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短編

しーちゃんとミルクうどん

 けいちゃんが第二子を出産した。


 お兄ちゃんは仕事を休めない。お母さんもおばあちゃんも同じ。


 暇な大学生のあたしがしーちゃんの面倒を見ることになった。


「悪いな、瑞希みずき。っていうかどうせ暇だろ?」


 お兄ちゃんにそう言われ、あたしは笑顔でうなずいた。かわいい姪っ子と二人で過ごせるのがとても楽しみだったのだ。

 ほんとうは大学の単位が気になるけど、三日に一度はおばあちゃんがいてくれる。


 しーちゃんはもうすぐ2歳。

 恵ちゃんが専業主婦なのでいつもお母さんの側にいたから甘えっ子()つ人見知り。


 あたしとは何べんも会ってるからもう仲良しだけど、これからの数日間でもっと仲良しになってくれるかな?



 みんなが仕事に出かけていなくなると、早速あたしはしーちゃんと遊ぶことにした。


「しーちゃん、絵本読んであげよっか?」


 あたしが読みはじめた絵本をしーちゃんは、とても楽しそうに奪い取ると、ビリビリと破いて遊びはじめた。


 思ったより手強い……。


 おむつ替え、ミルク作り、何より目が離せない。

 楽しいことばっかり期待していたあたしは早くも挫折を味わいかけた。


「ハァハァ……。お腹が満ちればお昼寝してくれるはずだ! そこでゆっくりスマホゲームして自分を癒すぞっ!」


 しーちゃんはミルクうどんが好きらしい。恵ちゃんから作り方を聞いていた。

 簡単だ。スープの素に牛乳を加え、にんじんや玉ねぎと一緒にうどんを煮込むだけ。うどんはそのままの長さで上手に食べられると言っていた。


 背の高い椅子に腰かけて、テーブルの端を手で持って、腰を前後に激しく揺らしているしーちゃんの前に、プラスチックのお椀に入れたミルクうどんを置いた。


「はい、ごはんにしようね」


 ちょうどあたしのフライドチキンバーガーもウーバーイーツのひとが届けてくれた。

 しーちゃんと向かい合って、あたしが袋からバーガーを取り出す間、プラスチックスプーンを手に持ったまま、しーちゃんはじっとミルクうどんの中身を見つめている。


「ん? どうしたの? いただきますはしたでしょ? 食べな?」


 あたしが勧めると、こっちを向いて、『ご冗談でしょ』みたいにニヤリと笑って、言った。


「あっちぃよ〜?」


 まるで怪談を語るような、「おわかりであろうか?」みたいな言い方だった。


「熱くない、熱くない。ちゃんとフーフーして冷ましたから」


 そう言ってあげても頑なに食べようとしない。

 それどころかあたしが手に持っているもののほうに興味津々だ。


「こ……、これが食べたいの?」


 コクン、コクンと二回うなずいた。


 仕方なくフライドチキンバーガーを渡すと、怪獣みたいな顔で、おおきく口を開けてむしゃぶりつく。

 まさかぜんぶは食べないだろうと思っていたら、ペロリとぜんぶちっちゃなお腹に入っていった。

 ミルクうどんは自分で食べた。優しい味で美味しかったけど、楽しみにしていたバーガーを奪われ、あたしは思わず子供みたいに泣きそうになった。





 次の日はおばあちゃんがパートの仕事がお休みで、一緒にいてくれた。あたしも大学の講義が午後までなかったので、それまでを三人で過ごした。


 コーヒーを飲みながらスマホを見ていると、おばあちゃんがしーちゃんに絵本を読み聞かせはじめた。

 二人とも同じような、絵本にかじりつくような恰好なのを見ながら、『破くよ、その子、ビリビリって……』と思ってたけど、しーちゃんはなぜか大人しくおばあちゃんのお話を聞いていた。


 お昼にはまたミルクうどんをあたしが作った。

 おばあちゃんとしーちゃんが二人でそれを食べた。あたしはそれを片付け終わったら外でフライドチキンバーガーを食べるつもりで。


「美味しいねぇ、しーちゃん。瑞希ちゃんはお料理が上手だねぇ」


 おばあちゃんがそう言いながら、笑顔でうどんを啜る。あらかじめ冷ましてあるのでフーフーもせずに。


 それを見ると、しーちゃんも今日は「あっちぃよ〜?」とか言わず、たどたどしくうどんの先っぽを口に咥えた。


「はい、ちゅるるん」

 おばあちゃんが、口に入れたのを啜ってみせる。


「ちゅるるんっ」

 真似をして、しーちゃんも啜った。

 タコみたいな口の中にうどんが吸い込まれていった。首から下げたスタイにミルクの滴が豪快に飛ぶ。


 その楽しげな光景を見て、なんだかわかったような気がした。


 同じものを食べてあげないといけなかったんだ。あたしだって、おにぎりを食べさせられながら、向かいに座ったひとが豪華なステーキとか食べはじめたら『ご冗談でしょ』って思う。

 同じものを楽しそうに食べるのが楽しいのだ。共感が大事だったんだ。


 さすがはおばあちゃん。あの頑固なパパを育てただけのことはある。


 お鍋にはまだ一人ぶん以上、ミルクうどんが残っていた。


「やっぱりあたしも食べて行く!」


 大学に行く準備を中断して、あたしも席に着いた。しーちゃんが嬉しそうに笑ってくれた。


「ちゅるるんっ」

 あたしが変顔をしながら啜ると──


「ちゅるるんっ!」

 しーちゃんも笑顔でミルクうどんを啜った。





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― 新着の感想 ―
あ~、確かにこのくらいの年齢だと周囲に興味を持つし、誰かが食べてるものは食べたがるわ。 うちの甥姪は破壊行為はあまりしなかったけど、付き合うのは兎に角体力が必要だったなあ…………。 作中でいうなら「共…
心も温まる、素敵なお話でした(。・ω・。) うどん、食べたくなっちゃった(笑) これからの季節、ぽかぽか……ミルクうどん、ねぇ♡
すごくいいです!ちゅるるん!
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