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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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105/116

百五

「ふっふふふ! 見ましたか? あの顔。ああ、すっきりした」

 マルダス王の居室から離れてしばらくすると、正妃は楽しそうに吹き出した。

 そんな彼女を見て、レオーネは苦笑する。

「思いのほかのりのりで、びっくりしました」

「それだけ鬱憤がたまっていたのですよ。これで少しは仕返しができたのではないかしら。提案してくださった皇女殿下に感謝ですね」

 マルダス王襲撃を成したふたりは、昨日ヴィルヘルミネから提案されたことを思い出していた。


    ───


「申しわけありませんが、俺は王太子になりません」

 ヴィルヘルミネと共に正妃宮を訪れたレオーネは、開口一番そう言った。

 そう言われることをおおよそ予測していた正妃は、静かにそれを受け止める。

「解りました。⋯⋯でも、マルダスにいる間は、レーヴの手助けをしてくださいね」

「それは勿論です。可能な範囲内で手助けさせてください」

「それで、さっそくなのですが」

 レオーネの言葉を継ぐように、ヴィルヘルミネが口を開いた。

「国王陛下に、今後のことを確約してもらう必要があるかと思うのですが、いかがでしょうか」

「それは⋯⋯勿論そうなのですが、何か考えがあるのでしょうか」

「ええ」

 首を傾げる正妃に、ヴィルヘルミネは微笑みを返した。

「口約束では反故にされる可能性がありますから、契約書という形を取りましょう。ただ、普通に契約を提示してもごねてなかなか難しいでしょうね」

「そうですわね⋯⋯」

「そこで、少しばかり怖い思いをしていただこうかと」

 満面の笑みを浮かべるヴィルヘルミネに、正妃だけでなくレーヴもぎょっとした。

「こ、怖い思い?」

「はい」

 ヴィルヘルミネは隣のレオーネを振り仰いだ。それを受けて、レオーネが話を引き継ぐ。

「正妃殿下、契約書を作成してくだされば、俺が同行して陛下を脅し──もとい、説得いたします」

「今脅しといいませんでしか?」

 正妃は頭を抱えた。

「そんなことをすれば、逆上されるのではないですか?」

「させませんよ」

 自信ありげに微笑むレオーネ。迫力ある微笑に喉を鳴らしたのは、正妃か、レーヴか。

「⋯⋯解りました。では、どのような内容にするか、話を詰めましょうか」

「それでは、わたくしから提案がありますわ」

 頷いた正妃に、ヴィルヘルミネは幾つかの紙を渡した。今後のことを協議するための、提案書である。

 それらに目を通して、正妃からも意見を出し──そうして、契約書は完成したのである。


    ───


「思いのほか弱々しくて助かりました。本当に実力行使をすることも覚悟していましたから」

「床を破壊したことは実力行使ではないのですね⋯⋯」

 ほっとした様子のレオーネに、正妃は苦笑した。

「ともあれ。これでレーヴが王太子になることは確定しました。⋯⋯忙しくなりますわね、これから」

「そうですね。ところで」

 レオーネは正妃に向き直った。

「よかったのですか? 離縁しなくて」

「⋯⋯ええ。今回の件を聞くまでは、本当にそうするつもりでしたが、今はそれは得策ではないでしょう」

 正妃は眉尻を下げて微笑んだ。

「自由になるのは、今少しお預けですわ。それまでは、夫婦の仮面を被り続けます」

「仮面⋯⋯」

「ええ、仮面です」

 正妃もまた、正面からレオーネを見た。

「レオーネ王子、貴方と皇女殿下のような例は、非常に珍しいのですよ。政略結婚となれば、当人同士の相性は考慮されない。貴方達もそれなりに思惑があって結ばれた仲ですから、政略と言えますが⋯⋯大抵の場合、うまくいかないのです。勿論、時間をかければ情も生まれますし、愛情となることもあるのでしょう。互いに歩み寄れば、それは可能です。ですが⋯⋯どちらか一方でもその歩み寄りを放棄すれば、夫婦としては破綻します」

 わたくし達のようにね、と正妃は肩をすくめた。

「大切になさい。運命の番で、あれほどの気持ちを返してくれる他種族は、あまりいないのですから」

「⋯⋯お言葉ですが、殿下」

 レオーネは真面目な顔で正妃を見つめた。

俺達(、、)にとって、運命の番はきっかけに過ぎません。ヴィルへルミネも、俺も──例え運命でなくても、互いに惹かれていたと思います」

「え?」

「俺にとって、強くて、愛らしくて、心根のまっすぐな彼女が愛おしいのです。もし俺にほかに運命の番がいたとしても、彼女ほど心惹かれることはなかっただろうと思えるほどに」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 しばし呆然としていた正妃は、うつむいた。

「そう⋯⋯そうですね。考えてみれば、貴方の母も、運命の番と出会いながら、それに惑わなかった獣人のひとり。息子の貴方も、同じなのは道理ですね」

「⋯⋯そうですね。母は運命の番に対して、さほど興味を持っていなかったように思います。本能と心は別だと、そう言っていたこともあります」

「本能と心は別、ね。全くその通りだわ。リエーフもそう思っていれば、あれほどアミラ妃に傾倒しなかったのでしょうけど」

「⋯⋯そういえば、アミラ妃は今、どうされているのですか?」

 マルダス王の妃になるのだと息巻いていた彼女だが、シャオシンの件以来王宮の話題にもほとんど挙がらなくなっていた。王宮内にはいるはずだが、見かけることもない。

「今は自室に閉じ込めています。リエーフが帰ってきたらすぐに離縁させるつもりで、手続きの準備も進めていますの」

「⋯⋯アミラ妃は解りませんが、兄上はおとなしく離縁に応じるとは思えないのですが」

「そうですね。場合によっては、抑えつけてでも書類にサインさせねばなりません。その時は、手伝ってくださいね」

「それは、勿論」

 片腕が無い上に病み上がりのリエーフだが、それでも元王太子。その上もともと体格がいいため、暴れられれば戦士のひとりふたりでは手が足らないだろう。ましてや運命の番と引き離されるのだから、相当の抵抗が予想された。

「もうひと騒動ありそうだな⋯⋯」

 レオーネは呟いた。


    ───


 レオーネ達に大幅に遅れて王都に帰還したリエーフは、マルダス王の変わりように絶句した。

「ち、父上⋯⋯一体何があったのですか」

 謁見の間ではなく執務室に通されたリエーフは、恐る恐る声をかける。

 マルダス王は、魔力詰まりがぶり返したかのようにやつれ、背中を丸めて政務を行っていた。のろのろとペンを置き、光を失った目でリエーフを睨み付ける。

「何が、だと⋯⋯全て貴様のせいであろうが!」

 がたん、と音を立てて立ち上がったマルダス王は、リエーフに近付き、殴り付けた。片腕を失ったことでただでさえバランスを取りづらくなったリエーフは、力無い攻撃でも尻もちを着いてしまう。

「父上⋯⋯?」

「貴様⋯⋯貴様があの商人を引き入れなければ!」

「商人? 商人が一体⋯⋯」

「これを見ろ!」

 マルダス王は机の隅に置いていた紙の束をリエーフに投げ付けた。それはレーヴが主導して行っているシャオシンの調査の経過報告書である。

 ばらばらになったそれをもたもたとまとめ、目を通したリエーフは、シャオシンの正体を知った。そしてマルダス王を愕然と見上げる。

「父上⋯⋯貴方は何ということを⋯⋯」

「わしは悪くない! 貴様が商人を引き入れなければ、今回のことは起こらなかったのだろうが‼」

「そんな⁉」

 さすがに受け入れがたく、リエーフが立ち上がろうとした時だった。

「こんなところで親子喧嘩はおやめください。廊下まで響いていますよ」

 レオーネが、冷めた表情で入ってきた。

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