浮世離れした美しい顔──獣耳ではない長く尖ったエルフ耳なのも相まって、人類ではなく妖精か精霊なのではと思われたほどである。

 更に。

「マルダスの民に、祝福を」

 ヴィルヘルミネが祝詞を唱えたとたん、空から色とりどりの薔薇の花びらが、かぐわしい芳香と共に降り注いだ。それを見た民衆は、ヴィルヘルミネをフローディア女神の化身だと思い、熱心に拝む者まで現れた。

「⋯⋯神聖魔法は、まだ馴染みが無かったかしら」

「マルダスは基本、太陽神であるヘイオストル神信仰だからな⋯⋯」

 実際は、フローディア女神が授ける神聖魔法で、比較的簡単な魔法のひとつである。

 ちなみにヘイオストル神の専用神聖魔法には、一時的、かつ局地的に晴れにする魔法であるが、そちらはかなり魔力が必要なので、獣人にはなかなか難しいものだった。

 ともあれ、ヴィルヘルミネとレオーネは、多くの人に受け入れられたのである。



 王宮に戻り、ドレスと礼服から軽装に着替えたふたりは、ローディウムに帰国する準備を進めた。

 結婚祝いの品々を持ってきたヴィルヘルミネは、来た時は大荷物だった。しかし帰りは帰りでマルダスからの結婚祝いを持ち帰らねばならないため、結局大荷物になる。

 祝いの品と目録が合っているかの確認もせねばならないし、明日の早朝に帰ろうと思うと、やることは山積みだ。

 それらが一段落した時には、すっかり夜も更けてしまった。

「事前準備はしっかりしていたはずなのに、こんなに慌ただしくなるなんてね」

 ハーブティーを片手に一息ついたヴィルヘルミネは、思わずぼやいた。

「結婚準備、それも王族皇族ともなれば、そうなってもしかたがないですよー。普通の結婚でも、てんてこまいになるんですもの」

「シュネー達の時もそうだったわね。それなのに、いくら言ってもふたりして休まないし」

「なるべくお傍を離れたくなかったので」

「頑固よね、ふたり共。⋯⋯でも、その分素敵な式だったわね」

 ヴィルヘルミネは微笑んだ。

 シュネーとヴォルフの結婚式には、ヴィルヘルミネもお忍びで参列したのである。とはいえ、ヴィルヘルミネの容貌は忍ぶのに全く適さないので、お忍びと言っていいのかは疑問だが。

 ふたりの結婚式は、派手さも豪華さも無い、こじんまりとしたものだった。だが端々にふたりの好みや趣向が反映されていて、とても素敵な式だったと、ヴィルヘルミネは思い返す。

 ちなみに、ヴォルフは結婚に際して男爵位を授けられた。領地は無いものの、一代限りではない立派な貴族籍である。シュネーも、仕事以外での肩書は男爵夫人だった。

「そういえば、ラルクは王子殿下に着いてくるのでしょうか」

「みたいね。彼は、レオーネ個人が雇った人間みたいだから。付いてくる侍従は、彼だけみたいよ」

「そうですか⋯⋯付いていきたいって人は、ほかにもいそうですけど」

「いるでしょうけど、彼らを雇っているのはレオーネじゃなくて王家だもの。王家の命令でもない限り、一緒には来られないわ。そもそも、レオーネが連れていこうとは思わないかも」

「所作は王家っぽくなりましたけど、感覚は相変わらずなんですね」

 シュネーが思い出しているのは、皇宮で暮らしていた頃のレオーネだろう。当時から贅沢を好まず、自分のことは自分でやっていたレオーネは、確かに王族らしくない。

 だがそんな部分も、ヴィルヘルミネにとっては好ましい部分だ。

「⋯⋯もうすぐ、わたくしとレオーネは夫婦になるのね」

 ふと、そんな言葉が口をついた。

 ここに来るまでにも、何度も反芻していたことだ。

 三年前別れてから、ヴィルヘルミネはこの日をずっと待ち望んでいた。再会してからもレオーネと夫婦になりたい気持ちは変わらない。むしろ高まっていくぐらいだ。

 だが、同時に不安になる。今この時が、自分の見ている夢なのではないか、現実だとして、夫婦としてやっていけるのか。

「不安ですか?」

 そんなヴィルヘルミネの胸中を、シュネーは感じ取っていた。

「結婚前って、不安になりますよねー」

「⋯⋯もしかして、シュネーも?」

「ええ、まあ」

 シュネーは困ったように微笑んだ。

「本当にヴォルフと結婚できるのかな、幸せになれるのかな、なんて考えて、眠れない日もありました。結婚前の女性って、つい不安になりがちなんだそうですよ。中には、本当に相手と結婚していいのか、なんて思って、婚約破棄したりする人もいるとか」

「えぇ?」

「私は幸い、そんな風には思わなかったですけど、結婚式とか、その後の生活とか、本当にうまくいくかな、なんて思ったりもして⋯⋯だから、ヴォルフに打ち明けたんです。こんな風に思ってるって」

 シュネーは思い出すように目を細めた。

「そしたら、ひとつひとつヴォルフは話し合ってくれて⋯⋯多分、凄く面倒だったと思いますよ。だって私の不安、本当に細々としたものがいっぱいだったから⋯⋯でも、ヴォルフはちゃんと答えてくれたんです」

「そう⋯⋯だったの」

「殿下も、もし不安なら王子殿下に打ち明けてしまいましょう! 王子殿下は、ちゃんと話し合ってくださる方でしょう?」

「⋯⋯そうね」

 ヴィルヘルミネは小さく笑い、頷いた。

「そうね。レオーネに⋯⋯言ってみる。わたくしの気持ち、不安⋯⋯きっと、受け止めてくれるわ」

「ええ、そうですよ! 駄目な時は、私が怒りますっ」

「ふふ、シュネーったら」

 ヴィルヘルミネはくすくす笑った。

「ねえ、シュネー」

「はい、殿下」

「わたくし、貴女のことを侍女であると同時に、とても大切なお友達だと思っているのよ」

「えっ⁉ そ、それは⋯⋯光栄です⋯⋯!」

 真っ赤になったシュネーに、ヴィルヘルミネは微笑みかけた。

「色々とありがとうね、シュネー。これからもよろしく」

「⋯⋯はい。こちらこそ、末永くよろしくお願いいたします!」

 ヴィルヘルミネとシュネーは、互いに微笑み合った。

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