百八
シャオシンに対する調査は、レーヴ主導のもと進められた。
と言っても、実質的な指揮は正妃とレオーネである。さすがに幼いレーヴに全てを任せられるわけではなく、最終決定権が彼にあるというだけだ。勿論、彼の意見を取り入れた調査はしている。
その中で判明する新事実──アミラを流産させた疑いや、マルダスでの汚職貴族に関わっていたこと、マルダス王を失脚させて国を龍帝国に献上しようとしていた形跡など、全員が頭を抱えるようなことばかりに、シャオシンの狂乱が垣間見えた。
「さすがに彼の思惑全てが叶うことはなかったでしょうが⋯⋯それでも、ひとつ間違えれば国そのものが傾いていたでしょうね」
それが正妃の結論である。
ローディウムへの攻撃の証拠も出てきたため、臨時で代表調査員をしていたヴィルヘルミネも、まさかここまでとは思わず、どう反応すべきか解らなくなった。ローディウムにいるユリウス達も、さぞ困ることだろう。
さすがにマルダスの機密に関わることは、ヴィルヘルミネに知らされない。レオーネもマルダスを出ることがほぼ確定しているため、詳細は教えられなかった。
そんな日々を送る中でも、状況は刻一刻と変わっていく。
たとえば、ヴィルヘルミネとレオーネの婚約が、マルダスで受理されたことが、その最たる事柄だろう。
紆余曲折を経て、ふたりは正式な婚約者になったのである。
「思いのほか、時間がかかりましたわね」
「そうですね。予定より半年近くずれての婚約ですね」
ヴィルヘルミネの客室で向かい合ったふたりは、顔を見合わせ、ため息をつく。まさか婚約の段階でここまで時間がかかるとは思わなかった。
思えば、ヴィルヘルミネから婚約を申し出てからすでに一年近く経っているのである。王侯貴族の婚約は様々な手間がかかるとはいえ、まさかこんなに時間が経過するとは思わなかった。
「レオーネ、これで晴れて正式な婚約者となりましたが、お気持ちはどうですか?」
「特に変わるものはない──と言えるほど無頓着ではないので、これから、というのが素直な気持ちです」
「これから?」
「これから、本当の意味で貴女にふさわしい男になるために更なる努力をせねばな、と」
「ふふ、貴方はもう充分努力しているのですから、少しは気を緩めればいいのに」
ヴィルヘルミネはおかしそうに笑って、例えば、と言った。
「敬語をやめて、砕けた口調で話すとか」
「⋯⋯そういえば、俺達ずっと敬語ですね」
仮とはいえ、一年近く婚約者をしている上、立場としては対等──気持ちの上ではヴィルヘルミネが上だが──の婚約者なのにずっと敬語なのは、確かにおかしな話だった。
「では⋯⋯これからは敬語は無しで。改めて、よろしくね、レオーネ」
「⋯⋯慣れるのに時間はかかるから、その辺りは容赦してくれよ、ヴィルヘルミネ」
満面の笑みを浮かべるヴィルヘルミネに、レオーネは苦笑を返した。
───
およそ三ヵ月に渡る調査の末、シャオシンは斬首刑に処されることになった。
本来なら調査との間に裁判が入ることになるのだが、現行犯での拘束であること、黒魔法という危険な魔法の使い手であることが考慮されてのことだった。
とはいえ、執行まではまだ猶予がある。レオーネはヴィルヘルミネと共に再びシャオシンの面会のため、地下牢に降りていた。
「すでに聞いたと思うが、近日中に刑が執行される。それまでに何か伝えたいことはあるか」
「⋯⋯また来たのか」
シャオシンは力無く答えた。鉄扉越しかつ薄暗がりの中では、様子をうかがい知ることはできない。だが、彼が全てを諦めていることは読み取れた。
「伝えることなどない。捨て置け」
「本当にそうか? 俺にも、マルダス王にも⋯⋯母上にも、何も伝えることはないのか」
「⋯⋯ルゥリ⋯⋯」
シャオシンは小さくその名を繰り返した。
「伝えて、どうなる。もうルゥリは私など忘れて今を生きている。彼女のことだ、おまえのことを愛しているのだろう? そんなおまえを殺そうとした私のことなど、むしろ忘れたいと思ってるんじゃないか」
「そうだな。母上はおまえのことを忘れているかもしれないし、したことも許しはしないだろう。でも、かつて婚約者だった男の最期の言葉ぐらい、聞くぐらいはしてくれると思う。ましてや、おまえと母上は運命の番なんだろう?」
「⋯⋯運命の番、か」
シャオシンは自嘲するように笑った。
「運命の番の運命とは何なんだろうな。必ず出会うわけではない。会ったからといって心から惹かれるとも限らない。ただ本能に根差した感覚。そんなものに振り回されるなんて、竜人も獣人も愚かな種族だな」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「だが、俺はルゥリを⋯⋯運命の番なんて関係無く、ルゥリを愛していたんだ。だから奪われて絶望したし、こんなことをしでかした。おまえはどうなんだ、第二王子──レオーネ。おまえは皇女のことをどう思っている?」
「⋯⋯愛おしい人だよ。運命の番なんて関係無く」
レオーネは言った。
「でも、例え理不尽に奪われることになろうとも⋯⋯俺は、おまえのように復讐に走ったりはできない。俺にはほかにも守るもの、守りたいものがあるし、何よりヴィルヘルミネに嫌われるような自分になりたくないから」
「⋯⋯そうか。おまえは、恵まれているな」
シャオシンの言葉に、レオーネは目を見開いた。それを飲み込むように顔を伏せる。
「⋯⋯そうだな。王子としては不遇だったが、それでも充分恵まれていると思う。愛してくれる家族がいて、愛おしいと思える相手がいて、それ以外にも守りたいものがあって──贅沢だな」
顔を上げたレオーネは、晴れやかな顔をした。
それを見ることはできないシャオシンだが、声音から察したのだろう。そうか、と一言呟いた。
「レオーネ王子、やはりルゥリには何も言わなくていい。ただ、運命の番に狂った男が愚かなことをしたと、そう思っていてくれ」
「おまえに会ったこと、何も伝えなくていいのか?」
「いい。⋯⋯彼女には、心穏やかに過ごしてほしい」
そう言って口を閉ざしたシャオシン。レオーネはヴィルヘルミネと視線を合わせ、頷き合う。
ふたりはそのまま、地下牢を後にした。
「リー・シャオシンは、反逆罪で斬首されることになっている。母の耳には、罪人の名前さえ伝わらないだろうな」
「そう⋯⋯レオーネは、彼の願いを聞き入れるつもり?」
「ああ。心穏やかに過ごしてほしいという気持ちは、俺も同じだからな。真実を伝えるかどうか、少し迷っていたから⋯⋯」
シャオシンに言われてほっとした、とレオーネは言った。
「そうね⋯⋯真実を知ることばかりが、いいことではないものね」
シャオシンとルゥリの関係は、一応緘口令が敷かれている。王宮内では知れ渡っているが、市井に出回ることはないだろう。
ルゥリは何も知らず、異国の地でレオーネと再会するのである。
それがいいのだろう、とレオーネは言った。
「次の恋愛は⋯⋯あの人次第だけど、いい人がいるなら、その人と結婚してもいいと思うし、一緒に暮らしたいなら、ヴィルヘルミネと結婚するまでは一緒に過ごせたらと思う」
「あら、わたくしはルゥリ様と一緒に暮らしてもいいわよ?」
「それは⋯⋯まあ、おいおいってことで」
レオーネは苦笑して、地上に戻る階段を登っていった。
シャオシンの処刑の、三日前の出来事だった。




