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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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百十一

 帰国から三ヵ月後、叙爵式を経てヴィルヘルミネは公爵となった。家名はスラウシャーンである。とはいえ、姓として名乗るのは、まだもう少し先の話となる。

「ローディウム語っぽくないけど、もしかしてマルダス語?」

 兄ダリウスの質問に、ヴィルヘルミネは頷いた。

「ええ。マルダスに伝わる精霊の名前からいただきましたの。マルダス王家の血も入るからちょうどいいかなって」

 皇宮の中庭で兄妹そろってお茶をしていたふたりは、庭を眺めながらお喋りを楽しんでいた。咲き誇る色とりどりのダリアを眺めながら、ダリウスはため息をつく。

「俺もそろそろ、爵位を得るために武勲を立てなきゃなあ」

「お兄様は、もうすでに武勲を立ててらっしゃるじゃない」

「まだまだ足りないよ。エレノア嬢を迎えるなら、スタンピードを鎮めるぐらいしなきゃ。いや、スタンピード自体は起きない方がいいんだけどさ」

 ヴィルヘルミネがマルダスに行っている間に、ダリウスはフィン王国のエレノアと正式な婚約を結んでいた。ダリウスは現在、誕生日を迎えて十五歳。一年もすれば、結婚できる年齢である。

「でも、公爵にならないと結婚はできないって、父上に言われちゃってるんだよなあ」

「まあ、結婚するなら独立していた方がいいでしょうけど⋯⋯」

 おそらくはそれだけでなく、少数ながら根強くいるダリウスを後継者に推す声を抑えるためだろう。継承権を手放さずとも、臣籍降下さえすればそれらの声は少なくなるはずである。

「まあ、俺のことはいいよ。それよりヴィルヘルミネだろ。どうだ、公爵になって」

「忙しいですわ。覚えることが本当に多くって、人任せにできない仕事もありますし」

「本当はまだまだ先だったはずが、マルダスの牽制のために巻きで授けられたんだもんなあ。そりゃ大変か」

「でも、やりがいがありますわ。公爵として貢献できるのはもう少し先ですが、できることをやっていきたいと思います」

 ヴィルヘルミネはカップを持ち上げながら微笑んだ。その笑みに、ダリウスも頬を緩める。

「そっか。それならいいんだ」

 ダリウスはそう言った後、ガゼボ越しに天を仰いだ。

「しかし、この調子じゃヴィルヘルミネ達が一番初めに結婚することになるなあ」

「そう、ですわね。お姉様の婚約も、まだ決まっておりませんし」

 ギルエルフィネとペレアスの仲を、ダリウスは知らない。ならば話すわけにはいかないと、ヴィルヘルミネは口を閉ざした。

 そのペレアスだが、無事鋼狼騎士団に入団し、さっそく隊長職に就いたようだ。ただ、これは最初から決まっていたことなので、彼からすればこれからだろう。

 ヴィルヘルミネは紅茶を飲みつつ、今後のことを考える。

 ヴィルヘルミネ自身の問題は、確かに山積みだ。公爵としての勉強、今後行うことになる業務、レオーネとの結婚準備──

 そんな中でふと、浮かぶことがあった。

「お兄様。お兄様は、運命とはどういうものだと思いますか?」

 妹の突然の質問に、ダリウスは目を瞬かせた。

「運命⋯⋯運命ねえ⋯⋯よく解んないや」

「そうですか⋯⋯」

「でも、もし運命というものがあるなら、絶対に選ばなきゃいけないものじゃないと思うなあ」

 ダリウスは腕を組み、うーんと首を傾げた。

「だって、もしどうしても嫌なことがあって、それが運命だと言われても⋯⋯俺ならそれを選びたくないし」

「例えば?」

「民の命と引き換えに生き延びることが運命、とか」

「ああ、それは嫌ですね」

 自分達を守ってくれる騎士達ならともかく、何の力も無い民を犠牲にして生き残るなど、絶対に嫌だ。ふたりの価値観は、兄妹だけあってよく似ていた。

「それなら民を守って、両方生き延びる方法を考えたいよ。俺達の命は民より重いけど、その重みは民を守るからこそだ。民を犠牲にしてまで生き延びなければならないわけじゃない」

「その通りですわ。⋯⋯お兄様」

 ヴィルヘルミネはカップを置いた。

「わたくしがレオーネを選んだのは、運命の番がきっかけでした」

「そうだな」

「でも、彼を選んだことは、運命でも何でもない、わたくし自身の意思です。もし、わたくしに運命の人がいたとして、それがレオーネ以外だったとしても、わたくしはレオーネの手を取っていたと思います」

「そっか⋯⋯」

 ダリウスは目を細め、ヴィルヘルミネの頭を撫でた。

「ヴィルヘルミネは、本当にレオーネ殿下のことが好きなんだな」

「はい⋯⋯愛しております」

「愛かあ⋯⋯俺も、エレノア嬢と愛を育めるかな?」

「お兄様はもう、エレノア嬢がお好きなのでは?」

「好きと愛してるは違うよ。俺は確かにエレノア嬢に一目惚れしたけど、その心も好きだと思っているけど──まだ愛してるって断言できない。そこまで交流があるわけじゃないしね。これから、歩み寄っていかなきゃ」

「⋯⋯そうですわね。歩み寄って、互いを知って、話をして──そうして愛は生まれるのですよね」

 ヴィルヘルミネとレオーネがそうだったように、ふたりは互いを知ろうと努力して、結果愛することができた。

「勿論相性もあるからさ、必ずしも愛し合えるとは限らないけど⋯⋯でも、愛したいと思う気持ちはあるから」

「できるといいですわね」

「うん」

 ダリウスは照れたように笑った。まだまだ少年の面影を残した、可愛らしい笑顔だと思う。

 兄のこの表情を可愛いと思ってくれる人だといいな、とヴィルヘルミネは思った。


    ───


月日は止まることなく流れる。気付けば、三年はあっという間に、過ぎていった。



「それでは、お父様、お母様、お姉様、お兄様。行ってまいりますわ」

 十六歳になったヴィルヘルミネは、家族に向けてカーテシーをした。

 三年という月日は、ヴィルヘルミネから幼さを抜き、代わりに美しさを更に引き上げていた。

 波打つ黄金の髪は太陽の下で更に煌めき、白磁の肌は日の光を照り返している。淡い紫の瞳は朝露を浴びた花のように輝き、若緑色のドレスをまとった肢体は女性的な曲線を描いている。

 何より、少女期から完成されていた美貌は、この三年で磨き抜かれていた。母ミカエルシュナと同様、人外じみた域に片足を突っ込み、もはやこの世のものとは思えないほどになっている。

「ああ。気を付けて行ってくるといい」

 家族を代表して、ユリウスが口を開いた。相変わらず若々しいが、サファイアの瞳は寂しげに細められている。

「お披露目が終わりましたら、すぐ帰国しますわ。勿論、レオーネと共に」

 ヴィルヘルミネはそう言って微笑み、馬車に乗った。

「出発してちょうだい」

 ヴィルヘルミネの言葉と共に、走り出す馬車。

 向かう先は、マルダス王国だった。

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