そんなの知りませんでした
「……私、別に身体が弱い訳じゃないんだよ」
「はい」
「ただ感情爆発させるのが下手なだけで、いつもはすごく元気なんだよ」
「ええ」
「いつもなら子供達とかくれんぼしたり鬼ごっこしたりして、結構アクティブなお休みの日を過ごしてたりしたんだもん」
「そうですね」
ニコニコ笑いながら私に果物を差し出すアネッサ。
私はすっかりアネッサにお世話されるのに慣れてしまっていた。
お気に入りのカーディガンを肩にかけて、ベッドの上で食べる果物の美味しい事。
お粥もリゾットみたいにサラッとしたミルクの濃い味でとても美味。
頬を膨らませて居ると「美味しくありませんか?」と聞かれたので頭を振った。
「美味しい」
「それは良かったですわ」
「……結局昨日はどうなったの?
私がご飯食べなかったから、蒼の人も食べてないとか無いよね?」
「大丈夫ですよ、オーランドさんが執務室へお食事を届けたと言ってましたので旦那様もちゃんとお食事なさってます」
「そっか」
「昨日のミヤ様の啖呵が余程効いたのか、珍しく執務室の扉は夜中まで閉ざされたままだとか。
とても良い傾向だと思われます」
「……そっか」
今まで蒼の人はどんな暮らしをしていたのだろう。
ふともたげた疑問を読んだ様に「旦那様は、ずっとこのお屋敷でお仕事をしてるんですよ」とアネッサが話し始める。
「旦那様はこのお屋敷に来るまでにゼノアス公国内で暮らしておりました。
研究をする為の機関で修行をし、自身の腕ひとつで研究員として名を馳せ、国から伯爵の地位を賜り領地を頂き……旦那様は、日々を研究と共にこの地で暮らしておりました。
職業も相まって旦那様の元を訪れるのはその手の研究員の方と昔から付き合いのある数人のみ。
使用人は最低限で、最近までこのお屋敷には楽しみはございませんでした」
「……何故?」
「旦那様は部屋に籠りきり、おもてなすお客様もいらっしゃらない。
とても退屈な時間だったのです…お仕事を頂いている者が贅沢を言っておりますが、本当に」
そう言うアネッサは「ですが」と私を見て笑みを浮かべる。
「旦那様がミヤ様をお連れになった時、私がミヤ様のお付きのメイドとなった時。
初めてメイドとしての仕事を出来たと嬉しかったのです。
確かに旦那様は判断力があるのかないのか…常に誰かの発言を待つクセがありますし、何より自分の意見がブレブレで誰かに任せて来た人です。
今まであの方に面と向かって言葉を浴びせた事のある人は、私の知る限り旧知の中であるオーランドさん以外に見た事がありませんでした」
「……その人も苦労したんだね」
「そうですね。
ですが古い付き合いの様ですし、何より主人ですから。
その旦那様が今回初めてミヤ様の事で思い悩んで居るとのこと。
私は嬉しいのです」
思わず聞くことになったアネッサの言葉と、蒼の人の暮らしぶり。
誰かの発言を待つクセも彼の生い立ちに何か関係しているのだろうかと思えばやはり言い過ぎたかなと思わなくもない。
口から出た言葉はもう戻せない、それは元の世界で自分自身が身に染みた事だったはずなのに。
「……でも私謝らないもん」
「もちろんそれでよろしいですよ」
逆に笑みが濃くなったアネッサに首を傾げながら、差し出されたリンゴを食べるのだった。