幕間
続·断罪のその後
皇族不要論、民主主義その風が吹いている。
――皇族―― 皇太子が税金を使って女に貢ぎ遊んで好き勝手したのだから民衆の怒りが爆発するのも当然ね。
娘のソーナが言うには民が国の主―― 大統領、首相を選んだり、地方の領主を選んだり、政を担う者を選ぶと言う。
貴族、平民、貧富の身分の差なく、実力、指導力がある人が国を担える立場になれるというシステムだとソーナは言った。
そう言った人材を育てる為に子供には教育を義務付けた。我が国の言葉だけではなく、他国の言葉、文字、歴史、文化まで習わせ、義務教育が終われば、成績、人格が優れた者が専門課程に進み、高等教育を受けることが出来る。
そこで学んだ若者がハーティリア領を支えてくれている。
逆に使えない者、不正、悪い噂があるものは証拠を集め全て切り捨てるという冷徹ぶりであった。たとえ、代々幹部を排出した名家の者でも。
ハーティリア領はどの町であってもスラムが存在することは許さなかった。
治安の問題もあったけれど、もっと問題だったのは夜鷹――最下級の娼婦が産み落とす赤子やばら撒く病だ。
子供たちを救うにはスラムに蔓延る悪の掃討と清掃が必要だった。
子供たちが住める場所、職業案所、訓練所を作った。この案内所は誰でも利用できる。
領で成果を上げた全ては陛下、皇后様、皇太后様に進言した。
その為に敵対派閥出身のアネモネにもおもねる事を厭わなかった。その結果、アネモネの口から「我が儀娘」という心からそう思っているとわかるほどに言葉が優しかった。
我が目を疑った。
――ソーナは、その頃から皇国の延命とハーティリアとの独立を画策していたのよね。こうなると、フォーリアとアルフォンス殿下と仲間たちの方がソーナの罠に嵌められた、というのが真実味を帯びてきたわね。
そして、そうなるともう一つの真実が浮かび上がってくる。それは――
『ねぇ、レイフォン。貴方……本当にハーティリアの―― お母様とお父様の子供なのかしら?』
ソーナのその一言が発せられたのは朝食時だった。
旦那様も私もレナスも、控えていた執事のクロードもセバスチャンの父子、侍女のシータ、シアンの母子、ソーナとレナスの侍女であるアリシアとユウナは凍りついてしまった。
怒りを顕にしたのがレイの執事と侍従だ。
『何を言う! 僕は正真正銘、父様と母様の子だ!! お二人に無礼ではないか!!』
『いえ、私がいつ何処でお母様が不貞を働いたなどといいましたか? 私が疑ったのは貴方がハーティリアの子か、ということのみ』
『ソーナ。その発言の意味を説明しなさい。ことと次第によっては処罰をせねばならない』
『はい。きちんと今から説明致しますわ。お父様。お母様も』
『ええ。納得のいく説明をして頂戴』
『何も難しい話ではありませんわ。お母様が不貞を働いていらっしゃらないのに、レイフォンがハーティリアの子ではないという理由は、私の本来の弟はそこの者と取り換えられてしまったのではないか、ということです』
『取り換え……られた、だと?』
『はい。そうです。悪しき妖精によって取り換えられた取り換え児ではないのですか』
目眩がした。
『何故、氷属性のハーティリアと水属性のお母様から生まれた子が火属性の魔力を持って生まれたのでしょうか? レナスは水属性ですが氷に変化させることも出来ました。いわば、ハーティリアとお母様の遺伝子と才を余すことなく継いでいるのはレナスです。レナスとレイフォン、どちらが次期当主に相応しいかは明白』
『たとえ、貴女がいうチェンジリングだというのが正しかったとしても、レイフォンは私たちの子よ』
『それは、本当に? レイフォンと本来名付けられるべき子が、貧しい暮らしを――いいえ、それよりも酷いスラムで薄汚く襤褸を纏い、痩せこけていても同じことを言えますか? この豪華な朝食も服もその子が得られた筈のもので、お父様とお母様の愛情も温もりも、その子が与えられていたはず……』
『なっななななな!! 貴女こそどうなのです!! 魔力無しの無駄飯食らいの家畜風情が!!』
激昂し、彼はタイを解き、ソーナに投げつけた。しかしそれはソーナに届く前に―― ゴトリ、とタイが出すような音出ではない音をたててテーブルに落ちた。
『確かに私は魔力は無い。けれどこの通り、ハーティリアの始祖様であらせられる聖女と同じ精霊術が使えるわ』
テーブルには氷塊が冷気を放っていた。
皇族でも顕現する者が居なくなった精霊の力。それをソーナが……?
『また怪し気な方法で!! それが小賢しく狡賢い貴女の手段だ!! 父様! 母様、この様な賤しき豚の戯言になど騙されないで下さい!!』
『はぁ、やはり貴方は愚かね。まぁ、それもハーティリアの子では無いのだから、気品も冷静さも知性も感じられ無いのも致し方がないのですが、そんなに証拠が見たいなら見せて差し上げます』
冷静に冷淡にレイフォンに言葉を返すとドレスを解く。
ソーナの裸体に浮かび輝くのは――
『精霊紋。腕の紋様は精霊術回路。背中に広がる紋様は精霊紋。精霊の存在の核を示す紋様』
美しく緻密で繊細な模様だった。
素早くアリシアがソーナにドレスを着させる。
このことは口外禁止となった。
しかし、レイフォンの侍従が喋り、レイフォンの噂は邸に広まり、半ば真実と化した。
ソーナと競わせ、失敗した開拓村。決闘で為す術なく不様に負けたことが、ソーナのチェンジリング説を加速させた。
誰もがレイフォンを簒奪者と見做す様になった。
それが冷めるまでレイフォンをブラッドストーンに預けたけれど、ブラッドストーンでのソーナの評価、いえ、あれは信者よね。それにも負けた。
学園でも比べられ、折れた心の拠り所――依存したのがフォーリアだった。
行動が目に余る様になっていた。
旦那様も私も、息子を廃嫡しなければならなくなってしまった。
実際にソーナはチェンジリングを―― 本当の子を見つけた。どうやって見付けたのかと問えば、精霊とその枝族(基となる精霊の属性を継ぐ精霊のこと)の数にものを言わせて、格下の妖精にお話をしたという。
――完全に脅しよね。
あの時、旦那様も私も呆然自失となった。その子の手首には魔力の暴走を抑えるために、私たちが贈った魔道具のブレスレットが巻かれていたからだ。
それに動揺し、レイフォンは禁忌を犯した。まだ幼い生まれたばかりの精霊―― 聖霊を殺めてしまったのだ。力が弱っている親もろとも。
悪しき妖精として妖魔として、聖女と教会の名の下に。
それに激怒したのがソーナだった。宣戦布告もなしに進軍。法都を包囲するように軍を展開。おざなりの宣戦布告。超長距離からの徹甲弾での砲撃。焼夷弾を用いた空襲。
半日で戦とも呼べない戦は終わった。教会の総本山も聖騎士団は存在したが、剣を交えさせて貰えず、そんなヒマも与えられず全滅した。
そして教会を“騙り”、“偽”と断言、反抗するものは一切合切、老若男女問わず容赦無く、関係者、住民関係無く無差別に町ごと薙ぎ払う。焼き払うと、未来の皇妃が断言、それを陛下も認めたことで失墜。教会の拠り所は皇太子が認めた聖女フォーリアだけだった。
そしてソーナの断罪劇。その教会の残党はファルシャナ方面へ逃れるように誘導した。町に村に入れず、ろくな飲料水と携帯食を準備出来ず、夜営の準備もないまま昼夜の寒暖差の激しい砂漠を越えることが出来るかどうか。
そして精霊術士のソーナが認めた真実の教えを守る、真教会がフォーリアが真なる聖女か否かを判断する為に試練をアルフォンスと仲間たちに課した。
処女性調査、異端審問を経て霊峰にて、その身一つで一年過ごし、戻ってくる。彼らを霊峰へと登らせて結界を張って期限まで閉じ込める。
【深淵の大罪】を斃すための魔力料と強度を得るため、過酷な旅を耐え抜き、完遂するための精神力を得るための修行。
ローゼンクォーツは終焉を迎える。冤罪による死刑。アルフォンスたちが作った多額の借金。細々としたものをソーナに払わなければならない。だが、その資金源である国庫は空である。
国民がそのツケを支払わされる。
皇族は、その永い歴史に幕を下ろす。
ローゼンクォーツは他国のものとなる。