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【一話完結】 ~最恐の虫と昆虫愛好家 『変身』と『虫愛づる姫君』~

以下のポイントが分かれば、この話からでもお読みいただけます




・名作の部類に入る文学が人の姿になった世界


・擬人化した文学のことを「名作」と呼ぶ


・「名作」は各々の特性に応じた強大な異能力を持つ


・「名作」たちは図書館で共同生活をしている

「名作と呼ばれた文学作品が、人の姿をとるようになり、強い能力を持つようになったこの時代。ですが、人以外の姿をとる名作もなかにはいたのです。」(『名作ってなあに?』より抜粋)


「きゃああああああ!」

 図書館のどこからか、女性の叫び声が聞こえてきた。

「大丈夫ですか!?」

 館長はすぐに悲鳴の方へと走り出した。すると、部屋から逃げ出した1人の女性を見つけた。

 

「へ、部屋の中に、りんごが刺さった巨大なムカデみたいなのが……。」

 館長はすぐに状況を理解し、ああ、という顔をした。

「それは「変身」という名作の1人です。主人公がある日突然虫の姿になってしまうという物語です。」

「名作!?でも名作って人の姿をしているんじゃ……」

「人の姿でないのもいらっしゃるのです。

能力は「人に不快感を与える」というもので、姿を見る人にとって1番気味の悪い姿になっているそうですよ。ちなみに私にはゴキブリのように見えます。

普段は気を遣って本の姿でいたり、部屋の奥の方にいたりするのですが、今日は天気も良いので出てきて日向ぼっこをしているみたいですね。」

「そうなんですか……人から嫌われる能力だなんて、益から何だか可哀想。」


 女性は変身に同情してチラリと部屋の中を再び覗いた。

 すると、変身はわしゃわしゃと足を動かした。

 その姿は何とも気持ち悪く、

「……かわいそうだけど、やっぱ無理!」

と言い残して逃げて行った。

 館長は変身に対して、ごめんなさいね、と呟いた。ううん、気にしないで、と答えるかのように、変身は触覚を左右に揺らした。 




 あーあ。どうして僕は変身の名作になってしまったのだろう。もっと優しくて皆を笑顔にできる名作や、もっと強くて皆を守れる名作に生まれたかったなあ。


 しかも僕は言葉も話せない。ここまで原作に忠実にならなくてもいいんじゃないのかなあ。

 館長は僕にすごーく優しくしてくれて、美味しいご飯をくれる。すごくありがたい。

他の名作達も頑張って普通に接してくれようとしてくれる。本当に図書館に来て良かった。


 だけど、誰も僕の言葉は分かってくれない。

ご飯が美味しくてもお礼も言えないし、花がきれいだと思っても伝えることもできない。

ボディランゲージで伝えようとしても、他の人には気持ち悪い動きにしか見えないみたいだ。

誰かに愛されたい。

誰かに触れたい。

 あーあ。誰か僕を理解してくれる人は現れないのかなあ。



突然転機はおとずれた。

「ここに虫の姿の名作がいるの……!?」

変身は、部屋の外から声が聞こえてきて、いつものように本棚の後ろに隠れた(といっても隠れることでますます気味悪がられることもあるのだが)。

「あれ……?変身さん……?変身さんはー……!?」

女性が呼び掛ける声が聞こえた。変身は警戒してまだ隠れていた。

「変身さーん。私、あなたに会いたいのよー。変身さーーん。」

変身は最初は気がつかないふりをしていたが、あまりにも呼び掛ける声がしつこいものだから、気になって触覚をチラリと見せた。

「あ、あなたが変身さんー…!?」

出てきたのはかわいらしい女の子だった。

「すごい!本当に虫の名作がいるのね!」

女の子は眼を輝かせていた。

館長も横から出てきた。

「この方は「堤中納言物語」の名作です。堤中納言物語の中の「虫愛づる姫君」の部分を色濃く出していて、虫のことが好きなんですよ。それで、変身さんのことを聞いたらぜひ会いたいって。」


虫が好きな女の子……?そんな心のきれいな子がいるのだろうか……?

変身はいぶかしんで触角を動かした。


「まあ!動いているわ!お願い!姿をぜーんぶ、見せてよ!」

彼女の呼び掛けがあまりにも一生懸命なものだから、とうとう変身は全身を彼女にみせてしまった。


「まあ!本当にいたわ!」

虫愛づる姫君は感動して叫んだが、すぐに一瞬ぎょっとした表情をした。しかしすぐに笑顔に戻り、

「すごい!すごいわ!」

と叫んだ。


変身は一瞬の戸惑いの表情を見逃さなかった。

ああ、やっぱり、虫が好きって人にも、僕は気持ち悪く見えちゃうんだなあ。変身は切ない気持ちになって、触角をうなだらせた。


「ねえ、変身さん、あなたのこと、なでてもいい?」

なでる?

予想外の言葉に変身は驚いた。

姿を見られるだけで避けられるこの僕を、なでる??


「ね、お願い!」

変身が固まって動けないでいると、館長が助け船を出した。

「変身さん、言葉が話せないので、嫌だったら逃げるはずです。ですから、逃げないってことは、良いよ、ってことなんだと思いますよ。」

「本当に!?ありがとう!」

姫君があまりにも顔を輝かせてお礼を言うものだから、変身は自分がとても良いものになった気がして嬉しかった。


そして姫君はそっと手を差し出した。その手は若干震えていたが、変身の頭に手が届くと、優しく、頭をなでた。


ああ。人の手って温かいんだな。


変身は初めて感じる温もりに涙が出そうな気分になった(虫なので泣けないのだが)。

本当は嬉しさのあまりわしゃわしゃ動きたかったが、 彼女を怖がらせてはいけないと思い、じっとしていた。

「これからよろしくね、変身さん。」

こちらこそよろしくね、と、変身は心の中で唱えた。



「変身さん!遊びましょう!」

「変身さん!聞いて聞いて〰️」

「変身さん!これ見てください!」

それからというもの、姫君はしょっちゅう変身のことを気にかけてくれた。その日図書館で見た面白いお客さん、近所で捕まえた素敵な蛾、色んなことを話して聞かせてくれた。おやつを分けてくれたこともあった。

初めは怖がらせまいとじっとしていた変身も、やがて少しずつ触角で返事をするようになった。


次第に、姫君は変身の言いたいことが少しずつ分かるようになっていった。

変身は、姫君が少しでも気持ちよく過ごせるように、住みかとしている部屋のゴミを片付けておくようになった。また、姫君の好きそうな虫が入ってきた時は捕まえておいたこともあった。


この奇妙な友情は、図書館の一般利用客からは眉をひそめられることもあった。それでも、2人はあまり気にしていないようであった。


変身は毎日が楽しくなっていった。どんなに他の人に嫌われても気にならなくなった。明日は何をして遊ぼうかと胸を踊らせるようになった。



しかし、少しずつ姫君の足は遠のいていった。


姫君、来てくれないかな。


最近忙しいのかな。


……でも、仕方ないよな。姫君、いい子だもん。

僕みたいなのが姫君を独占したらもったいないよな。



姫君が来なくなって3週間が経った。

姫君、大丈夫かな。

もしかして何かあったんじゃないのかな。

一度心配し始めるといてもたってもいられなくなって、ある日とうとう、変身は姫君の様子を見たくなって、部屋の外へと出ていった。


すれちがう利用客の悲鳴をよそに、変身はわしゃわしゃ歩いた。

姫君、何かあったのなら待っててね。

僕が助けるからね。


しかし、気を遣ってほとんど部屋を出たことのない変身にとって図書館はあまりにも広かった。

なかなか姫君のいる部屋にたどり着くことができなかった。

あちこちの部屋に入っては悲鳴を上げられた。


それでも、何かあったんじゃないかという心配を胸に、変身は一生懸命歩いた。


「きゃー!」


すると、部屋の外から懐かしい声が聞こえた。


姫君だ!

何かあったのかな?

大丈夫かな!?


声のした窓から変身は覗いた。


窓越しに姫君の姿が見えた。

姫君の隣には、虫眼鏡を持った利発そうな青年がいた。


「すごい!これがアルビノってやつなのね!」

「そうだよ、すごいだろう!」

「私のも見て!」

「わあ、立派だね!どこで捕まえたんだい?」

「これはね、図書館の裏山でとれたのよ!これは何と言う虫なの?」

「これはこの辺じゃ少し珍しい虫でね……」

2人は楽しそうに昆虫の会話をしていた。

「さすが、マーブル昆虫記さんは博識ね!」

「いやあ、虫が好きな女の子は珍しいから、何だか嬉しいな!」


変身はしばらく2人の会話を眺めた後、そっと元の部屋に戻った。


そうか。そうだよな。


言葉が話せなくて見た目が気持ち悪い僕よりも、

虫の知識が豊富で見た目が爽やかな人と一緒にいる方が良いよなあ。

彼女にとっても、そっちの方が幸せだよなあ。


仕方のないこととは分かっていても、変身はとても悲しい気持ちになって、触角をぷるぷると震わせた。

その日は寂しくてご飯が喉を通らなかった。


それからしばらく、変身はまた一人ぼっちの日々を過ごした。

世界が急に色褪せたように思えた。

たまに館長が来てくれるけど、忙しいから長くはいれない。


何だかくさくさした気分になって、姫君がたまに様子を見に来てくれることもあったけど、姿を現すことができなかった。


すると、本当の本当に姫君は来なくなってしまった。


それからまた何ヵ月かが過ぎた。


何だか諦めきれなくなって、変身は姫君がよくいる庭の近くの部屋の本棚の裏で日がな過ごすようになった。

姫君の楽しそうな声を聞くと、幸せで、切ない気持ちになった。



ある日のこと。事件は起きた。

姫君が1人の時に、少し厄介な利用客に絡まれたのだ。

「ちょっと!あなた、毎日そこで虫の話をしているけど、やめてくれない!?気持ち悪いのよ!」

「で、でも私は外で楽しく遊んでるだけで、何も迷惑はかけてないかと……」

「それでもここは公共施設でしょ!?他の利用客のことも考えてくれない!?」

「そ、そんな……」

「これ以上続けるようでしたら、区に苦情を入れさせてもらいますからね!大体あなたね、女の子ならこんな遊びじゃなくてもっと……」


やばい。姫君が理不尽に怒られてる。

どうにかして助けなきゃ!


そうして、変身はとっさに彼らの前に姿を現した。

「きゃーー!何よこれ!!」

「へ、変身さん……!?」

「いやだ気持ち悪いわ!あっちいってよ!」

「やめてください!この方は名作なんです!」

「知らないわよ、気持ち悪い!」


利用客は悲鳴を上げながら変身を蹴った。

変身は裏返ってしまった。


そこで、変身は足をわさわさわさわさーっと思いっきり動かした。


「いやー!わさわさしてるーっ!もうムリー!!」


利用客は耐えきれなくなって逃げていった。


姫君は、ありがとう、変身さん、とささやき、裏返った彼の向きを元に戻した。

変身は久々に姫君に触ってもらえてとても幸せな気持ちになった。



逃げ出した利用客は、ちょうどやってきたファーブル昆虫記とぶつかった。

「すみません、お怪我はありませんか、マドモワゼル。」

「はあ!?あ、あなたはあの娘といつも一緒に虫遊びをしている…てん!」

「そうなのです。いつも虫の研究を手伝ってくれているのです。……ですがそのことがどうやらご気分を害されたようで申し訳ありません。」


「……そ、そうよ!何なのよ!」

「それではお詫びとしてそんなマドモワゼルの似顔絵を描いて差し上げましょう。」

そしてファーブル昆虫記は、持っていたスケッチブックにしゃっしゃっと利用客の似顔絵を描いた。彼は、あえて本物よりも美しく描いた。

「いかがでしょうか。」

「あ、あら……悪くないわね。それじゃ、今日はこれに応じて我慢してあげるけど、次からはあまり人の迷惑にならないようにやってちょうだいね!」

そう言うと利用客は帰っていった。


ファーブル昆虫記のスマートな応対を見て、変身はさみしい気持ちになった。そしてまた部屋へと戻っていった。背後から姫君の変身を呼び止める声が聞こえたが、振り返ることはできなかった。



その様子を見守っていた館長は(利用客をちょうどなだめに行こうとしていた)、何か思い付いたようににやりと笑った。






「すみませーん…明日の夜なんですけど、娘の護衛をお願いできますか?」

「はい、明日ですね。どこからどこまででしょうか。」

「娘の帰りが遅くなるので、駅から家まで見守っていただきたいんです。街灯が壊れていて暗くて不安で……。」

「承知いたしました。変身さーん。お願いできますか?」

変身は呼び掛けに応じるようにのそのそと動いた。


変身は、館長のすすめで夜中の護衛サービスを始めた。

不審者が出たら飛び出して追い返す、という護衛法である。しかも夜中なので他の人に見られて迷惑をかける心配も少ない。まさに天職であった。


評判も上々で図書館の評判向上にも一役買っていた。


「すっかりヒーローですね、変身さん。あーあ、何だか嫉妬しちゃうなあ。」

姫君からの褒め言葉も素直に受け入れられるようになってきた。


変身は触角を左右に大きく動かした。

姫君には、それが変身の意気込みのように感じられた。


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