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運命だと言うけれど  作者: 沙伊


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百三

 ローディウムから送られてきた書簡に目を通したのは、マルダス王ではなく正妃だった。

 書簡の内容は、第三皇女ヴィルヘルミネがマルダスで活躍したことを嬉しく思うということ、その功績と自国での手柄をもって彼女に公爵位を授ける予定であること、両国の関係強化のためにも早急に婚約を正式なものにしたいということ、そして今後マルダスを担うであろうレーヴのために、龍帝国を初めとする外国の主だった姫君や令嬢の名前などのリスト、後ろ盾が必要ならいつでも協力するという旨だった。

 それらを読んで、正妃は頭を抱えた。

「見透かされているわね⋯⋯本当に油断のならない方だこと」

 正妃は正式にローディウムと国交を結んだ直後、皇帝ユリウスと会ったことがある。

 正妃から見て、ユリウスは自分達夫婦より歳下の君主である。だが同時に、最も油断ならない相手だった。

 二十年以上前、それまで斜陽にさしかかっていたローディウムを若くして立て直し、膿を出し切ってみせた彼の話は、マルダスにも届いていたのである。人間だからと侮っていたマルダス王に内心呆れもしていたし、結果気圧されてローディウム側に有利な条件を結ばされたことには、激怒した。

 だからこそ、ユリウスの娘であるヴィルヘルミネごとレオーネを取り込むため、中継ぎの王太子に就けようとしたのだが──

「先読みも完璧、か。どうしたって、陛下やリエーフでは勝てない相手だったわね。いえ、わたくしだって⋯⋯」

 書簡を片手に、正妃はため息をついた。

 今年皇太子になったというギルエルフィネには会ったことが無いが、彼女もまた優秀だと聞いている。男性優位なマルダスでは女性が次期皇帝になることに眉をひそめる者もいたが、正妃はむしろ、実力主義なあの皇帝が後継者に指名したことが末恐ろしく感じた。

 そんな皇帝相手だからこそ、優位にことを進めたかったが、そう簡単にはいかなかった。

「爵位──確か、ローディウム含めた北西側諸国で使われている階級制度ですよね」

 同じ部屋で書簡の内容を聞いていたレーヴが、不安そうに尋ねた。

「ええ、そう。国にもよるけれど、ローディウムでの公爵は、準皇族、あるいは継承権を持った家門のことを指す階級で、ようは皇族の次に偉い地位ね」

「母様の実家のようなものですか」

 ようやく実感できたのか、レーヴの肩が少し揺れた。

「そうなると、皇女殿下をマルダスに取り込むことはできませんね」

「ええ。かといって婚約を解消すれば、運命の番を重視する貴族達の反発は免れない。ただでさえ、リエーフとアミラ妃の件があるのだもの。何より、第二王子からの信頼を損なうわ。さすがにローディウムには、リエーフとアミラ妃のことはまだ知られていないはずだけど⋯⋯それに、このリスト」

 あくまで同盟国として心配だから、と添えられたレーヴの妃になりそうな候補者達。ざっと目を通したところ、ローディウムを除いた他国の貴族令嬢や姫君の詳細な情報が書かれていた。

 マルダス国内は貴方がたの方が詳しかろう、として載っていないが、他国の貴人をこれだけ詳しく調べられるのなら、マルダス国内の貴族女性も調べることはたやすいはずだ。

 意図的なのかどうか──十中八九意図的だろうが、どうあれこれを読んでしまった以上、レオーネをレーヴの補佐にすることは、諦めるしかない。少なくとも、中継ぎの王太子として取り込むことは不可能だ。

 正妃は心の奥底まで見透かしそうなサファイアの瞳を思い出し、身震いした。

 この上、マルダス王の醜聞を知られれば、ますます難しいことになる。正妃は心の中であらん限りの罵倒を夫に送った。

「⋯⋯レーヴ」

「はい、母様」

 正妃は息を整えると、レーヴに声をかけた。レーヴは若干緊張した面持ちで答える。

「貴方、龍帝国の言語はどれほど話せるかしら」

「龍帝国、ですか? 日常会話程度なら、話せますけど⋯⋯」

「急いで、最低限話すのに問題無い程度に仕上げなさい」

「え?」

「今後のために、かの国の皇女を迎えることを考えねばなりません」

 ユリウスの手紙には、龍帝国の皇女達が候補者として真っ先に挙がっていた。

 かつての権勢は、龍帝国に無い。だが大陸でも一、二を争うほどに古い一族であり、その血には一定の価値がある。そもそも竜人はエルフと並んで長寿かつ、数の少ない種族だ。かつては、両者共に高貴な種族であるとされたこともある。そんな種族から妻を迎えられる好機を逃す手は無い。

「⋯⋯なるほど」

 幼いながら聡いレーヴは、全てを察してため息をついた。

「それと、レーヴ、今から覚悟しておきなさい。ユリウス帝は恐ろしい方よ。その後継者であるギルエルフィネ皇太子も、おそらく。曲がりなりにも長年国王であった陛下が、気圧されるほどなのだから」

「そして、皇妃であるミカエルシュナ妃も油断ならない、んでしたっけ」

「ええ。恐ろしく美しいけれど、敵には容赦の無い方よ。その美しさに飲まれてはいけないわ」

 正妃の言葉に、レーヴは視線を泳がせた。すでに娘のヴィルヘルミネの美貌に飲まれた経験のある彼にとっては、耳の痛い話だった。

「⋯⋯こうなってくると、父様のやらかしが本当に大きいですね」

 特別優れた王というわけではなかったが、マルダス王は安定した治世を行う国王だった。魔法嫌いと女性好きを除けば、ある程度公平な男だったのである。

 だが、彼の女好きな部分が最悪な形で噴出した。もはやその治世の終わりは目に見えている。持って数年だろうが、その数年のうちに、レーヴは国王として立派にならねばならない。

 そのためには、後ろ盾や補佐が多ければ多いほどいい。そのひとりに、レオーネとヴィルヘルミネがなってくれればと思っていたが、そうはいかなくなった。

「第二王子に頼れるのは、せいぜい三年ぐらいね。その三年のうちに、あの子がマルダスに根付いてくれればいいけれど」

 だが、それも難しいことを正妃は察していた。

 レオーネは、マルダスに王子としての使命感以上の思い入れが無い。王子としての教育が不充分だったのもあるが、王家に対して帰属意識が薄いのだ。だから王家や統治にも興味が薄いし、王位も必要としない。

 真面目な性質だから悩んでくれているが、そうでなければあの場であっさり断られていただろう。

「皇女殿下だけがいい、か。羨ましいわ、そこまで想えるなんて」

 正妃は自嘲の笑みを浮かべた。

 思えば、マルダス王とはそこまでの親愛の情を抱けなかった。ただの政略結婚の相手。敬うべきだが、尊敬はできない相手。それが、正妃の中のマルダス王である。だから側妃を次々娶っても何とも思わなかったし、無理矢理召し上げられた妃には同情すらしていた。

 結婚生活はすでに二十年以上経っているというのに、その間に情さえ存在しなかったことに、正妃は自分が冷たいのではと思ったぐらいだ。


 ──こうして考えてみると、単に信用することさえできなかったのかもしれないわね。


 正妃は心の中でそう呟いた。

 本当に羨ましい。そう想える相手──それも運命の番に出会えたレオーネが。

 そんな彼を追いかけて遠い異国まで来るほどのヴィルヘルミネが。

 漏れたため息は、疲れ果てているように思えた。

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