#記念日にショートショートをNo.40『夏にいる美珠の送りほたる』(Protective Firefly of Beautiful Pearls living in summer)
2020/8/10(月)山の日 公開
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【関連作品】
なし
周囲の目を気にしながら、裏道を通り、3つのスーツケースを隠すように引いて家に入る。
このご時世に、スーツケースを持っているところなんか見られたら厄介だ。ひと目で、遠方から来たということがバレてしまう。
祖父母の家であろうと、帰省であろうと、関係ない。〝コロナ〟の蔓延が続いているいま、すれ違う人々の心に、そういう考えがあることがどうしても透けて見えてしまうのだ。
「にいちゃん、疲れた。」
「もう少しだから、ほら。」
弟の秋哉に手を差し出す。母親の腕を握り、大人しく後方を歩いている末っ子の冬莉とは違い、秋哉は何でも思ったことは口に出す性格だ。わがままは抑えてくれと思う半分、この数年はその方が安心する。反対に、大人しくて助かる分、冬莉の方が心配だ。一人で溜め込んでいないと良いが、どうも男の僕では役に立てない。7歳の冬莉より4つも年上なのだから、秋哉にはもう少し妹を気にかけてほしいと思うが、19歳の長男の僕でさえ、どうして良いのかわからないのだから、弟にそういうことを思うのは、間違っているのかもしれない。やはり夏恵がいてくれないと……。
夏恵が死んだのは、3年前の夏だった。その日、僕らは兄弟4人で山登りをしていた。
大して高くない山だった。だから、気付かぬうちに油断していたのかもしれない。
雨でぬかるんだ土に足を取られ、夏恵の身体は宙に跳ね上がった。
咄嗟に手を伸ばしたが、間に合わなかった。夏恵は、そのまま崖下に転落した。夏恵は、まだ12歳だった。
五山の送り火は、亡魂の送り火でもあるという。5つの山に字や形を書いて、点火する、夏の行事だ。
火が灯り、徐々に浮かび上がってくる形を眺める。
「大」「妙」「法」「⛵️」左の「大」「⛩」
5人で、6つの火を見つめる。
父さん,母さん,弟,僕,妹。
季晴,節美,秋哉,春太,冬莉。
「お姉ちゃんに会いたい…。」
隣に立つ冬莉が、僕にしか聴こえないような小さな声で呟く。
冬莉の声を聴くのは、久しぶりだった。
「いつでも、会えるさ。」
小さな手を握る。
たった一人の姉を亡くし、冬莉は孤独を感じている。誰にも代わりの務まらないその位置に、持ち主が帰ってくる日を待っている。
しかし、ほたるが帰ることはない。
御霊のほたるは、僕らの心に宿っているのだから。
【登場人物】
●春太(はるた/Haruta):19歳
○夏恵(なつえ/Natsue):15歳*12歳の時に事故死
●秋哉(あきや/Akiya):11歳
○冬莉(ふゆり/Fuyuri):7歳
●季晴(すえはる/Sueharu):父
○節美(せつみ/Setsumi):母
【バックグラウンドイメージ】
◎京都の五山の送り火
【補足】
◎登場人物の名前について
○子供達4人
春夏秋冬からそれぞれ1文字ずつ使用
○両親
子供達4人の親であることから、「季節」の文字をそれぞれ使用
【原案誕生時期】
公開時