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イベント・夏

泣いてる声はなんのため

「バンシーが出た、か」

 スーパーで買い物を終えた青年はポツリと言葉を口にする。

’(お隣の県も大変だねえ……まあ俺は俺でやりたいことがあるし)

 他人事のように切り捨て、スーパーから外に出た。

(俺はお隣の県発祥のえのき氷を使って、彼女と食事するので忙しいんだ)

 下心見え見えの様子で、青年は家路を急ぐ。

「モテるからなー料理ができる男性は……ん?」

 暗くなった道を街灯が照らす中、男性は泣き声を聞いた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ねえ聞いた?隣の県で男性が亡くなったやつ、あれバンシーの仕業らしいよ」

「大学生の話だよね。怖いね~」

「北上してるっぽいし、こっちにも来るのかな」

 ところ変わって、ここは中学校のとある教室。

 生徒たちは先日起きたバンシーのうわさで盛り上がっている。


「はーい、チャイムなったぞー。ホームルーム始めるぞー」

 チャイムとともに先生が教室に入ると、喧騒(けんそう)は瞬く間に静まり返った。

 そして蜘蛛の巣を散らすように自分の席に戻っていく。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★


「さーて授業終わったし部活部活っと。一緒にいこ」

「あ、私今日委員会だから」

「図書委員だっけ?それじゃまたね~」

 授業が終わり放課後になると、生徒たちはそれぞれの場所に足を延ばす。


 友人と挨拶を交わした少女は図書室に着くと、仕事の(かたわ)らで調べ物を始める。

「えーと、バンシーバンシーっと」

 返却された本の状態を調べるついでに、少女はバンシーの情報を探す。

(己を知り敵を知れば……なんだっけ?えーと大丈夫だったかな……)

 授業を振り返りながら、ページを進めていくととあるページで指が止まった。


(バンシーって泣くことで相手の死を予見する女性の妖精なのね)

 少女はバンシーの概要をまとめ、さらに読み進める。

「勇気を出してバンシーにキスをしたら願いが叶えられる、ってナニコレ?」

 諸説ある例を見た少女は、一例を見て驚きの声を上げた。

 図書室では静かに、と視線が集まる中、少女は恥ずかしそうに口を手で隠す。

(キスをするなら好きな人とよね――)

 少女が想像の世界へ浸っていると、校内放送の音がスピーカーから鳴り響く。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★


「むー『部活や委員会を中止して速やかに下校してください』ってなによそれ」

 頬を膨らませ、少女はひとりごちる。

「だいたい先生も先生よ!なにが『バンシーのやつはバンシーに値する』よ!」

 鳥肌が立つっての、と図書室の扉に鍵をかけ返却した時を少女は思い出す。

「それに『先生の子供の頃にも人面犬の噂があってな』?なによ人面犬って!」

 一過性のものだろうと呑気に話す先生に、少女は呆れ果てていた。


「にしても……ふしぎよねー」

 歩いていて怒りが鎮まったのか、少女はキョロキョロと辺りを見渡す。

「バンシーが出るかもって状況なのにいつもと同じだもの」

 変わったのは帰る時間と、いつもと同じ営みを繰り返す街を少女は歩く。


「あれ?もうゴミが捨ててある……気の早い人もいるものねー」

 帰り道にあるゴミ捨て場付近で、少女はいつもと変わった点を発見した

 黄色いネットがかけられていても、近くの電線にはカラスたちがいる。

 早足で通り抜けようとすると、女性の泣き声を少女は耳にした。


(え?バンシー!?こんな時間に!?)

 少女は足を止め、周囲を警戒しだす。

(『昼間にお化けや幽霊が出ても拍子抜けするだろ?』って気休めだったの?)

 先生の言葉を思い出す少女はゴミ捨て場近くの電柱に人影を見つける。

 怖いもの見たさか好奇心が疼いたのか、少女はおそるおそる電柱に近寄った。


「あれ?」

 勇気を出して電柱の影に飛び込んだ少女は、気の抜けた声を出す。

「あれー?いると思ったのになあ」

 人影が消えていたことに、少女は首を傾げる。

(まあいっか!早く帰ろう)

 少女が電柱から離れようとしたその瞬間、かすかな鳴き声を聴く。

 それはか細く弱い泣き声だった。


(どこ――ってゴミ袋!?)

 少女は意を決してゴミ捨て場の中に入り、声の主を探し始める。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★


「ちょっとちょっと困るよー!カラス集まってきてるじゃん!」

 向こうからやってきた軽トラックが止まり、運転手が少女に声をかけた。

「声が聴こえたんです!泣き声を!この中から!」

 少女は手を止めて理由を話すと、またゴミ袋を探し始める。


「俺も手伝おう。ゴミの中を探せばいいのかな?」

 助手席に座っていた人が軽トラックから降りて、少女に協力を申し出た。

「はい!お願いします!」

「あーもう!だったら俺は片づけやりますね!」

 助手席の人が腕まくりをしていると運転手も車から降り、荷台に手を伸ばす。

 脚立を動かして道具箱を手に取り、中から新しいゴミ袋を準備する。


「いた!――って赤ちゃん!?なんで!?」

 少女はゴミ袋とゴミ袋の隙間に泣き声の発生源を見つけ出し、声を上げる。

 そこにはタオルに包まれた赤ちゃんがいた。

「すぐトラックに!俺が運転する!」

 男性の声で少女は我に帰ると、赤ちゃんを抱き抱えて助手席に乗り込む。

 そして片付けを任せ、軽トラックは出発する。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★


 たどり着いた先は保健所だった。

 赤ちゃんを保健師に預る際、着替えを催促され、少女は更衣室に向かう。

(なんで保健所なの?病院でしょ?こういうのって)


 ジャージに着替え終え、少女は更衣室から出て辺りを見渡す。

 とある部屋では保健師が赤ちゃんに注射していた。

 その一方で軽トラックを運転してくれたツナギ服の人が電話をしている。

(手続きは任せろって約束してくれた庭師の人……あとでお礼言っとこう)

 少女は軽トラック内での会話を思い出し、心の中で(さき)だってお礼を言う。

「着替え終わりました?お茶、飲みます?」

 かけられた声に振り向くと、保健師がお茶を手にやってきた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★


「救急車呼ぶ前に、応急手当てしときたいから保健所に来そうよ」

「保健所って注射打てるんですか?」

「打てるよ。看護師の資格もあるからね」

 保健師になるには看護師の資格が前提、と保健師は少女に伝える。

 そして臨時応急、つまりは緊急時に限り注射は打てると、保健師は話す。


「なんで捨てちゃったんでしょうね、赤ちゃん」

「子どもを育てるのって大変だから、かな」

 温かい目をして、看護師は少女に答えた。

「赤ちゃんはね、愛おしいし大切にしようってみんな思うの。でしょ?」

 保健師に問いかけられ、少女は肯首する。

「それと同じぐらいにお母さんやお父さんも大切にしてほしいと、私は思うの」

 首を傾げた少女を見て、優しい目をして看護師は微笑む。

「いつかわかる時がくるわ。子育て支援や赤ちゃんポストもあるのだし」

 みんなにも教えてね、と少女を見つめる保健師の瞳が語っていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「こっちはなんとか落ち着いたぞ」

 ツナギの人が来て挨拶をした後、会話に交じる。

 お茶と保健師と会話のおかげか、少女はすっかりリラックスできていた。


「あ、はい。連絡とかいろいろありがとうございました」

「どういたしまして、かな。ひとまずは救急車は来る。あと警察もな」

「え?警察も?」

「ああ。嬰児殺……要は殺人未遂の疑いもあるからな――ってどうした?」

 警察と聞いて、少女は少し慌てだす。

「ひょっとして大ごとになったとか思っちゃった?」

 保健師の優しい声に少女は何度も首を大きく振る。

「なんなら、俺が見つけて手伝ったってことにするか?」

「え?いいんですか?」

「いいさいいさ。こっちも仕事抜けた理由になるし、お互い様さ」

「ありがとうござい――って確かあの辺監視カメラありましたよね?」

「口裏を合わせるのさ」

 ツナギ服の人の提案に、少女は固唾を飲んで耳を傾ける。


「要はウソつくってことでしょそれ」

「結論だけ言えばそうなる」

 保健師の言葉にツナギ服の人は簡潔に答えた。

「え?みんなでウソをつくんですか?」

「そうだよ、このウソはみんなでつくウソさ。手伝ってくれるかい?」

「まあ、あそこの監視カメラは映像だけだから、通ると思うわよ」

 大人二人の提案が魅力的に思え、大ごとを避けたい少女はそれを受けいれた。


「ありがとう。ならあと一件だけ、確認を取りたいことがあるんだ」

「なんです?」

「どうしてあそこに赤ちゃんがいるってわかったんだい?」

 その言葉で少女は自分の行動を思い出す。

 客観的に見れば、急にゴミ捨て場を荒らし始めた子とも見えるだろう。


 ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「泣き声を聞いたんです」

「それは赤ちゃんの」

「はい。それとバンシーの」

 バンシーと聞いて大人たちの顔に緊張が走る。


「バンシーって今噂のバンシーよね。人を亡くならせるって聞いたわ」

「その対象が今回は赤ちゃんだったって事かい?」

「そう考えるのは早いわよ。あの場にいた誰かがターゲットなんだからね」

 少女からバンシーの話を聞いて、大人二人は議論を始めた

 二人の話を聞いて、少女の頭にある考えが浮かんだ。


「ひょっとしてバンシーは人を死なせる自分の運命を嘆いているのかも」

 突然言い出した少女の大それた仮説に、大人二人は言葉を失う。

「だからあのバンシーは自分の運命に(あらが)って私に教えてくれたと思うの」

 独特な発想を話す少女を大人二人は、生暖かい視線で見守っていた。

「だからバンシーは町の守り神って新しい噂が広まれば犠牲者は減るはずよ」


「そうだな……バンシー事件が落ち着くのであればそれもあり、かな」

「そうね。一旦それを広めてみて、様子を見ましょうか」

 大人二人が理解を示してくれたことに、少女は表情は満悦のものへと変わる。

(あれ?お二人とも同じ指輪を左手の薬指にしてる……ひょっとして)

 少女が気づいたことを聞こうすると遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


 ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 あくる日、少女は病院に赤ちゃんの様子を見に、足を運ぶ。

 赤ちゃんは快方に向かっており、少女は胸をなでおろす。

(ありがとう。ツナギ服の人に保健師さん)

 赤ちゃんに会うための手続きをしてくれた二人に、少女は感謝を述べる。

「預け先も決まったから、会えるのは今日だけね」

 看護師の言葉を受け、少女は名残惜しそうに赤ちゃんに見つめた。


 ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


(可愛かったなあ赤ちゃん。いーなー私も欲しいなー)

 病院からの帰り道、少女はぼんやりと将来のことを思う。

(好きな人捜して結婚して――あ今結婚って高卒ぐらいなんだっけ)

 まさか赤ちゃんの親は高校卒業したてか大学生だったりしてと、少女は(つぶや)く。

(だから保健師さんは将来の宿題として教えてくれたのかな……なんてね)


 考え事をして少女が歩いていると、急に誰かに制服の裾を引っ張られた。

 少女が振り向くと、そこにはふしぎな子が立っている。

 どうしたのと、聞こうとすると、警備員が工事現場から出てきた。


「これから大型車両が通るんだ。先に行くかい?」

「あ、待ってます。話を聞きたい子もいるし」

「聞きたい子?だれだい?」

 警備員の言葉に振り向くと、ふしぎな子は消えていて、少女は周囲を見渡す。

「あれー?」

 ふしぎに思った少女は警備員の作業が終わるのを待ってから声をかけた。


 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「それはひょっとして亀姫かな」

「亀姫?」

「ああ。北にある城跡に昔いたって言い伝えがあるんだ」

「どんな言い伝えなんです?」

「城主様の死期を伝える、だったかな。ちょっとうろ覚えだね」

 警備員は苦笑して、少女の問いに答える。

(バンシーと一緒だ……あれならこの町を守っているのは亀姫?)

 なら私がやろうとしていたのは一体……と少女は悩みだす。


 次の瞬間、少女の背筋に悪寒が走った。

(あれ?あそこで会ったのがバンシーなら。これから誰かか亡くなるの?)

 赤ちゃんは無事だった。なら狙われているのは、と少女の顔が曇っていく。


 突然上空で音がして、カラスが落ちてきた。

「なんだろ?雷でも落ちたのかな?」

「カラスの足か翼が電線にあたったんだろうね。電気の通り道になったんだよ」

 電線一本に止まっているカラスは安全、と警備員は話す。

 翼や足で電線二本がつながると電気が流れる、と警備員は続ける。

「それか電線の被覆が破れている場合かな」

 どうしようかな、一度見てもらうよう上に言おうかな、と警備員は考え出す。


(なら最初のゴミ捨て場にいたのはバンシー?なら今会ったのはどっち?)

 少女はその話をうわの空で聞き、声が右から左へと流れていく。


 カラスたちは一斉に上空へと舞い上がり、鳴き声を出し始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 西洋の怪異であるバンシーと、日本の怪異である亀姫。 属性の異なる複数の怪異の存在が噂話として囁かれていて、正しく怪異の異文化交流という趣があって良いですね。 特に猪苗代城の亀姫とは渋いチョ…
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