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【一話完結】 ~成金、初めての図書館~

プロローグ

ごくり。

1人の少女が扉の前で生唾を飲み込んだ。身体の小さな彼女にとって、その扉はとてつもなく巨大に感じられた。

来てしまった。とうとう来てしまった。実感が湧いてくると喉の奥が乾いてきた。扉を開ける勇気がどうしても持てず、逃げ場を求めるかのように、少女は右手側にあるラックをちらりと見た。そこには「当館の利用法」「“名作“ってなあに?」「今月のイベント」というようなパンフレットがいくつか置いてあった。表紙はすぐに眺め終えてしまった。何回か同じ表紙を眺めているうちに、これではいけない、と思い直した。そして意を決してドアの取手に手をかけた。


ギギギギギ。

扉を開けると、少女は思わず息を呑んだ。本。本。本。至るところに本があった。壁という壁は全て本で埋め尽くされていたし、広い部屋にはたくさんの本棚がひしめきあっていた。机の上にも、あちこちにあるカートの上にも、本、本、本の山だ。すうっと息を吸うと、紙とインクとほこりの混じった独特な匂いが鼻をくすぐった。


 少女は恐る恐る近くの本棚に近づいてみた。「今月のおすすめ」と書かれた棚には絵本から文庫本、辞書のような本など色とりどりの表紙が並んでおり、1つ1つに丁寧なポップが付けられていた。少女は目を輝かせながら棚を眺めた。次の棚、次の棚へと進んでいくうちに、緑のエプロンをかけた女性にぶつかってしまった。

「失礼いたしました。」


優しく声をかけられたのだが、少女はひどく驚いた。本に夢中で人の存在を忘れていたのだ。辺りを見回すと、人がたくさんいることにやっと気がついた。机で本を読んでいる人。目の前の女性のように緑のエプロン姿できびきびと働いている人。よく見ると猫も歩いていた。

「…大丈夫ですか?」

もう一度声をかけられた。少女は、はい、すみません、と小さな声で返した。目の前の女性(よく見ると『司書』と書かれたプレートを首にかけていた。)は優しく微笑み、会話を続けた。


「もしかして何か本をお探しでしょうか?」

「いえ……何を読もうか考えているだけです。」

「そうですか。邪魔してすみません。……もしも、本がたくさんあって決めきれなかったら、あっちのカウンターにいる館長に聞くといいですよ。」

館長という単語から、少女はおじいさんを想像したが、司書の指差した方向を見ると、眼鏡をかけ、三つ編みをおさげにした可憐な少女が座っていた。館長、という名前には似つかわしくない。不審に思っているのを見透かしたかのように、司書はふふっと笑って一言付け足した。

「館長、まだ若いですけど、腕は確かですよ。」

そう言うと、司書は業務に戻っていった。


少女はもう一度館長の方を見てみた。確かに、彼女が本を読んでいる周囲は不思議な時間が流れているようで、図書館の醸し出す独特の雰囲気にぴったりであった。ぼうっと見つめていると館長はふと本から目を上げ、少女に微笑みかけた。

少女は再び我に返った。そうだ。館長におすすめを聞いてみよう。どうせ館長と話をしてみたい、と思っていたのだ。少女はおそるおそる館長に近づいていき、話しかけた。

「あの…本を読みたいんですけど、おすすめはありますか?」

「おすすめの本、ですね。」


館長の声は透明感があって、図書館の邪魔にならない落ち着いた音量で、それでいて聞き取りやすかった。

「普段はどのような本をお読みになりますか?」

「…1番好きなのは源氏物語。後は伊勢物語とか、せり河とかも、好きです。」

「なるほど…。」

心なしか館長の目がくるりと光った気がした。2、3秒考えた後に、少々お待ちください、と言い残して、館長は本棚へと消えた。

1分ほど待つと、館長が両手一杯に本を抱えて戻ってきた。

「これらの本はいかがでしょうか。」

カウンターに置かれた本を見ると、『曽根崎心中』『たけくらべ』、『ロミオとジュリエット』といった有名なものから、聞いたことのない新しそうな本まで様々に揃えられてあった。どれも面白そうな物ばかりであった。短時間で、この広い図書館から、これだけの本を揃えてきたのか。

少女が呆気に取られていると、館長は笑って続けた。

「ここでは、好きな本を、好きなだけ読むことができますよ。」

「……。」

「もしよろしければ、ここで一緒に暮らしませんか?」

「…………。」

館長は笑って言い直した。

「ここの本に、なっていただけませんか?」

少女は一瞬、はっとした顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて、

「うん!」と答え、館長の胸に向かって飛び跳ねた。

すると少女はキレイな光に包まれ、しゅるしゅるしゅるっと姿を変え、1冊の本になった。館長はその本をしっかりと胸で受け止めた。

そして愛おしそうにその本を眺めて呟いた。

「……やはりあなたも『名作』だったのですね。」

表紙に書かれていた「更級日記」という文字をそっとなでた。


ーーここは、国で一番の図書館。たくさんの『名作』が暮らす場所。











第一話

「人間の言葉には不思議な力があります。

日常的な会話はもちろんのこと、

強い思いのつまった本には強い力が宿っています。

特に、名作、とされた本は

長い年月を通して

たくさんの人に読まれていくうちに、

強い力が積もっていって、

とうとう人間の形をとるようになりました。

そして、『名作』という言葉は

人間の姿になった彼らを指すようになりました。

『名作』は各々の個性に応じた強い力を持ち、

人々から尊敬される存在になりました。」

(『名作ってなあに?』より抜粋)



バン!

大きな音を立ててドアが開き、紳士がずかずかと音を立てて入っていった。恰幅がよく、高級そうな毛皮のコートにピカピカに磨かれた靴、指には派手な指輪をたくさん着けている……という、いかにも成金のような格好の紳士であった。


「館長はおるかね?」

エプロン姿の司書を見つけると、紳士はしわがれた声で呼びかけた。きびきびとしていていい働きをしそうな司書であった。

「妻が病気になってしまってね。入院中に読むための本を見繕ってほしいのだが。」

司書は笑顔で少々お待ちください、とささやくと、すぐに館長を連れて戻って来た。


紳士は館長を見て驚いた。目の前に現れたら人物は、館長と呼ぶにはまだ若かった。おさげと眼鏡の姿からは、館長と呼ぶよりも文学少女という言葉の方がぴったりであった。

「あんたが館長か…?」

「はい、私が館長です。」

館長は驚かれ慣れているようで、笑顔で「館長」と書かれたネームプレートを見せた。


「ふぅん…ずいぶん若いんだなぁ…」

怪訝そうな顔をしたあと、

「まあいい、妻の入院している間に読むのにちょうど良い本を借してくれ。そして……」

紳士は少し声をおさえて言った。

「この図書館には『名作』がたくさんあると聞いたのだが…そいつも何冊か借してくれないか?」

「おすすめの本はお出しいたします。ただ、申し訳ないのですが、当館の『名作』に関しましては簡単には借し出せないきまりとなっておりまして……。」

館長は礼儀正しく答えた。

「何だと?図書館なのに、か?」

「申し訳ありません。盗難・破壊防止のため、原則としてご利用者様の持ち出しは禁止となっております。」

「そこを何とか!こう見えて、私はマゼピン商会の名誉会長、カルヴィンなんだ。謝礼ならはずむからさ……。」

「すみません、『名作』と同内容の普通の書物なら借し出しできますよ。」

「いいではないか、すぐに返すからさ!いくら払えば良い?」

すみません、と館長が困ったような顔をしていると、どこからかエプロンをつけた女の子がやってきた。

「おじさん、図書館だから静かにして?」

カルヴィンはむっとして、唾を飛ばしながら答えた。

「下がっていてくれ、今、おじさんは館長とだいじな話をしているんだ!」

すると少女もむっとして返した。

「おじさん、私も『名作』だよ?」

するとカルヴィンは手のひらを返すかのように優しい声を出し、

「おお、そうか、それではおじさんとちょっと一緒に来てくれないかね?好きなものを何でも買ってあげるよ?何が欲しい?服か?人形か?」


少女はカルヴィンの顔をじっと見つめた後に答えた。

「…やっぱり私、おじさんには借りられたくないなあ。」

カルヴィンはみるみる顔を赤くして答えた。

「何だと!?本の癖に人間に口答えするのかっ!」

カルヴィンが少女に掴みかかりそうになると、館長が間に入って止めた。

「も、申し訳ありません!御無礼をお許しください!とりあえず奥様への本をお選びいたしますので、ご要望や奥様のご趣味をお教えいただけませんか?」

ふんっ、と鼻を鳴らすと、紳士は妻が気に入っていたという本の題名のメモを館長に渡した。

「とりあえずお願いしよう……だが、本が借りられない図書館とは驚きだな!」

「『名作』をご所望でしたら、私が荷物持ちで参りましょうか。」

急に後ろから男性の声がした。振り向くと、1人の初老の男性が立っていた。


「私も『名作』です。借し出しはできなくても、自発的に、お手伝いで行くだけなら大丈夫です、よね。」

そう言って男性は館長に微笑んだ。館長は少し驚いた顔をした後、ふっと笑い、もちろん、と答えた。

「ふん!最初からそうしてくれればよいものを!…さあ、残りの本もお願いしようか。」

館長が少々お待ちください、と囁き、本棚へ消えた。すぐに大量の本をカートで運んできた。

「こういった本はいかがでしょうか?」

カルヴィンはちらりとカートを見ると、

「俺は文学は分からんからな、君に任せよう。借りられるだけ借りていきたいのだが。」

「分かりました。それでは紙袋をお持ち致ししましょうか。」


そうして館長は慣れた手つきで本を詰め、カルヴィンと初老の男性に渡した。カルヴィンは紙袋を受け取るとづかづかと足早に出て行ってしまった。館長は彼らを笑顔で見送った。



「……シンデレラさん、少々よろしいでしょうか。」

館長が呼びかけると、先ほどの働き者風の司書が答えた。

「はい。いかが致しましょう。」

「念のため彼らの様子を途中まで見てきてくださいませんか。」

シンデレラは承知いたしました、と答え、手早くエプロンを畳んだ。




「全く!図書館なのに本が借りられないとはどういう了見なんだ!」

カルヴィンはまだ不機嫌であった。

「すみませんね。『名作』の持つ強い魔法の力を悪用しようとする人もいるもので……。」

初老の名作は苦笑しながら答えた。

「ふん、能力を借りたいなら魔法使いに依頼すれば良いものを!そんな卑怯人、貧乏人のせいで私みたいな者が割を食うとはけしからん!」


「マゼピン商会、でしたっけ。ご商売は羽振りがよろしいのですね。」

「まあな。」

「どう言ったものを扱っているのですか?私、世間のことに疎いもので、お聞かせ願えませんか?」

カルヴィンは自慢げに語り出した。

「マゼピン商会の主力は輸入業だよ。外国のハイセンスな商品を取り扱っている。」

「どんな商品が目玉なんです?」

「目玉か!それこそ今は何でも扱っているからなあ!食品、アクセサリー、船、電子機器、身の回りの物全て、だな。最近では宅配サービスや情報サービスにまで手を広げていて、一概には言えないんだが!」

そう言うとカルヴィンはふっふっふ、と笑みをこぼした。

「すごいですねえ…。成功したきっかけ、は何かありましたか?」

「そうだな。恐れず色々なことにチャレンジすること、だな!それこそ貿易にでる船のように、どんな大海でも突き進まねばならん!」

「チャレンジかあ。すごいですね!最近、私は単調な毎日の繰り返しでして。」

「それじゃあ、いかんよ!人間、常に高みを目指さねばならん!……そういえば、君は人間ではなかったか!」

それもそうですね、と名作は笑った。そしてふとカルヴィンに尋ねた。


「チャレンジすることが怖い時はなかったのですか?」

「怖い?そう思ったことはなかったね!リスクをとってこその人生だからね!それこそ商売を始めた当初は貧乏続きでたいへんなことも多かったが、その時でも私は突き進んでいたよ!」

その後も、カルヴィンが何を思って起業したのか、どんな困難があったのか、どうやって企業を成長させたのか、話が続いた。



「何をなさっているのですか?」

カルヴィンたちの後をつけていた男が何かをポケットから取り出そうとしたところで、シンデレラは男に声をかけた。この男は図書館の中に朝からおり、カルヴィンたちが出ていったのとほとんど同時に図書館を出ていた。男ははっとした顔をするとすぐに路地裏へと逃げ込んだ。


カンッ!

シンデレラはガラスのハイヒールを鳴らして男の後を追いかけた。その足の速さに男が驚き、一瞬の隙を見せたところで高くジャンプし、上から男を押さえつけた。

「2人を付け回して、何が目的なんだい?」

「な…何もない!ただ帰り道がカルヴィンと一緒だっただけだ!」

「おや?私は2人、としか言ってないのによくカルヴィンのことを言っている、と分かったね?」

「そ……そりゃ、あんなに目立つ格好をしていたらあの人のことを指しているのかな、って思うだろ!」

男は焦った様子で答えた。

「言い訳は見苦しいよ。早く目的を答えるんだ。」

「だから何も…。」


シンデレラは手早く男の胸をまさぐり、ナイフを見つけ出した。男がぎょっとした顔をすると、

「何もない人が、他人を付け回したり、声をかけられたら逃げたり、ナイフを持ち歩いたりはしないんじゃないかな?」

と畳み掛けた。それでもなお男が黙っていると、


ガンッ!


シンデレラのハイヒールが勢いよく男の鼻を掠めた。男の鼻の先から一筋の血が流れた。

「…次は鼻に穴を開けるよ?」

「わ、わかった!白状する!カルヴィンを殺そうと思って付け回していたんだ!そのナイフは予備で、あいつの妻の入院している病院に爆弾を仕掛けたんだ!」

「爆弾……!?」

予期せぬ単語に、シンデレラは呆気にとられた。

「そうだ、爆弾だよ、高性能のな!やつの持っているセンサーに反応して爆発するぞ!」

「センサーはどこについているの!?」

「靴の裏だよ!だがセンサーを外させようとしても遅いぜ!その爆弾は時限爆弾でもあるんだ!」

「今すぐ爆弾を止めなさい!」

「もう遅いぜ!すでに起動しちまってるからな!あいつが病院に着いたのと同時に爆発するよう設定してある!」

シンデレラは絶句した。

「どうしてそんなことを…!」

「あいつが憎いからさ!あいつは攻めた商売をしすぎなんだよ!そのせいで俺たち普通の社員がどれほど迷惑を被ってきたと思ってるんだ……!」


男が言い終わるか終わらないかのうちに、シンデレラは男を抱えて走り出した。人間とは思えないほどの脚力であった。人をかき分けて走るのが面倒になったのか、途中で高く飛び上がり、屋根の上を走り出した。

「病院まで行くから、爆弾の場所を教えなさい!」

「おい!あんたまで爆発に巻き込まれちまうぞ!」

「いいから!」

男は呆気に取られながら呟いた。

「あんたこそ、どうしてあんな奴のためにこんなに体を張るんだ?あんたも図書館で見ただろ、あいつの横柄さを!」

シンデレラはにやりと笑って答えた。

「うちの館長のモットーは、「全ての人と本が幸せに」、だからね。」







「はっはっはっ!あんた、意外と話が面白いじゃないか!」

病院までの道中、名作と話をしていたカルヴィンは彼のことがすっかり気に入ってしまった。この名作はいわゆる聞き上手であった。

「いやあ、あんたみたいな人が部下にいたら良かったのになあ!」

そう叫ぶとカルヴィンはふと一瞬寂しそうな表情を見せた。


「どうされましたか?」

「ああ…いや何でもない……何、今までたくさんの部下に恨まれてきただろうなあ、と思ってな。」

「おや、そうなのですか。」

「まあ、敵を作るのを恐れては経営者としてダメだからな。それでもわしの歩みは止められなかったがな!」

そう言ってカルヴィンは笑った。そして手に持っていた本をちらりと見つめた。

そうだ。今まで恐れずに進んでこれたのは、妻がいてくれたからだよな。あいつは貧乏な時も、重大な決断をする時も、優しく支えてくれたなあ。


そんなカルヴィンの考えを見透かしたのか、名作はこう語りかけた。

「奥様のこと、とても大切に考えていらっしゃるのですね。」

「はあ?」

「だってそうでしょう。あなたみたいなお金持ちでしたら、おすすめの本を図書館から運ばせるなんて、それこそ人を雇えばいいじゃないですか。それをわざわざ徒歩で図書館まで行って、奥様の好きな本のタイトルを手書きでたくさんメモしてきて。……もしかして少し焦った状態で図書館にいらっしゃったのでしょうか。」


図星だった。

昨日、妻のお見舞いに高級な果物を送ったところ、話したいことがある、と言われて病室へ向かった。そして、入院で暇で仕方がないから本を送ってほしい、と頼まれたのだ。どんな本が良いかと聞くと、何でもいい、あなたが選んできて、と返され、困っていたところ、図書館で本のおすすめをしてくれると聞いたのだ。それで慌てて図書館へ行ったのだった。

「…もしかして名作を借りるのにこだわっていたのも、奥様のためですか?」

それも図星だった。

「…ああ、そうだよ。せっかくなら良い本を読ませてやりたかったしな。」

「それなら名作にこだわらなくとも、同じ内容の普通の紙の本なら借りられましたのに。」

カルヴィンは顔を赤くしながら答えた。

「……どうせなら名作本人を読ませたかったんだよ!その、あれだろ、名作さん達は言霊の力が強くて、人間になれたんだろ?何だか縁起がいいじゃないか、それなら……」

それなら、の続きは自分の願いとあまりにも直接的すぎて、カルヴィンは口にすることができなかった。

名作は微笑んで答えた。

「言霊は、誰の言葉か、というのも大切なのですよ。」




「こ…ここが爆弾の場所だ!」

爆弾は病院の門の影にしっかりと固定されていた。爆弾と固定部分が一体になっており、外すのさえも難しそうであった。

「解除方法は?」

「…覚えてない。」

「は?」

「慌ててたんだよ!カルヴィンが図書館に行くなんて予定、昨日まで無かったんだから!秘書に予定変更を聞けたからいいものの……」

ここまで話すと、男はハッとした表情をした。

「…そう、秘書もグルなのね。まあ今はいいわ。あとどれくらいで爆発するの?」

爆弾の表示を見ると、あと10分もなかった。

「はあ!?警察に連絡しても間に合わないじゃない!大病院だから全員の避難誘導も厳しそうだし…あなた、爆弾の説明書とか持ってないの?」

「お、置いてきました。」

「え!?」

「図書館に置いていきました!分厚かったもので……。」


シンデレラはショックを受けた表情をしたが、すぐに気を取り直して携帯を取り出し、艦長に連絡した。

「何してるんだ?」

「図書館にあるんでしょ、説明書。館内の司書にその内容を教えてもらうのよ。」

「むだだぞ!説明書はどこかの本棚に隠してしまった……。見つけるのにも時間がかかる……!俺もあんたも死んじまうよ………!!」

そう言うと男は逃げ出そうとした。が、シンデレラがすぐに男に先回りし、男の足を思い切り踏んだ。

「ぎ……!」

男はあまりの痛みに叫んだ。靴からは血がにじんできた。

男は観念したかのようにうなだれた。




館長がシンデレラからの電話を受けた時、ちょうどすぐそばで更級日記が本を読んでいた。

「どこかの本棚に隠してある説明書を探せばいいんですね?」

そう言うと、更級日記は本棚の方へ駆け出した。本棚の前まで行くと、彼女の目は怪しくきっと光り始めた。彼女の目は素早く本の背表紙の文字を読み、次から次へと本棚を移動した。

そしてすぐに説明書を見つけて戻ってきた。

「ありました!説明書!」



「あったって、説明書!」

「何!?」

電話越しに聞いていた男は驚いた。

「だが無理なはずだ……あれはマゼピン商会の扱う武器全ての説明書がまとめてあって百科事典のように分厚い。しかも文字ばかりときている。爆弾のページを探すだけでも一苦労だぞ!」



「シンデレラさん、爆弾の特徴は分かりますか?」

更級日記が電話でシンデレラに聞くと、シンデレラは見た目や機能の特徴を簡潔に、要領よくまとめて伝えた。

それを聞いて、更級日記はまた目を光らせて説明書をめくり始めた。そしてまたすぐにページを見つけた。

「ありました!多分このF―215ってやつです!特別な機材なしで止められそうです!」



「ページ、見つかったって!」

「はあ!?」

男が驚いているのをよそに、シンデレラは更級日記の指示通りに爆弾の解除を始めた。そして器用な手つきで爆弾の時計を止めてしまった。

「は〜……何とか止まった。」

「ど、どうしてそんなに早く説明書を探せたんだ!?」

「それが更級日記さんの能力だからね。」


更級日記の能力、「読書家」。集中すると脳内での文字の処理能力・暗記能力が格段に上がる。

ちなみにシンデレラの能力は「ガラスの靴」。ガラスの靴を履いた彼女の脚力は誰にも止められない。




「おい。本持ってきたぞ!」

妻の病室に到着するなり、カルヴィンはまるで自宅かのように声を上げた。

ベッドの上では上品な婦人が静かに横たわっていた。

「まあ、早かったんですね。ありがとうございます。」

婦人はゆっくりと身を起こしながら言った。


「……あら。そちらの方は?」

「この人は『名作』だそうだ。」

「まあ。すごい。私、名作の方と話すの初めてなのよ。」

婦人は顔を綻ばせて名作に握手を求めた。名作は笑顔で応じた。

「すみませんね、うちの主人が無理言ったのではないかしら?」

「おい…!そんなこと、ない、よな?」

「はい、私から自発的にお手伝いを申し出たのです。……そうでした、奥様、こちらが奥様への本です。」


そして名作とカルヴィンは紙袋を婦人に渡した。婦人は紙袋を受け取り、中の本を眺めた。

「まあ、面白そうな本ばかりね!」

一通りラインナップを確認した後、

「あら、図書館の本なのね。もしかして司書さんにおすすめしてもらった?」

カルヴィンがぎくりとしていると、

「ううん、嬉しいわ。ただ、あなたにしては本のセンスが良かったからちょっと不思議に思ったのよ。」

そう言うと婦人はいたずらっ子のようにふふっと笑った。

「……仕方ないだろ、せっかくなら良い本を読んで欲しかったんだから。」

「はいはい、わかってますよ。…そうだ、名作さん、こちらの果物はいかがかしら?」

「おい、それは……!」

「わあ、とても美味しそうですね!ですが、それは奥様への贈り物なのでは?」

「ええ、でもいいのよ、どうせ具合が悪くて1人では食べきれないもの。」

そう言われて、カルヴィンはきまりの悪そうな顔をした。そしてカルヴィン夫人は果物を剥いた。皿に取り分け、3人で食べ始めた。

「わあ、すごく甘い!こんなに美味しいのは始めてです!」

「喜んでいただけて良かったわ!」

「マゼピン商会でも人気の品だからな!」


そしてまた皆で食べ始めた。しゃくしゃくという微かな音ばかりが響き、少しばかり照れくさいような気まずいような時間が流れた。カルヴィン夫妻は何とはなしにお互いの顔を眺めた。


カルヴィンは沈黙に耐えかねるかのように夫人に話しかけた。

「……お前も最近はのんびりした時間はあんまり取れてなかっただろ。本でも読んでゆっくりしろよ。」

「あなたこそ、ずうっと仕事、仕事で忙しそうでしたものね。バルプ社の買収のときとかほとんど寝てなかったわよねえ。」

「あったなあ、そんなことも!」

「あの時のあなた、見ていてつらそうだったわ。」

「おかげでたくさんの社員に影響が出たからな。」

「でも、そのおかげで、いまみたいに大きな会社になったんでしょ。」

「まあ、そうだな……。」

2人の思い出話は続いた。

仕事のこと、若かったやり取りを、朗らかに語り合った。

果物だけ送ってたら、こんなに妻と話すこともしなかったかもな、と考えると、カルヴィンは図書館に行って良かった、と思った。



「何だかこんな会話をするのも久しぶりだな。」

「そうねえ。2人で落ち着いて話をする時間も全然取れてなかったわよね。いつぶりかしら……。」

「それこそ、新婚旅行の時じゃないか?新婚旅行、といっても時間もお金も無くて、旅行が実現したのも結婚してしばらく経ってからだったが。」

「それでもまだ貧しくて、近場の温泉に1泊2日だったわよね。」

「だったな!そのあとは出張旅行は何度もあったけど、わしは大体仕事だったし……いつか新婚旅行のリベンジでもと思ってたんだが、ぐずぐずしているうちにこんな歳になっちまったな。」

「そうですねえ。でも、あの時の旅行もなかなか素敵だったわ。旅館の部屋から見えた紅葉が最高で。」

「ああ。運良くベストシーズンに行けたからな。ちょうど……」


そうつぶやくと、カルヴィンは目を見張った。

病室の窓から見える景色が、一面の紅葉だったのだ。山の木々は真っ赤に燃えている。たまに混じる黄色や緑色が良いアクセントとなっており、何とも言えない。

「ちょうど……こんな感じの……。」

だが今の景色は冬。しかもこの病院からは山など見えないはずだ。風が吹いたのか、木々がゆらめく様子が見えた。


カルヴィン夫人も一瞬驚いた表情をした。しかし、ふっと微笑み、

「そうそう、こんな感じでしたね……。あの時、私たちには何も無かった。何も無かったけど、楽しかったわ。」

この景色のせいであろうか。一瞬、妻が若い頃の姿に見えた気がした。

「そうだな…………いや、私には何もなくなかったよ……お前がいたからな。お前がずっと支えてくれていたからな。」

「あら、あなたらしくない、くさいセリフねえ。」

「いいだろ、別に……!」

カルヴィンは照れて顔を紅くした。


そこで一段と強い風が吹き、窓から枯れ葉が数枚入ってきた。

「そうね。私にもあなたがいたわ。どんな時でも会社のために闘うあなたは頼もしくて……。」


そう言うと、2人で窓の外の景色をぼうっと眺めた。名作の男性は、気を利かせたのだろうか、気がつくと姿が見えなくなっていた。それともこの景色は彼の能力というやつなのだろうか。


「……お前。」

「はい?」

「…お前、早く元気になってくれ、頼むから。」

「……どうしたんですか、急に。今日のあなたは何だか変ですよ。」

「お願いだ。」

カルヴィンは涙混じりで言った。


「お願いだ、お前がいないと、こんなにきれいな景色は、見られない。毎日見舞いに行くからな。お前が嫌がっても行くからな。」

「……はいはい。」

「早く元気になって……そして、今度こそ新婚旅行のやり直しをしよう。好きなところどこにでも行こう。」

「……別にもうしなくてもいいわ。」

「え……!?」

カルヴィンが驚いた表情をしていると、婦人は窓の景色を向き直して答えた。

「こうして、2人で、四季折々の景色を見ながら話ができれば、私はそれでもいいわ。」

「……相変わらず、無欲だなあ。」

そして2人で微笑みあった。



カルヴィンは、文学は分からないからとあの名作の名前を聞かなかったことを少し後悔した。何という物語だったのだろうか。

そう考えているカルヴィンの鼻を、心地よい木の葉の香りがくすぐった。

ーー風、立ちぬ。

『風立ちぬ』

能力:人々の思い出の景色を見せてくれる。




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