1、置き去りにされた
「目的地だ」
勇者パーティ一行が二日間かけて深い森を進んだ先にたどり着いたのはある遺跡だった。今回も勇者ヨナスがどこからか受注してきた任務。古代の遺跡の調査の準備、その目的地だという。
任務の内容は、勇者によると、遺跡にワープのできるポータルを置いて帰るというもの。その後、学者などからなる調査団を連れて、街の方に設置したもう一方のポータルからワープしてくる予定らしい。
「ただしこのポータルは小型のタイプで、持ち運びやすいかわりに、一日で蓄えた動力がなくなってしまう。そのため誰かが残って魔力を充填する必要があるのだが」
そう言うと、勇者はパーティ全員を見回してから、そのうちの一人に言った。
「アル頼めるか」
アルはそれを聞いて頷いた。
「わかった」
こういう役回りはいつもアルが担当することになっている。
勇者、聖女、パラディン、賢者、そして雑用からなる五人パーティの雑用担当がアルなのだ。
「ちょっと待って、こんな危険な場所にアルを残して帰るなんて」と聖女リリーが不服そうに言った。リリーはアルの幼なじみで、いつもアルの味方をしてくれる。それが勇者ヨナスの気に触るみたいだが。
「仕方がないだろう。誰かがそれをやらなきゃいけないのだから」
「じゃあ私もここに残る」
そのリリーの言葉に、勇者は困惑した表情をした。
「それは駄目だ。俺たちが帰るときに通るこの森の中は高レベルのモンスターで一杯だ。聖女の力がなかったら、誰かが怪我をした時にパーティの皆が危機に陥るかもしれない。それにこのポータルが起動している間は、付近に結界が張られるようになっているから、この近くにいれば安全だ」
「そうだけど……」とリリーはまだ納得していない様子だ。
「リリー。俺は大丈夫だよ。ヨナスの言う通りだ。ポータルの周りは安全だし。二、三日すればまたすぐ戻れるんだから」
アルがそう言うと、リリーは渋々ながら納得したようだった。
「わかりました。アル。ここを絶対に離れたらだめだよ。魔力の充填も忘れないようにね」
リリーは心配そうに繰り返し言った。アルは「大丈夫」とリリーを安心させるように言う。
勇者パーティは雑用係のアルを遺跡に残して帰っていったのだった。
しかし、一週間経ってもアルのいる遺跡には誰も来なかった。
聞いていた話では、二、三日でポータルを通って応援がくるはずだった。何か遅れる事情があったとしても、一旦誰かがワープしてきてそれを伝えに来るはずだ。アルが持ってきた食料にも限りがあるのは勇者パーティの皆もわかっているだろう。一週間も音沙汰がないのはおかしい。
もともとアルは勇者パーティのなかでも相当、雑に扱われていた。
戦闘能力は凡人以下の低さ、勇者パーティにいることがおかしいのだ。アルがそのメンバーであるのは、聖女であるリリーが勇者パーティに勧誘されたときに、一人じゃ心細いからと言って、幼なじみのアルが加入することを条件としたからだ。
アルが勇者パーティでやっていることといえば、荷物持ちとか、買い物とか、そういう誰でもできるような雑用だ。アルじゃなくても、代わりはいくらでもいる。
聖女のおまけ、と裏では言われて、リリー以外のメンバーには冷たく接されている。
だからアルだったら別に放っておいてもいい、と彼らが考えるのは容易に想像できる。
十日が経った。
食料も今日の分で尽きた。ポータルの周りは安全だとはいえ、食料がなくては餓死してしまう。
どうしたものか。
一人で森の中を歩いて行く力はない。だから助けを待つしかないのだけれど……
「あんた騙されたんじゃないの?」
突然現れたのは、赤いワンピースを着て、背中に羽の生えた、少女のような姿の小さな生き物だった。手のひらに乗るほどの小ささだ。
妖精だ。
妖精なんて初めて見た。物語の中ではよく聞く存在だけど、実際に見たこともないし、見たと言う話も聞いたことがない。しかし、そんな非現実的な存在をそのときのアルはすぐに受け入れられたのだった。深い森の奥で一週間以上一人で過ごしていたら、たいていのことに疑問を持たなくなるのだ。
「やっぱりそうかな」とアルが妖精の言葉に同意すると、妖精はため息をついた。
「まったく、だらしない。少しは怒ったら? そんなんだから仲間に置き去りにされるのよ」
妖精の言う通りだ。アルは昔から気弱で、いじめられても言い返せない、やり返せない。それを見かねた幼なじみの聖女が守ってくれる始末だった。ずっとそんな感じだったから、リリーは自分が傍にいないと駄目だと思って、勇者パーティにアルを一緒に加入させたのだろう。要するに彼女はアルの保護者なのだ。
「いつかこういうことになるかもって思ってはいたから、驚きはないんだ。俺が勇者パーティのお荷物だったというのはわかってたし」
「そんなこと言いながら、その顔、とても悲しそうに見えるけど」
アルは悲しそうな表情のまま笑った。
「わかってはいたんだけど、いざ現実になってみると、やっぱり悲しいね」
「そうなんだ。可哀想なやつ。私の名前はエアリー。暇だから、私が相手になってあげる」と妖精はアルに言った。
「それはどうも。俺はアルフレード。みんなからはアルって呼ばれてる」
エアリーがその場をくるりと回った。するとその場に木の皿に入ったシチューとパンのような食事が忽然と現れたのだった。
「これ食べて」とエアリーが言った。
良い匂いがする。食事の出現。魔法で起こる現象としては複雑すぎる。しかし妖精ならそういうことをできても不思議ではない。
「食べていいの?」
「早くして。私、気が短いの。言っとくけど毒は入ってないから」
手持ちの食料は尽きていたし、アルはとてもお腹が空いていたので、迷わずその食事に手を伸ばした。久しぶりに口にしたまともな温かい食事だったからか、シチューとパンは震えるほど美味しく、アルは慌ただしくそれを勢いよく掻き込んだ。それを食べると、元気が出るどころか、それ以上に体全体に力が湧いてくるようだった。
「ごちそうさま。すごく助かったよ。もう手持ちの食料も尽きてどうしようもなかったから」
「それはよかった。じゃあ、ついて来て」とエアリーは言った。
「ついて来てって、何かするの?」
「何かって、私があなたを鍛えてあげるの。言ったでしょ。相手になってあげるって」
「相手って、話し相手とかそういうことだと思ったよ」
「そんなわけないでしょ。あんたなんかと何を話すことがあるの? あんたがひ弱だから私が鍛えてあげるって言ってるの。私、あんたみたいな弱いやつ見てるとイライラするの」
「結構ひどい言い種だね」
アルは苦笑いして頭を掻いた。
「嫌とは言わせないわよ。さっき私の出した食事も食べたでしょ」
「そうだね。恩も受けたことだし、君の言うことを聞くよ」
そう言ってアルはエアリーのあとを追って歩きはじめた。
「まったく。聞き分けが良すぎるのもイライラするわね」
アルは「一体どうすればいいんだ」と言いたかったが、何を言っても怒られそうなので黙っていた。
エアリーは歩くアルの周りをぐるぐる回って、
「しかしあんた本当に弱いわね。こんな低いステータス初めてみた。これじゃあ鍛えてもたかが知れてるかも。まあ、せいぜい私が飽きないように頑張りなさい」
「飽きたらどうなるの?」
「知らなーい」
アルは、もしそうなったらきっと彼女も俺を見捨てるのだろうなと思った。でも鍛えようとしれくれるだけ優しいのかもしれない。
それからエアリーはアルのことを毎日鍛えた。
エアリーはアルに、森の中でいろいろなモンスターを一人で倒せとか、エアリーの知っている魔法を教えるから習得しろとか、覚えた魔法をひたすら使って強化しろとか言うのだった。
そのなかでも特にモンスターを倒すのは大変だった。最初は森で一番弱いモンスターですら全然倒せなくて、重傷を受けては妖精に回復してもらった。完璧に回復するとはいえ、怪我をする痛みは毎回あるので、相当辛かった。
アルが傷ついて苦痛に顔がゆがむ姿を見ると、エアリーは爆笑した。それにはアルも腹が立ったが、一方で彼女が笑っている間は見捨てられないだろう、という安堵も覚えた。それでまだ頑張ろうと気になるのだった。
アルは一日中、体力が尽きて倒れるまでそんな訓練をさせられた。
でもそれはアルにとってはよかったのかもしれない。
自分が騙されて一人森の奥に置き去りにされたこと。それを忘れていられたから。
二ヶ月経って初めて、森で一番弱いモンスターを一体倒すことが出来た。(エアリーは「おっっっっっそ」と笑っていた。)
それから少しずつ森の中の様々なモンスターを倒せるようになった。(エアリーは、アルが新しいモンスターを倒すごとに、だんだん「うそ。もう倒したの?」と驚くようになった。)
そうして成長を実感してくると、アルは厳しい訓練も楽しくなってきたのだった。




