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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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106/116

百六

「レ、レオーネ」

 リエーフが強張った顔で振り返った。その顔を見て、レオーネはため息をつく。

「⋯⋯とりあえず、立ち上がってください、兄上」

「ああ、すまない」

 手を貸して立たせれば、リエーフはふらつきながらも立ち上がった。

「まだ片腕は慣れませんか」

「ああ、うん⋯⋯」

 力無く頷くリエーフを確認し、レオーネはマルダス王を振り返った。

「陛下、第一王子は病み上がりなんです。このような乱暴な行いはやめてください」

「貴様⋯⋯! もとはといえば」

「誰のせいでもなく、貴方のせいでしょう」

 マルダス王の言葉を遮り、レオーネはぴしゃりと言い放つ。

「ひとえに貴方があの商人の恨みを買ったからです。勿論、奴の行為は許されないものですが──そのきっかけを作った貴方を、許すわけにはいかないのです」

「ぐっ⋯⋯」

 マルダス王は黙り込むしかなかった。

 心の中でどれだけ不平不満をあげつらったとしても、レオーネには逆らえない。気付けば、そういう関係になっていた。

「ところで、怒鳴っている割に伝えるべきことは全く伝えていないじゃないですか。兄上には、言わなければならないことがあるでしょう」

「それは⋯⋯」

 マルダス王の目があからさまに泳いだ。この期に及んで、まだためらいがあるらしい。

「貴方が言えないのなら、俺か、正妃殿下からお伝えしますが」

「わ、解った。わしが言う」

 これ以上主導権を取られてはたまらないと思ったのだろうか、マルダス王は渋々といった(てい)でリエーフに向き直った。

「⋯⋯リエーフ、おまえの廃嫡が決まった」

「⋯⋯え⋯⋯?」

「また、それに伴い、アミラとは離縁してもらう」

「は⋯⋯え⋯⋯な、なぜですか⁉」

 リエーフはおぼつかない足取りでマルダス王に迫った。マルダス王は苦々しい表情を浮かべて黙り込む。そんな彼に、レオーネは冷たい眼差しを送った。

「陛下」

「解っておる! ⋯⋯リエーフよ、貴様はレオーネ王子に毒矢を向け、殺そうとしたな?」

「⋯⋯あ」

「その上、王宮戦士達を壊滅に追いやるような独断専行を行い、甚大な被害をもたらした。貴様も重傷を負ったようだが⋯⋯それ以上の怪我を負った者も、それどころか命を落とした者も多かったことは解っておろう。その上、貴様は右腕を失った。もはや、王族としての役目を果たせぬと判断したのだ」

「そんな⋯⋯で、ではアミラは⁉」

 リエーフは血の気の失せた顔で、それでも食い下がった。

「俺が廃嫡されるのは解りました。ですが、アミラと離縁する必要はなぜあるのですか⁉」

「それは⋯⋯」

 マルダス王は再び視線をさまよわせる。だがレオーネに視線で促され、嫌々口を開いた。

「⋯⋯アミラ妃では、貴様を支えられん」

「そんなの、納得できません」

「そ、それに、アミラ妃自身が離縁を望んでいる」

「信じられません!」

「事実だ! 何しろあやつは、わしの妃になりたいと言ったのだからなっ」

 やけくそのような一言に、リエーフが凍り付いた。

「⋯⋯え?」

 リエーフは父の顔をまじまじと見、次いで笑い出す。

 空虚な笑いだった。

「は、はは⋯⋯ご冗談を。アミラは、俺の運命の番なんです。俺以外を選ぶはずがない」

「アミラ妃は人間だ。運命の番など感じられん」

「嘘だ! でたらめを」

 リエーフはマルダス王に掴みかかろうとした。だがそれを、レオーネが抑え込む。動けなくなったリエーフは、レオーネを睨み付けた。

「レオーネ!」

「兄上、国王陛下に何かすれば、廃嫡では済みませんよ。それに、今の話はでたらめでも何でもありません」

「そんなはずはない!」

 リエーフは悲鳴のような声を上げた。

 そんな彼の様子に、レオーネはため息をついてぐい、と引っ張った。

「なら、確かめに行きましょう。アミラ妃の本心を」


    ───


「ごきげんよう、アミラ妃殿下」

 王宮内にあるアミラの自室。そこを訪れたヴィルヘルミネは、おっとりした仕種でそう挨拶した。

 ヴィルヘルミネの登場に唖然としていたアミラは、ヴィルヘルミネを案内した侍女を睨み付ける。

「あんた、何を勝手に⋯⋯ちょっと! ここはあんたが来るべきところじゃないの。未来の王妃の私室よ」

「第一王子殿下は、国王になることはありませんが」

「はっ。あんた馬鹿? リエーフなんて落ち目じゃない。勿論、現国王陛下に決まってるでしょ! あの人の妃になれば、あたしはこの国一番の女になれるのよ!」

「はあ⋯⋯まだそんなことおっしゃってるのですか」

 ヴィルヘルミネは呆れたように首を振った。

「そもそも、どうして国王陛下の妃になれると思ってらっしゃるのですか? 理解に苦しみます」

「陛下があたしを求めているからよ! 当然でしょう?」

 アミラは勝ち誇ったように言った。

「陛下はベッドの中であたしに妃になってほしいと言ったわ。勿論、そうなるようにあたしも頑張ってご奉仕(、、、)したの。あ、子供のあんたには解んないかなぁ」

 豊満な胸をそらし、妖しげな眼差しを向けるアミラ。そんな彼女に、ヴィルヘルミネはため息をついた。

「⋯⋯本当に、理解に苦しみますわ」

「はあ?」

「アミラ妃殿下。貴女、本当に一国王の妃──それも正妃になるおつもりでしたの? 現在の正妃殿下を押しのけて?」

「何よ、文句あるの?」

「思い違いもはなはだしいですわね」

 ヴィルヘルミネはぴしゃりと言い放った。

「そもそも⋯⋯王太子妃の役割さえ満足にできなかったのに、どうして正妃になれると?」

「あたしが力不足とでも言いたいの⁉」

「はい」

 激高するアミラに、ヴィルヘルミネは冷静に頷いた。

「いくらこの国の女性が政治的な役割を求められていないからと言って、王妃、王太子妃には相応の役割がございますわ。それは、今の正妃殿下を見れば解ること」

「はあ?」

「ねえ、アミラ妃殿下。妃殿下はその美貌と身体以外に誇れるものはございませんの?」

 そう尋ねたとたん、アミラは硬直した。

「は⋯⋯?」

「わたくしは皇女として、相応の礼儀作法や教養を身に着けておりますし、魔術師としての技能もございます。もし明日から皇女ではなくなったとしても──例え己の顔が変わってしまったとしても、それらは消えてなくならない。わたくし自身には価値があると、胸を張って言えます。でも、貴女は?」

 ヴィルヘルミネは紫の瞳を細めた。

「貴女がもし、その美貌と身体を失ったら、貴女には何が残るのですか? 十年後、二十年後──人間の貴女は、その美貌が衰えていくでしょう。老いることはなくとも、不慮の事故などで損なわれることはあるでしょう。そうなった時、貴女にはそれに代わる価値を示せますか? あるいは、そのための努力をしていますか?」

「え⋯⋯な⋯⋯」

 アミラは一歩後ずさった。周囲にいる侍女達も、気圧されたように動けなくなる。

「妃殿下、どうかお答えくださる?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 アミラは──何も言えない。

 自慢の美貌と身体を失ったら? そんなことになれば、アミラは誰にも見向きされなくなる。

 そんなことは、初めから解っていたことだった。

 踊り子も愛人も、若いうちしかできないこと。だからこそ、後妻でも側妻でもいいから金持ちの妻に収まって、安泰の生活を送ろうとした。

 そんなときに王太子だったリエーフの運命の番だと判明し、有頂天になった。

 マルダス一の金持ちである王家。その未来の国王に見初められたのだと、将来の王妃の座は約束されたのだと、そう思っていた。

 だが実際は、リエーフは王太子ではなくなり、国王になる未来も実質的に閉ざされた。アミラは正妃の座から降ろされ、国一番の女ではなくなった。

 せっかく手にできた未来が霞と消えて、アミラは焦ったのだ。

 王妃になりたい。一番高貴な女性として、贅沢な暮らしをしたい。

 そのためには、リエーフではなく今のマルダス王に取り入るしかない。そう思って、アミラはマルダス王を篭絡した。シャオシンから与えられた香水を併用すれば、実に簡単なことだった。これで国一番の権力者の寵愛は、手に入れたも同然だった。

 だが、その篭絡に使った美貌と身体を失った時、はたしてマルダス王はアミラを愛してくれるだろうか。

「あたし⋯⋯あたし、は」

 それでも反論しようとして、アミラは口を開いた。だがそれは、喉元に張り付いて凍り付く。

「アミラ⋯⋯どうして⋯⋯」

 部屋の入口に、リエーフが立っていたからだ。

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