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01 それ、呪いなのでは?

全四話、気楽にお付き合いください。


 ゆろさない


 赤黒い顔料の拙い筆致で書かれた紙面を手に、ロミは固まった。


(え、なにこれ、こわっ!)


 郵便物の間からこぼれてきたものは一見するとメモ書きだが、記された内容は違っている。

 仲介所を通して決まった仕事初日に起こったこれは、大抵のことには動じないと言われているロミをもってしても想定外である。

 執念、あるいは怨念。

 書き手の強い気持ちをひしひしと感じる手紙(?)である。



「どうした」

「ご主人さま」

「その呼び名は止めてくれと伝えたはず」

「すみません、クロムさま」


 玄関先で固まっていたロミに声をかけてきたのは、あるじたる青年。黒いローブを着用し、なんとも暑そうな見た目である。

 肩にかかる黒髪を無造作に切りそろえ、長めの前髪の隙間から時折覗く瞳も限りなく黒に近い。この国ではあまり見ない組み合わせの色を宿す彼は、王宮でも名の知れた文官である。


 あらゆる言語に秀でており、彼に読めない書物はないのではと言われるほどの才。王の信頼も厚い青年を己の派閥に引き入れようとする者も少なくないが、その寵をことごとく潰しているのは本人の行動だ。

 数年前から着用しはじめた黒いローブ、顔を隠すように伸ばした髪。極めつけは肩に乗せた真っ黒い鳥である。時折、その鳥と会話をするような素振りを見せ、独りで話し、笑うようになった。


 加えて、彼の傍に付いていた使用人たちが怪我をしたり、体調を崩したりすることも増えてきたものだから、噂がひろまった。

 クロムが呪術書を手に入れて、呪いを撒き散らしているのではないか、と。


 王宮から近い場所にある彼の家は荒れ放題。

 鳥の奇声と男の笑い声が響く家に近づきたい者がいるはずもなく、遠巻きにされている状態だ。


 使用人を雇っても長続きしない家。

 地雷案件な仕事に食いついたロミだが、それには彼女なりの理由がある。

 給金が破格だったのだ。


 親なしのロミには身元保証がないため仕事を選べる立場にはないといっていい。

 世間的に底辺と称される仕事に就いてさえ、雇い主によっては賃金を削られてしまう現状。

 身に覚えのない理不尽な借金返済に追われる身では、「あやしい噂のある男の家に住み込みで身の回りの世話をする仕事」なんて、たいしたことではない。いやむしろ大歓迎だ。


 衣食住が保証されているうえ、主は王宮職員。

 身元がしっかりしている。

 鳥と会話をするぐらいなんだというのだ。


(雇い主が人間世界と距離を置いている世捨て人っぽいことは気にならないけど、ここまで直接的に恨みをぶつけてくるのはなあ)


 一体なにがあったのだろう。

 そんなことを考えていると、クロムはロミが持っていた紙片を取り上げた。

 光に透かすように掲げてしばらく考えたのち、懐からペンを取り出すと紙面になにかを書きつけ呟く。


「これは東国とうごくの文字なのだが、少しばかり形が違う。認識が甘いな」


 そして説明するように紙面をロミに向けた。



 ゆ()さない



「ここに小さな円を描くのが正しい形」

「いや、そういう問題じゃないのでは」

「文字は正しく書かなければ伝わらない」

「それはそうですけど、ここで一番重要なのは内容かと」


 許さないと恨み節をぶつけたのに、文字の書き間違いを指摘、添削されるだなんて、書いた人物が気の毒だ。


「君はこの文字が読めるの?」

「東国出身のひとが知り合いにおりますので」


 ロミが育ったのは、異国の男が戯れに運営していた小さな孤児院。クロムと同じ黒っぽい瞳をしていて、年のせいで白髪にはなっていたけれど、若いころはフサフサの黒髪だったのだと負け惜しみのように言っていた。


「そうか。だから君は僕が怖くないんだ」

「怖い?」

「この黒髪も瞳も、まるで悪魔のようだと評判だぞ。小声でコソコソ言っているし、怖いもの見たさなのかチラチラ見てくるんだ。近づきたくないなら放置してくれたらいいのにな」


 不愛想で偏屈だと思っていたクロムだったが、急に饒舌に語り始めた。ロミが黒を忌避しないことが嬉しかったらしい。

 興奮したのか身を乗り出すと、長い前髪が割れて形のよい鼻が現れた。そのおかげで口元が見え、薄い唇から言葉が紡がれる様子が見て取れる。


「ロミ。よければ手伝ってくれないか。今、ちょうど東国の書物を翻訳しているところなんだ。あちらの文化を我が国でも活かしたいというのが、国王陛下の考えだ」

「陛下!?」

「ああ、国の重要な仕事だ」


 あやしい噂のある家の使用人だと思っていたら、国家的プロジェクトに関わることになり、ロミは目をまわす。

 孤児の自分が国政に関わる仕事をしていいのか?

 考えながら、くちを開く。


「あの、それ、別枠でお給料出ますか?」


 言った瞬間「しまった」と思った。

 ついうっかり本音がダダ漏れた。


「や、あの、これはですね」

「いいんじゃねーの? 正直でキライじゃないぜ」


 言い訳を遮ったのはクロム――ではなかった。もっと若い、子どものような高めの声。玄関の高窓から射す光を遮るように飛来した影が、青年の頭に着地する。


「おい、ジャック――」

「オマエだって気に入ったから声かけたんだろ? 多少、性格に難があったとしても、若い娘っこ一人ぐらいどうってことねーってばよ」


 翼を広げて愉快そうに笑うカラスに、ロミは再び固まる。

 子どものころ、大道芸の腹話術を見たことがあるが、目の前で繰り広げられたこれは、あれとは雰囲気が違う。さきほどの言葉はクロムの語尾に重なるように発せられていた。単独では不可能。つまり鳥が喋っているのだ。


 人間の言葉を覚えて繰り返す鳥がいることは知っているが、これはどう考えても自分の考えを述べている。

 鳥に自我がないとは言わないけれど、それにしたって人間に近い思考ではなかろうか。まるでクロムと友人のような気安い会話。


「だからって、どうってことねーってなによ。なんでそんな偉そうなの。鳥になにができるの。カラアゲにして食べてやろうかしら」

「君はジャックの声が聞こえるのか?」

「なんだって? おいてめー、オレの言葉がわかるってのか」

「ひいぃ。すみませんごめんなさい、秘密は守りますから殺さないでください、せめて監禁でお願いします、その際、閉じ込めるなら地下室じゃなくて、枝ぶりのよい大きめの木に面した窓がある二階部屋にしてくださいぃ」


 身を伏せ頭を抱えて懇願するロミの頭上から声が降ってくる。


「えーとこれはどうすればいいのかな、僕は彼女を監禁すればいいのかな?」

「すごいな、逃げやすい場所にお願いしますと自分から言うとか、この娘はバカなのか?」

「逃げやすいってどういう意味さジャック」

「うんわかった、おまえもバカだよなクロム」


 ロミがおずおずと頭をあげると、鳥が肩を竦めるという珍しい光景を目撃し、「すごい、見世物小屋に売ったら高くさばけるかな」と考えてしまった。


 と思ったらくちに出ていたらしく、頭をつつかれた。

 鳥の巣と言われてしまいがちな赤い癖毛のロミは、ジャックのくちばしから逃れようと数歩離れる。


「べつに監禁はしないけど、木が見える部屋がいいならそこを使えばいい」

「ありがとうございます」


 クロムは思った以上に親切だ。あんな文言を投げられるような人物には思えない。血を思わせるインクを使って「許さない」だなんて、まるで呪術のような。

 添削が入った紙片を凝視するロミに、クロムは言う。


「時々あるんだ。僕が東国文字を解することを知っている誰かが送っているんだろう。手習いの一環だ」

「てならい」


 あれを見てどうしてそう思えるのか。

 衝撃を受けるロミにクロムは笑う。


「たしかに今日のは色合いと単語が恐怖を煽るものだったけど、それは逆にいえば言葉の意味を理解し、相手に伝えることに成功しているといっていいだろう」


 とんでもなくポジティブな解釈もあったものだ。


「もしかして呪術だと? 従兄も同じことを心配するんだが、僕は健康そのものだよ」

「と言われましても」


 前髪のせいで顔色はわからないし、たっぷりとした黒いローブのせいで体形も不明だ。


「こう見えても脱いだらすごいんだよ、ほら」

「はえ!? え、や、ちょっ」


 おもむろにローブのボタンを外して前をはだけた。

 いきなり現れた裸体に動転しつつ、下履きは付けていることにホッとする。そしてロミはまたも固まった。


 たしかに彼は脱いだらすごかった。

 腹筋が割れているわけでも、ムチムチの筋肉がついているわけでもない。あるのはただ、身体を縛り付けるようにまとわりついて、ひたすら左胸を目指すように伸びる黒い蔦模様。


「数年前に現れたタトゥーだ。美しいだろう?」


 いや、それ呪いじゃね?


 うっかりくちにしないよう意識して言葉を呑みこんだ自分を、ロミは褒めた。




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