百
かつん、かつん、と硬い音を立てて、階段を降りていく。ヴィルへルミネはレオーネに手を引かれるようにして、地下牢へ続く道を進んでいた。
地下牢にいるのは、当然ながら犯罪者ばかりである。特にシャオシンが収容されている区画は、重罪人が入れられるところだった。
気持ちを確かめ合った翌日、ふたりは尋問にあたっていた戦士から、シャオシンとの面会を求められた。というのも、シャオシンがふたりになら全てを話すと言っているというのだ。
直接彼から話を聞きたいと思っていたふたりはこれを了承し、こうして地下牢に足を運んだのである。
「⋯⋯まさか、わざわざ来るとは思わなかったな」
長い階段の先、更に奥の牢の中に、シャオシンはいた。鉄格子ではなく、鉄扉で隔てられた独房。その中に入れられていたのである。僅かな隙間の覗き窓と、食事を提供するための小さな扉が付いた鉄扉越しに足音を聞いたらしい彼は、少し意外そうな色を乗せた。
「おまえをそこから出すのは危険だという判断だ。いくら魔法封印の枷を付けているとはいえな」
レオーネは冷たく言った。
シャオシンは現在、ヴィルへルミネが提供した魔法封印の施された手枷を装着させられている。旅先で襲われた時のために用意されたものなのだが、こんなところで役に立つとは思わなかった、というのがヴィルへルミネの素直な感想である。
「それで⋯⋯俺達になら全てを話すというのは、本当か」
「ああ」
シャオシンは力無く答えた。
「こうなっては、私の望みは全て絶たれたに等しい。ならルゥリの息子の貴方と、その運命の番に話してしまいたかった。なぜこんなことをしたのか、どこまで関わっているのか」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ヴィルへルミネとレオーネは顔を見合わせ、無言で頷き合う。そしてヴィルへルミネが答えた。
「いいでしょう。わたくしは女神フローディア様より奇跡を与えられました。神官に代わり、貴方の懺悔を聞きましょう」
「はは⋯⋯女神の代行者に話を聞いていただけるのか。これは、とんだ幸運だ」
自嘲するように笑い、シャオシンは語り始めた。
───
私は名前の通り、龍帝国の出身だ。そしてかの国の皇室の流れを汲む者でもある。初めから継承権を持たぬ、末端も末端の者だがな。そんなわけで、身を立てる術を考えた末に、商人となった。
商人になったのは、もうひとつ理由がある。運命の番を見付けるためだ。
運命の番が我が国にどんな災禍をもたらしたか、勿論知っているとも。それでも、求めずにはいられなかった。竜人というのは、獣人以上に運命の番を求める心が強いのだよ。それこそ、狂うほどにな。そうでない者もいるが、私は求める側だった。
そうして何十年──竜人の寿命から見れば大した時間ではないが、それでも長い時間をかけて見付けたのが、ルゥリだった。
ルゥリを見た瞬間、それまで出会ってきた人間全てが色褪せて見えたよ。運命の番であるというだけでも魅力的に見えたが、ルゥリという個人もまた、非常に惹かれる存在だったのだから。
見た目が美しいのも、あった。第二王子、貴方はルゥリによく似ている。異性を惹き付ける、美しい顔立ちだ。だが、何より人間性に惹かれた。
ルゥリは、強い人間だった。力ではなく、心がだ。家族に疎まれながらも、一生懸命に生きていた。そんな彼女に、惹かれないはずがなかろう? 貴方もよく知っているはずだ。
彼女と婚約するため、かなりの大金を使ったが、そんなものは惜しくなかった。彼女を手に入れられるなら、金など幾らでも払うつもりだった。
だが、彼女を手に入れることに腐心するあまり、ルゥリの気持ちは二の次になっていたのは否定できない。彼女は私が運命の番と認識しながらも、結婚に乗り気ではなかったからな。それでも、時間をかければ、解決するだろうと思っていた──驕っていた。
だが、結果は知っての通りだ。ルゥリは更なる高値を出したマルダス王に売り払われ、取り戻そうとした私は、奴と、奴の手勢によってなぶり殺された。未来を垣間見ることができなければ、本当に死んでいただろうよ。
だが、私は全てを失った。ルゥリも、誇りも⋯⋯商人として築き上げたものも、何もかも、マルダス王に奪われたのだ。それを知ったのは、殺されかけた一年後だ。その時にはもう、手遅れだった。
⋯⋯一年間、どうしていたのかだと? ああ、水路に落とされた後、あの地下迷宮に流れ着いてな。知っているか? あれの奥には、水路に繋がる道があるのだ。そこで貯蔵されていた保存食や医療器具を拝借して、何とか生き延びた。這い出たのが、一年後というわけだな。
第一王子から聞いたのではないのかだと? ああ、あれからも聞いていたとも。あの男は、元王太子とは思えぬほど口の軽い男だったな。
そこから、私は復讐と、ルゥリを取り戻すための行動を起こした。また一から商売を始め、少しずつ魔道具などを造っては売り、元手を作って⋯⋯十年以上かけて、ようやく第一王子に接触することができた。それでも王宮に招かれるようになるまで、更に数年かかったが。
それで、あと一歩、ルゥリにも再会できるというところで⋯⋯彼女は姿を消した。貴方を恨んだよ、第二王子。貴方の差し金だろう? 勿論、ルゥリ自身の意思もあっただろうが、手助けがなければ離宮から出られなかっただろうから。
だから、貴方がマルダスを出たタイミングで魔物に殺されるように仕込みをしたのだが⋯⋯ローディウムの騎士の精強さを舐めていたな。ああ、ローディウムで起きた魔物の大量発生も、私が引き起こしたものだとも。黒魔法を使えばたやすいことだよ。皇女の領地を狙ったのも、皇女にダメージを与えるためだったが⋯⋯うまくいかなかったな。
間接的ダメージを与えようとして、ローディウムにいるマルダス大使に魔道具を提供したりもしたが、結果は得られなかった。そう、あれも私の仕業だよ。この証言で、マルダス大使を罷免でも何でもするがいいさ。
第一王子を使って暗殺しようともしたが、それもうまくいかなかった。なあ、どうして死ななかったんだ? あれはかなり即効性のある致死毒のはずだが⋯⋯皇女のおかげ? そうか⋯⋯
さあ、全て話したぞ。とっとと証拠固めして、処刑でも何でもするがいい。
───
最後は投槍に言い放ち、シャオシンは口を閉ざした。そんな彼に、レオーネは苦々しい表情をする。
もしシャオシンとルゥリが結ばれていれば、レオーネは生まれてさえいなかった。それでも、何ごともなく結ばれていれば、こんなことにならなかったのだろう。
だが。
「どうして、母上自身に惹かれたと言いながら、母上自身の気持ちを考えられなかったんだ?」
「何?」
「自分の運命の番が黒魔法に手を出し、国王陛下を害そうとした──これを聞いて、母上が喜ぶとでも思ったのか? おまえの中の母上は、そんな卑劣な人物だとでも?」
「なっ⋯⋯そんなことはない!」
がしゃん、と鉄扉が揺れた。シャオシンがぶつかったらしい。
「ルゥリはそんな人物ではない。他者を思いやる、優しい人だった!」
「なら!」
レオーネも負けじと、鉄扉を殴り付けた。がんっ、という音で、シャオシンが黙り込む。
「母上がこんなことをして喜ぶはずがないと解っただろうが! 何よりあの人は、俺が傷付くことをよしとするはずがないっ」
「っ、それは」
「そもそも! 俺はあの人から運命の番に出会ったと聞いたことがない。婚約者がいたことがあると、それだけだ。その時のことを語るあの人は、何の感慨も感じられなかった。あの人に惹かれたと言いながら、おまえはあの人に好意を示したのか? 好意を返されるように努力したのか? そうしなかったのなら、おまえに母上への好意を語る資格は無い!」
「そ、それは⋯⋯それ、は」
シャオシンは喘ぐような声を上げた後、黙り込んでしまった。無言の鉄扉を睨み付け、レオーネもまた口を閉ざす。そんな婚約者を見上げた後、ヴィルヘルミネは問いかけた。
「リー・シャオシン。貴方の憎悪は正当なものだと思うわ。マルダス王陛下を恨むのも、ルゥリ妃にまた会いたいと望むのも、どちらも当然のことでしょう」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「でも、その憎悪を発散する前に、自己を顧みる必要があったのではなくて? そうするだけでも⋯⋯違う結果が導き出せたかもしれないわ」
それだけ言って、ヴィルヘルミネはレオーネを連れて地下牢を後にする。シャオシンは最後まで、黙ったままだった。




