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招き風の影 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 先輩はビル風って体験したことあります?

 都会にいかなかったとしても、マンション立ち並ぶ団地とかを通ると、実感する機会があるかもしれません。

 本来、まっすぐに吹いているべき風。その一部がビルなどの建物で進路を邪魔されることで、ビルの壁面に風がぶつかります。そのときに抑えられた風は圧力をともなって、ビル脇を通り過ぎていく風に合流していくんですね。

 そうして力が増した風が吹き寄せるものだから、ときに歩くことさえ難しい強さとなり、交通機関にも多かれ少なかれ影響を与えてしまう……と。


 これ地上1階以上の物体相手なら、なんにでも起こりえる現象らしいですね。

 ビルのような大きなものでないと、体感では分かりづらいもの。しかし一度起これば、大きなパワーが宿るケースもあるようなんです。

 私の聞いた話なんですけれど、聞いてみませんか?



 むかしむかし。

 川近くに住まいを建てて、住んでいた老夫婦がいました。二人とも息子は遠くに住まいを持ち、静かに余生を過ごしていたそうです。

 ある日の暮れ方のこと。二人がいろりの火を囲んでいると、不意に閉じた玄関の戸を叩く音がします。

 大きいものがひとつだけ。それは人が訪ねてきたのにしては、いささか乱暴な響きが混じっていました。

 夫婦が顔を見合わせていると、またドンと戸が揺れます。おじいさんがそっと戸を開けて見ましたが、そこには誰もいません。

 代わりに、軒先へ転がっていたのは二尾の川魚たちでした。いまだ元気に跳ねる様子を見せる魚たちに、おじいさんは戸惑いを隠せません。


 実はおじいさん、昼間に川釣りをしていたものの、さんざんな結果に終わっていたところだったのです。

 つい先ほども、おばあさんと魚を食べたいなあ、とぼやいていました。その矢先のことですから、驚きはたいそう大きなものだったでしょう。

 おじいさんは、いったん魚を拾い上げはしたものの、得体のしれない魚を胃袋へおさめにかかるのは不用心と考えました。そのまま二尾をいつも使っているびくへ入れると、川へ戻していったのです。


 それからというもの、おじいさんとおばあさんが望むものが、夕方ごろに玄関先へ転がるという奇妙なできごとが断続的に起こりました。

 それらいずれも手をつけなかった二人。ある日、あえて玄関の戸を半紙一枚が通れるほどわずかなすき間を開け、陽が傾いてからはずっとそこから外をのぞいていることにしたのです。

 その日は鳥の肉が食べたいと、二人は話していました。実際、山の中へ入っても一羽の鳥も出てこない様子だったといいます。

 いよいよ、陽の光が弱まって風景が影の中へ順に沈んでいく中、いきなりぬっと、家のずっと前方に立ちはだかった新しい影がありました。

 歩いてそこに立ったわけではありません。あたかも地面から生え出たかのような現れ方で、先ほどまで見えていた川や森、遠くの山々さえも隠してしまいます。

 その幅、その高さ。村にある物見やぐらにひけを取らない大きさでした。のぞきこんでいるおじいさんが息を呑んでいると、やがて風が吹きつけてくるのを感じます。


 次の瞬間。

 そびえ立ったその影をよけるようにして、玄関の戸へまっすぐ飛んできたものがあります。

 鴨でした。そうだとおじいさんが分かったのも、一度戸にあたり、落ちたものをじっくりと見たためです。鴨はまだ手足をばたつかせるほどの元気が残っており、いまもまだかすかに家の戸や壁をそのばたつく足でこすり、音を立てていました。

 おじいさんが鴨から正面へ視線を戻したときには、もうあの背高のっぽの影は、どこにもありません。


 ひょっとしたら、あの影が老い先短い自分たちの希望を、かなえてくれようと動いてくれているのではないか。

 以降も何度か目にしたおじいさん、おばあさんはそう考えたのですが、やはり受け取る気にはなりませんでした。

 もし自分たちが取れなかったのであれば、本来は別の人の手に届いていたかもしれない獣たち。それをいくらあの影に悪気がなかったとしても、無理やりに運命を曲げて己がものにするのは、申し訳ない気持ちがしたのです。

 二人は影からもたらされるものを、一度たりとも自分のものとせず、自然のもとへと返していったのだとか。


 その気持ちが伝わったのか。かの影がある時を境に、めっきり姿を見せなくなりました。

 どこか安堵したのも束の間。二人はそろって重い病にかかってしまい、身体もまともに動かせず、横になるよりない二人。

 水などの蓄えはあります。這っていけば、どうにか口にすることもできましたが、困ったことに人を呼びにいく手立てがありません。

 二人の家は久しく客人の訪れがなかったのです。そのため、いま自分たちがこうして苦しんでいることを知る者は、近隣に住まっていないと思われました。

 日増しに具合が悪くなっているのを、二人は感じています。体中をさいなむ熱を感じながら、彼らが思うのは遠くに住まう息子たちの顔でした。



 その夜。

 家全体を揺るがすほど、大きな風が吹き寄せました。しきりに揺れる屋根、壁に目をやりつつ、二人はそれが壊れないことを祈るばかり。身体の言うことはほとんどきかなくなっています。

 ドンと、玄関の戸が大きく揺れたのは、しばらく経ってからのことでした。それは久しくなかった、鳥や魚がぶつかったときの音と揺れに似ていたのです。

 しかし、今回はそうではありません。痛がるような声とともに、家があることにたいして驚くのうめき。そして玄関を開けたのは他でもない、老夫婦の息子でした。

 息子の家族たちもおり、続々と中へ入ってきますが、夫婦には信じがたい光景です。

 ここと息子たちの住まいは、十里以上も離れたところにあり、来るときには先に手紙で、その旨が伝えられていたためでした。


 息子家族は夫婦の容態に驚き、看病と人を呼ぶことをしながら、事情を話してくれます。

 仕事も終わって、家族それぞれが眠りにつこうとしたところ、急に部屋の中に天を衝くような大きな影が現れたのだといいます。

 その正体をただす間もないまま、屋内にもかかわらず吹き寄せた強い風が、自分たちを押し飛ばしたのでした。

 背後には家の壁があるはず。にもかかわらず際限なく飛び続ける己の身体。前へ滑っていく周りの景色は、ほどなく暗闇の中へ閉ざされる……。

 やがて強くぶつかったときには、この家の前まで来ていたというのです。



 老夫婦はそれから三日後に息を引き取りましたが、その間に息子たちへこれまでの不思議な体験を語ったそうなんですよ。


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