カーニバルで出たゴミは奇麗に片付けよう
あれから一月。
ローゼンクォーツ皇国は傾国の一途を辿っている。
瘴気を払い魔を討つ聖女とアルフォンス殿下と絆で結ばれた愉快な仲間たちは霊峰での修練が終わらないのか、終えられないのか未だに下山の報せはない。
私としては野生に返った説を推したい。
まぁ、それはさて置き、パーティリア領は特殊な立ち位置と成り立ちがある。パーティリア公爵家の始祖である大聖女様が治めた地であり、一つの小さな国だった。
しかし始祖様から数百年後に世界の厄災である七柱の大罪の怪モノが復活した際にローゼンクォーツと盟約を交わして、ローゼンクォーツの中の領国と成り、それを忘れた皇国の帝と国民、そして領民と一領として盟約を結び続けてきた歴代当主。
ここ近年―― 私が実際に目にしたのはお祖父様とお父様の代であり、彼らを支えている妻たちであったけれど、皇后様が皇妃の、その位についた辺りからパーティリアやブラッドストーン家への嫌がらせが増していき、パーティリア公爵領の特産米を米粉にした惣菜パンや菓子パン、さらに“飯”が注目され、人気が出ると、難癖や起源がどうの、契約違反だ罰則金を払えと恫喝してきたり、技術を寄越せ、ただし金は払わんからな、と頭のおかしいことを言われたりで、私の堪忍袋の緒が切れたのだ。個人的にも皇太子に冤罪を作られたりしていたから独立には―― 独立宣言をするには丁度良かったのだ。
独立のための戦争だった。
盟約を破り彼らから宣戦布告なしに戦を仕掛けてきたのだ。
戦は直ぐに終わった。誰かが言っていた。戦とは始める前には既に終わっているのだと。
私がいない場合はお父様の指示に従い動いたのだろう。
海や港は戦艦で封鎖。陸戦などせずに魔法も届かない遥か上空からの脅しの空爆。火災旋風の一つでも起きれば心が折れたに違いない。
向かい合ってのルールに従う戦争が常である後方支援や兵站の概念などがない相手故に囲んでしまえばいずれ、渇き飢えて内部で崩壊を始める。
「終わりました。ソーナ様」
「ありがとう。今日も完璧ね」
「それが私の誇りですから。朝食の準備も終わったようですし、参りましょう」
食堂には既にお父様とお母様と妹のレナスが席についていた。
「おはよう御座います。お父様、お母様。おはよう、レナス」
「ああ、おはよう。ソーナ」
「おはよう。ソーナ。貴女も早く席に着きなさい」
私はレナスの隣の指定席へと着席。
「おはよう御座います。お姉様」
我が妹は今日もかわいい。
今日は朝からカレーシチューだ。スパイスの香りが運ばれて来た。
シルバープレートの蓋が外された。
夏野菜のカレーシチューだった。それにしてもお父様。
――朝からコートレット《カツレツ》カレーですか。
朝からカレーシチュー。シェフも強気に攻めて来た。
ブレスケアに口臭、歯磨きはきちんとしなければならない。
「確か豚ヤローに勝つ、カレーは華麗に勝つ、だったか」
「はい……」
お父様が令嬢が使うべき言葉ではない、と軽く睨みを効かせてくる。私は気まずくなり目を逸らす。
軍部の特戦遊撃隊の総司令でもあるお爺さまに、士気向上の勝利飯を考案して欲しい、との依頼に豚カツ、牛カツ、カツ飯、カツ丼、串カツ、カツカレーを提案し、言葉遊びとともに作った。
豚ヤローに勝つ。愚鈍なものに勝つ。勝つ飯。ドーンと勝つ。豚ヤローを、愚鈍ヤローを矢、槍で串刺しにして勝つ。頭脳戦、戦略、魔法で優雅に華麗に勝つ。カレーにカツは少し遅れてだけれど。
箸が転がっても盛り上がれるのでは、と言った私が引くくらいにお爺さまも部下も熱く盛り上がり喜んだ。カツカレーをのちに作れば、貴女は神か!? と驚かれた。驚いたのは私だ。神か、と驚かれ、何故か敬われた私。その内側で神格が回復したのだ。
士気は爆上がり、いくつかの争いに勝利し、金星を新人に、強い相手に大金星を上げるまでになった彼らから必勝の戦女神とか金星の女神なんて言われて、完全に覚醒したわよ。私の前前世である、女神だった頃の、男神に簒奪されたはずの力が。
人の器に女神の力は毒になる。過ぎたるは及ばざるが如し、だ。ただ、まぁ、半人半精霊のこの身体故に聖霊、出力を上げれば星霊だった頃の威力は出せる。
ちなみにカレーはそれ以前に観艦式の後の海軍祭にてお爺さまに訊ねたのだ。海軍カレーはないのですか? と。
まぁ、当然、答えは否。それはそうでしょう。だが、万が一ということもあり、一応聞いたのだ。
商機は逃しません。私のやりたいことをやりたいように行うには、大金が必要だったのだ。実際、鐡の戦艦を1艘健造するのに目が飛び出るほどの莫大な資金が溶けた。
まあ、既存の木造戦艦より速く、砲撃距離、正確性に勝り、その木造戦艦も最新だったのだが、それを粉砕、炎上させ轟沈させた我が戦艦の威風に誰もが畏怖し、恐怖した。
その砲撃が町に向けられたら? 魔法も木造戦艦の砲撃も届かぬ射程外から、超長距離から一方的に連続で射たれたら? と。
閑話休題。
「力を付けて挑まなくれば一日やってられない」
食糧危機、不作、魔モノ、流行り病。お父様の許へ食料、軍隊と支援隊派遣、ワクチンなどの要求がローゼンクォーツ皇国皇家、宮廷貴族、各領地を治める領主、貴族たちから届いていて日増しに、その要望は肥大し厚顔無恥なほどに図々しい内容となっている。
「ご自慢の高貴なるホワイトブレッドはがあるのではないですか?」
「ソーナ。駄目よ。貴女、解っていて言っているでしょう」
「卑しい米など口にしなくとも、お菓子を食べれば良いのでは? 黒聖女様が考案なされたというアレが」
「アレは聖女が考案し人々に振る舞った。それを支援したのは教会なのだからと、抱え込んで自分たちで独占しているのよ」
――ああ、敬虔なる教会の信徒ならば解るよな、ってやつかぁ。お菓子の対価は金か身体のどちらかね。
酒池肉林、淫蕩に耽る彼らの考えそうなことだ。
「そちらからも理不尽な内容で届いていているな。神に逆らう叛逆者だとか」
「そちらは私が――」
「何もするな」
「何もしないで、ね?」
「何もしては駄目です」
「いえ、わた――」
「少し小遣いをやろう。アリシアとともに街へ出掛けなさい」
「貴女が次はどんな面白い物や美味しい物を作るのか、私は楽しみにしているのよ? ね、貴方」
「ああ。セシリアの言うとおり、私も楽しみにしている。フム、資金が足りないようなら私が出そう」
「では、私からも。クロードお願いね」
「畏まりました。ではなるべく早く、迅速にご用意致します。ソーナお嬢様。それまで何卒大人しくお待ち頂ければこのクロード、幸せでございますれば」
お父様たちが全力で止めてきた。
「お姉様と久々の街遊び。楽しみです」
レナスに強く手を握られた。逃さないとでもいうように。
「少しお話合いをするだけなのですが……」
誠心誠意、全身全霊で説得するつもりだ。語り合えば話し合えば人は解り合えるのだから、今回も解ってくれるはずだ。解って貰えなければ理解して納得してもらえるまで語り合えば良いのだから。
私たちには原始から話し合う術を持っているのだから。
私は拳をもう片方の掌に打ち付ける。パン! という小気味な良い音が鳴る。
うんうん。私の拳も絶好調。勝利を掴めと熱いウォー・クライを叫んでいるわ。
フフ。ほら、天高く轟いているみたいだわ。
原始の話し合いとは拳で語り合うことだったと思う私である。拳で語り合い、理解し、納得させ受け入れさせて来たのだ。
「(立場とどちらが勝者か)解って貰えてると思っていたのですが、どうやら理解が足りなかったようなので、今一度説得に向かおうかと考えていましたが、そうですか、とても残念デスね」
「そ、そうだな。ソーナが行けなくて先方も残念がるだろうが、仕方がない。私が代わりに受け持とう。レナス、二人で存分に心ゆくまで楽しんできなさい」
「お土産話をお母様にたくさん聞かせて頂戴ね」
「は、はい! 勿論です。ハーティリア家の次女としてこの使命、身命を賭してでも果たしてみせます!!」
――うーん。ただの街遊びにそこまでの使命感は流石に重いわよ?
「お姉様、今日は目一杯楽しみましょう。ね!!」
「え、ええ。そうね」
妹からの圧に引き気味に頷く。




