百二
「まず状況を整理したいのですが⋯⋯この国の王位継承権は、どうなっているのでしょうか?」
「そうですね」
レオーネは少し考えた後、口を開いた。
「廃嫡のことはいったん置いておいて──まず第一位がリエーフ兄上、第二位がレーヴ、第三位が俺になります」
「意外とレオーネの継承権は高いのですね」
「一応国王の息子なので」
それと、とレオーネは続ける。
「現国王の弟が三人臣籍降下していて、それぞれ第四位から第六位を持っています。そして彼らの嫡男が第七位から九位を保持、最後に正妃殿下の出身家門当主が十位となります。これが現在の継承順位ですね」
「重婚が可能なので、もっと多いのかと思っていました」
「臣籍降下した元王族の継承権は、嫡男までしか受け継がれないんです。家門当主は前国王の王弟殿下の嫡男だったので、継承権がある形ですね」
「正妃殿下の家門だけでも後ろ盾としては充分なように思えますが⋯⋯やはりネックなのは年齢ですか」
「国王の所業が知られていなければ、レーヴをそのまま王太子にしても問題無かったんでしょうが⋯⋯本当に余計なことしかしないな、あの国王」
ぼそ、と呟かれた言葉には、ヴィルヘルミネも同意見だった。
ルゥリを召し上げたからこそレオーネが生まれたのは確かだか、それをきっかけに悲劇がばらまかれたのである。権威が失墜するのは構わないが、それでこちらが不利益を被っているのは、納得できなかった。
「第三王子殿下に、有力な婚約者を付けるとかはどうでしょう?」
「うーん⋯⋯国内にそんな相手がいたら、多分とっくに決まっていると思うんですよね」
「そういえば、第一王子殿下に婚約者はいなかったんですか?」
「いたんですけど⋯⋯破談になったんです。違法薬物を扱っていたとかで、家門そのものが取り潰しになって」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「ヴィルヘルミネ?」
「⋯⋯あの商人って、いつから第一王子の元にいたのかしら」
「⋯⋯あ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯ほかのことを考えましょう」
「⋯⋯そうですね」
ふたりは何ごとも無かったように振る舞うことにした。
「国内に婚約者候補がいないのなら、ローディウムから出すのはどうかしら? それなら我が国が後ろ盾に⋯⋯って、言ってみたけど、駄目ね。ローディウムの影響が強くなり過ぎる」
「そうですね。俺がヴィルヘルミネと婚約してますから、更にローディウムから出すのは、問題があると思います」
「そうなると⋯⋯あとは第三王子殿下の功績のお膳立てかしら」
だが、齢十二──マルダス王はヴィルヘルミネと同い年と言ったが、誕生日がまだ来ていないため十二歳だ──の少年が立てられる功績など限られてくる。
「⋯⋯商人の調査の責任者にレーヴを立てるというのはどうでしょうか」
レオーネの言葉に、ヴィルヘルミネは首を傾げる。
「それはいいですけど⋯⋯レオーネはそれでいいのですか? 功績が必要なのは、貴方もでしょう?」
「俺は走竜討伐の件もありますし、研究方面で立てる方法もありますから。というか、これ以上俺自身が目立ったら問題があります」
「それならいいのですが⋯⋯」
ヴィルヘルミネはそう言いつつ、決定打が足りないと思っていた。
レオーネが王太子にならないこと、ひいてはマルダスから離れるには、もっと大きなものが必要である。
「うーん⋯⋯やっぱり婚約者を見付けるのが最善なのよね」
「そこに戻ってきますよね」
ふたりはしばし悩んでいた。そこでふと、ヴィルヘルミネがとあることを思い出す。
「あの商人、龍帝国の皇室の末裔と言ってましたわね」
「言って⋯⋯ましたね」
レオーネも思い出したのか、ぱちぱちと瞬きをした。
「かつての栄華こそありませんが、それでもティレシス聖王国と並んで古い国です。その皇室の血筋は価値がありますわ。かの国から妻を迎えられるなら、充分な権威付けになります」
「でも、どう繋ぎを取るんですか」
「そこで商人を利用するのです」
ヴィルヘルミネはぴん、と指を立てた。
「魔道具や魔法薬を自分で造っていたといっても、材料まで自分で作っていたわけではないでしょう。それに、それだけを扱っていたわけではないでしょうし」
「なるほど」
レオーネは頷いた。
思い出したのは、ローディウムへの謝罪のために横流しした魔絹の存在だ。あれがシャオシンによって調達されたものだとしたら、魔絹の産出国である龍帝国とそれだけのパイプを保持しているということだ。
──⋯⋯横流ししたことは、さすがに黙っていよう。
レオーネはひそかに決意した。
「じゃあ、またあの商人に話を聞きに行くんですか?」
「いえ、調査していくうちに判明するでしょうから、聞かなくてもいいでしょう。第三王子の手柄にするなら、むしろそちらから解る方がいいかと」
とはいえ、提案しないことには始まらない。それに、駄目だった場合のことも考えなければいけなかった。
「実は、手紙で両親にことの顛末を伝えるつもりなんですけど、その際に、レオーネかわたくしに爵位を授与できないか尋ねるつもりなのですの」
「確かに他国の貴族籍を持っていればその者を王太子にしにくいでしょうが、間に合いますか?」
「間に合わないでしょうね。ですが、予定があるというだけでもためらわれます。はったりというわけでもないですし」
問題はどこまで効くかだが、現状打てるのはここまでだ。
「ほかに何か思い付いたら、そのつど意見を出していきましょう」
「龍帝国以外に婚約者として適した家門や国があるか、俺の方でも調べてみます。調べているうちに、何かいい手が出てくるかもしれませんし」
レオーネがそう言った時だった。
「殿下、失礼いたします」
外で護衛の任に就いていた騎士が、断りを入れて入室した。
「本国より手紙が届いております」
「え?」
ヴィルヘルミネはレオーネと顔を見合わせた。
このタイミングで手紙が届くとは、思わなかった。ただ、マルダスでの出来事は、ヴィルヘルミネが手紙を出すまでもなく、おおよそユリウスの耳に届いているはずである。シャオシンのことはさすがにまだ知らないはずだが、リエーフの状況ぐらいはすでに把握している可能性は高い。
ヴィルヘルミネはいったん話を中断し、手紙を読み始めた。
手紙はユリウスからだった。読み進めていくうちに、ヴィルヘルミネの顔色が明るくなっていく。
それを見ていたレオーネは、戸惑いながら声をかけた。
「何が書いているんですか?」
「お父様が、わたくしのマルダスでの活躍をもって公爵位を授ける確約をしてくださったの。どうやら、レオーネが中継ぎの王太子になる可能性を危惧してのことみたいですわ」
「⋯⋯そうか。兄上がああなった以上、俺が中継ぎになることは予想できますよね」
ヴィルヘルミネとレオーネは苦笑した。
ふたりの頭の回転は速い方だし、政治的な判断ができる程度の読みもできる。だが、若い頃から皇帝として大国の頂点に立ち続けたユリウスにはまだまだ敵わないのだと、実感できてしまった。
「⋯⋯正妃殿下は、俺が王位に興味が無いことはご存知なのでしょうか」
「知ってはいるでしょうし、それを尊重はしてくださっているのではないでしょうか」
レオーネがふと呟いた言葉に、ヴィルヘルミネはそう答えた。
「ただ、それを踏まえても、政治的に利用したいとは思ってらっしゃるのかと。レオーネの能力は国の発展に必要でしょうから」
「その発展に寄与して、文句を言わせない計画だったんですけど」
レオーネは天を仰いだ。
「とはいえ、こうなったからにはお父様に存分に頼りましょう。手紙には、第三王子殿下のことも書かれています」
「何て書いているんですか?」
「おおむねわたくし達と同じ結論ですわ。龍帝国から妻を迎えるのと、国内有力貴族の後ろ盾を得るということ、その力添えをローディウムがすると」
「内政干渉になりません?」
「あくまで同盟国としての提案という形を取るそうですわ。すでにその旨の手紙も送っていると」
「準備がいいなあ」
遠い目になるレオーネだった。




