ファルシャナ商人
私は腕を組んで貴賊がレナスに対してどういった短略的暴力を見せるのか楽しみにしていた。
――レナスに触れる寸前にぶちのめす。
そう、構えていたのだけれど――
「すまないが、どいてくれないか」
貴賊の後から褐色の手が伸び彼らの顔を捕え、まるで重い扉を左右に分け開く様に腕を左右に勢い良く広げた。
貴賊の取り巻きが地面と平行に滑る様に飛んで行く。
「き、貴様、尊きハーティリア公国貴族に向かい無礼を働くとは覚悟は出来ているのだろうな!!」
「ふっ。尊きハーティリア公国の貴族が聞いて呆れる。貴様こそこの公国の主である国王の声を理解できているのか?」
鼻で嘲笑し、貴賊の三男を見下ろす。
――やはり、背が高いと圧のかけ方が様になるわね。
仕込みナイフブーツを履いているアリシアと同じか、少し高いくらいだから155あるか無いかくらいかしら?
因みに私はこの国の女性よりも高い163である。10センチ以上も高ければデカ女である。
因みにお父様は178、お母様は158、レナスはアリシアと同じだ。
そして、男爵家三男に威圧を放っている彼は186はある。
「それがどうした!! 覚えているとも!!『(魔法貴族)民は国、(魔法貴族)民は城、(魔法貴族)民は防壁、(魔法貴族)民は堀』だろう!! 我ら選ばれし魔法貴族、情けで魔法使いたちに発信されたハーティリア王の尊き御言葉を我らが忘れる訳が無いだろうが莫迦め!! これだから砂だらけの誇りまみれの薄汚れ――ぶるぁ゛んめ!!」
私は身体強化と精霊術の特殊な歩法で、跳躍し、莫迦な貴族のどや顔に抉りこむような拳での一撃を見舞う。
一撃を放った姿勢のまま、褐色の彼を見上げて微笑む。
彼は驚きの表情を浮かべてからひとしきり笑う。
「これは失礼した。勇ましくも美しいお嬢さん」
「いえ。何処の何方か存じあげませんが、こちらここの国の恥から可愛い大切な妹を助けて下さりありがとうございました。妹が危ないというのに足が竦んで動けなかったのです。レーナ不甲斐ない臆病なお姉ちゃんでゴメンね」
「は、ハイ。姉しゃん。ワタシこそ無茶をしてしまいましゅた」
あっ、慣れない言葉遣いで噛んだ。かわいい。でも駄目よ。街遊びの時は完璧に街娘の役になりきらないと。この私のようにね!! 見て、誰もが私の完璧な役作りにハーティリアの娘だって気付いていないでしょう? フフン。
私はレナス共々姿勢を正し、改めて礼を述べようと褐色の彼に向き合うと、彼は肩を震わせいる。
「あ、足が竦んで動けない女子がする身のこなしでは無かったぞ? 惚れ惚れするような見事な拳撃だったぞ?」
「何がそんなに可笑しいの? 街娘ならばこれくらいの護身術を身に付けているのは当然の嗜みよ。治安がいくら良い中央都市とは言え、さっきの様な連中が少なからずいるんですから、当然でしょ?」
「いや、そんな娘は我が国では聞いたことも見たことがない」
「それは意識の違いでは? 我が国の国主様は女性の地位向上、社会進出を推していて、旧態依然とした男尊女卑―― 性別を含め、いかなる差別をも無くそうとなさっておられる立派な国主様ですから、その為には女性の護身術は必須との仰せで、若い世代の者や、わたしたちのような平民の通う学舎の生徒は授業や冒険者ギルドなどでの講習に参加しているの」
「なるほど、ハーティリア公国が人種の坩堝と揶揄される理由がそれか」
「ええ。そうよ。だからこそ様々な人材が揃っていて発展をして新しい文化が生まれて、この国は豊かなの」
「移民を受け入れられるだけの肥沃な大地があってこそだな」
「外を一歩出れば街道が一本だけ伸びる大平原と森があるだけだもの。自然の領域を侵さない様に村、町、都を造るのは当然でしょう」
「砂と嵐、昼と夜の寒暖差が激しいファルシャナには出来ないことです」
私の言葉にファルシャナ商人の腹心の部下が不快感をあらわにする。
「そうだな。住める土地もオアシスにも限りがある。命を支えるオアシスも年々干上がっていく一方だ」
ファルシャナ商人の彼の言葉の通り、ファルシャナ命運は残されたオアシス―― その水源の残りの水量に掛かっている。
――けれど、ファルシャナのオアシスの水源を満たしているのは精霊のはずよね。ローゼンクォーツ皇国の様に精霊は忘れ去られてはいないはず。
ファルシャナ国の砂漠の反対側は海だ。
――水は水でも飲めないものね。