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プロローグ

はじめましての方も、こちらに来てくださった私のこれまでの小説の読者様もこんにちは、こんばんは。


目次にも書きましたが主要人物は『青き薔薇の公爵令嬢』から引っ張ってきたifのお話です。

ですが、『青き薔薇の公爵令嬢』を読まないでも、この小説単体で楽しめるようにしたいと思っております。


ですが、まぁ、暇だし、暇潰しに読んでやるよ、という奇特な読者様がいらっしゃれば、私は嬉しい。

 市中引き回し――――


 『私』は今、馬が引く荷車―― と言っても檻を取り付けた荷車なのだけれど、囚われた『私』を乗せ、最期の舞台となるこの国の皇都―― その中央広場へと向かっている。


 何故『私』が囚われの身の上かと説明すると、『私』が皇族に楯突き、批判し非難をして、なおかつ国庫の財を使い込み、横領した罪、という事で実家がある領地で休暇を過ごして居た処に、捕縛隊の騎士に取り押さえられ、此処までこの状態で連行されている。


 そんな悪女を一目見ようと家の窓から身を乗りだし、また屋根の上に登ってまで見物しようとする者達で溢れていた。


 なにせ街頭も見物しようと人が並び、中央広場まで続く目抜通りは人々でごった返していて、屋台を出している者もいる。


 さらにその屋台に列を成しているという状態。


 中央広場前に荷車が止められて、アズライト教の神官が檻の扉を解錠して入って来る。


 神官は私とは目を合わせず、魔祓いの祈りを唱えながら、捕らえられてから着けさせられている首輪に付いたリングに鎖を取り付け、足早に私から距離を取る。


 腕は背に回されて、両手首に枷を嵌められ、両手首は鎖で繋がっていて、両足首も同じ。


 数週間ぶりの檻の外。


 『私』は澄みきった蒼穹を見上げた。


 ――……後、何れだけこの蒼穹を見上げる事が出来るのかしらね)


 最早『私』が知るところでは無いのだけれど、元この国の民として、この国とともに心中するしか道が無い者達を憐れむくらいしてあげるわ。


「さっさと歩け! 『淫魔』めっ!!」


 さっきまで怯えて魔祓いの聖句を唱え、神に祈っていた神官が、『私』から離れたとたんに強気になる。


「――くっ」


 グイッ! と鎖が引っ張られて首がしまり、息が詰まる。強い力で引っ張られたために足枷をされている足がもつれ、よろめきかけましたが、なんとか堪える事が出来たのだけれど、再度引っ張られ、『私』は歩を進める。


 引っ張られたから歩いているのでは無い、という態度で。


 すると強気になっていた神官の顔が青褪めた。


 ――それにしても言うに事欠いて『淫魔』――ですか。笑わせてくれるわね。


 本当に笑わせてくれる。


 『淫魔』――『淫・靡な容姿で人を誑かし、媚びを売るしかない魔・法の使えない女』の略。


 魔力の無い女性を揶揄する蔑称として使われている言葉。


 自分達の教義の外にいる『異端者私』を彼等は恐れている。善くも悪くも神秘に満ちた魔法世界。


 学園で学べる者は魔力を持つ持たないは関係無く貴族の子息、令嬢は通うことが義務付けられていて、平民は試験に合格すれば通える。ただし金貨30枚で、という条件があるのだけれど……。


 学園で学ぶ魔法士を『準魔法士』。


 これは『見習い魔法士』だと格好がつかないから。


 卒業して漸く『魔法士』と名乗れ、魔法を研究し、その極地を、真理を探求する者を『魔導士』と呼ぶ。


 これ等からもわかる様に、この国―― ローゼンクォーツ皇国は魔法貴族主義の国。


 魔法が使える者は『天』から祝福された『才』ある者、魔力が無い者は『天』から祝福されず見放された『才』無き者。


 故に魔力が無く、魔法が使えない者は、魔法士・魔導士様・に媚びを売って、ご機嫌を窺い、奉仕して誠心誠意尽くし、敬って漸く恩恵を受けられる。


 何もかもが魔法で解決出来てしまうから、学術の発展が進捗せず、進歩しないままローゼンクォーツ皇国は何百年という時間を停滞したまま在り続けている。


 それでも国が保たれているのは魔法士・魔導士様々なのだけれど、滅びへの道を作り出したのも魔法士・魔導士達である事に変わらない。


 それを理解していない彼等は増長し、傲慢に振る舞い、魔力が無く魔法を使えない者を家畜と揶揄する様になった。


 魔力が無い者は卑屈な態度で、それを受け入れてしまっている。


 魔法士・魔導士の態度をまるで咎めるかの様に、強力な魔力を宿す者が生まれなくなって来ているし、これまで中級の上位、上級の下位魔法士・魔導士の域を出なかった者達が一流と呼ばれる様になった。


 そして、そんな者達を嘲笑うかの様に、現存する魔法では対処が出来ない天災、疫病、農作物の不作、飢饉と、ここ数年立て続きに起こり、ローゼンクォーツ皇国は悲鳴を上げる事態と陥り、政治の中核は事態の収拾が出来ずにいる。


 ――お父様が不眠不休で対処していますが、鼬ゴッコ。そんな中で『私』はいったいこんなところでなにをやっているのだろう。


 忸怩たる思いで唇を噛む。


 ――それでも、八年前から、お祖父様お二人とお父様、お母様に協力していただいて対処して来た甲斐がありましたわね……。


 『わたし』が知っている知識を書に纏め、領民の意識改革を進め、必ず守る様にと徹底して来た。


 そのお蔭か、ハーティリア公爵領の被害は最少に抑えられた。


 それは他の領地とは比較にならない。


 また、ハーティリア公爵領と、ハーティリア公爵家の運営、維持費を分ける様に徐々に舵を切り始めた。


 その為にハーティリア公爵家独自で商売をする事に。


 お母様には『わたし』の作った甘味を社交界に持参していただき、ハーティリア公爵家独自の銘菓として広めてもらった。


 ハーティリア公爵家の菓子、と直ぐにわかり、他に真似の出来る物では無いと証明する為に、ハーティリア公爵家の紋章であるハートと青い薔薇の形をした和菓子『練り切り』を。


 その後、包装箱、包装紙にハーティリア公爵家の紋章を印した物を用意し、更に『練り切り』の形も増やして売り出した。


商売の素人の『わたし』が成功をおさめる事が出来たのは、この世界のアンバランスさのお蔭とも言える。


 調味料や食材は豊富なのにも関わらず、調理法が滅茶苦茶で、なんでこの料理にこれを使い、野菜をこんな切り方にするのよ? と料理人に言った覚えがある。


 だから言い方は悪いけれど、考える事、研究する事を放棄している料理人の隙を突かせていただきました。


 お母様が主催のパーティーに『わたし』が作った料理をお出ししてもらい、好評だとわかると、お祖父様にお願いしてカフェを開いていただきました。


 お母様が社交界で与える影響が大きいのだけれど、ハーティリア公爵家もハーティリア公爵領も潤ってます。


 領は発展と豊かさを見せ、全て、とは言えなくとも貧民街の状況も改善を見せ始め、治安も他の領地とは比べ物にならないくらいハーティリア公爵領の治安は良い。


 ――これも全て、とは言え無いのだけれど。


「――――ッ!?」


 『私』が『わたし』として考え事をしていると、『私』の頭に何かが投げつけられ、手で衝撃があった箇所に触れると、ヌルッとした感触が指に伝わる。


「生……卵」


 『私』は髪に残る卵の割れたからを摘まみ、取り除く。


 ――なんて勿体無い事を……。この卵の栄養でどれだけの飢えを救える事か……。嘆かわしい。


 この瞬間――『私』に投げ付ける為だけに卵を国民に渡しているのなら、それを考え、命じた者の気が知れないわね。


 それを国の財源でやっているのだから救いようがない。


 この行為の結果を皇帝と皇后が思い至らない、次期皇帝の座に就こうという皇子が率先しているのだから、思わず嘲笑が漏れそうになってしまう。


 国民も手に持つ卵が食べられる物だという事を忘却の彼方に追いやってしまったみたいね。


 ――食べられる物を手にいれているという現実を棄ててまで、『私』の死をそれだけ楽しみにしているのね。


 度し難い……。


 公爵令嬢に卵が投げつけられた事実、それを皮切りに『私』への罵倒と共に、小麦粉を水で溶き、ドロドロになり玉になった物、怨嗟と共に泥団子を箍が外れた様に次々と投げつけられた。


 ――『私』がアナタ達に何をしたというの?


 自慢の髪が……お母様譲りのピーチゴールドの髪が、あぁ……白濁と泥と土の色が混ざり、斑模様に穢れていく。


 涙が零れそうになる。悔しさで一杯になる。限界は越えている。


 ――……けれどまだ駄目よ。耐えなさい『わたし』。


 漸くたどり着いた中央広場の中心に造られた舞台という名の火刑台。演目は『断罪』。


 『私』は一歩、一歩階段を登り、舞台へと上がる。


 元々が演劇場も兼ねて造られた広場。


 すり鉢状の舞台の観客席は観客で溢れている。


 貴賓席には『私』の家族の姿。


 ――お父様、お母様、レナス。『私』は耐えるから。だから『私』の最後まで―― 私の最期の時まで耐えてください。


 『私』は『私』を大切に思ってくれている家族、『私』を信じてくれている方々に対して酷な事を願う。


 『私』が磔られる柱の前――つまり舞台中央に立ち前を見据えると同時に観客席から一斉に石が投げつけられた。


 覚悟していても痛い。顔を顰めそうになる。


 お祖父様やお父様、お母様、それに『私』専属の侍女やハーティリア家の侍女達から『ドールの様な魅惑の瞳め』だと言われる。その瞳に強い意思を込めて真っ直ぐと前を見据えて胸を張る。


「アナタ達がどんなに『私』の身体を汚し貶めようとも、『私』の心! 『私』の矜持までは何人であろうと汚せはしないし、汚れはしないわ!!」


『なら、俺達が毎日可愛がってやるぜ!!』


 なんて品の無い叫びに便乗する輩が次々と卑猥な言葉を浴びせてくる。


 ヨレヨレの薄いワンピース、それだけが『私』の裸身を隠すも唯一の物。


 手から少し零れるくらいには豊な胸を強調する。


 厭らしい視線が『私』の身体に絡み付く。


 侍女達からは『ドールの様な魅惑の瞳』と言われるけれど、ややつり目、猫眼とも、そして眉毛は上がりめのストレート。そんな目元の評価は実は幾つか評価がある。


『強気で涼しげな雰囲気』これは一番仲が良かった娘の評価。


『冷静で感情に溺れない可愛げの無い眼』『心を見透かされそうな眼』これは、貴族の男性とその子息の評価―― つまり悪評。


 だから『私』は『強気で冷めた瞳』で彼等を見据えると誰も『私』と眼を合わせようとしない。


 司教が舞台に上がり、腕を広げると観衆が静まる。


 ――今頃静めても彼等は手遅れでしょうね。絶対に侍女達が黙ってないもの。それにしても……司教の手振りだけで静まるなんてよく調教がされているわね。


 司教でも魔祓いの祈りを唱えて『私』と眼を合わせようとはしないのね。


 なんでも『私』と眼を合わせると魅了され、怪しげな舞いに魂を囚われてしまうらしい。


 この怪しげな舞いとは、『フィギュアスケートのアイスダンス』の事なのだけれど……。


 ビスチェとペティコートを合わせて作らせた特注のドレスで滑ってたのよね。


 あの時は皆を驚かせ、公爵家のお嬢様にあるまじきはしたない姿、と叱られたけど凄く説得と説明をして理解してもらいました。


「『私』の様なドレスではなくとも専用のドレスを仕立て、新たな社交場のダンスとして取り入れてみてはいかがですか?」と。


 その結果、お母様の社交界での地位が揺るぎ無いものとなった。


 「――以上が『淫魔』ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアに対する罪状。故にアズライト教は教義に基づき、ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアのありとあらゆる『欲』に穢れた肉体、魂を浄化するには聖なる炎による『火刑』が相応しいと具申いたします」


 私が『わたし』の前世を回想している間に、私の罪状が読み上げられていたようね。


「ウム。……ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリア、そなたの罪に相違ないか?」


 審判官が私の罪を問うてはきているが、その目には早々に罪を認めろ、と彼の中で私の罪は確定している事実、という訳ね。


『スターチスの指輪』では『私』が囚われた事を実にあっさりと『夏の長期休暇にソーナ・ラピスラズリ様が捕らわれた、と風の噂で聞いた。』と、今の様な青空の背景の中、そんな一文で綴られ、『私』の最期は『今日、ソーナ様が断罪されました。』と、『私』の死は片付けられていた。


 それに、主人公のシナリオも何故か雑な終わりだった。


 嵌まっていたから途中が良かっただけに、最後はスチルの美麗さで誤魔化された感じがしたのと、強引に終わらせたと感じた。


 だから『私』のシナリオを綴っていこう。


 天が定めた『運命』が導く『未来』を、死ねと生まれ持った『天命』を覆す戦いを――


 ――さあ、カーニバルを始めましょうか。


「いいえ、私に問われなければならない罪などありはしませんし、受けなければならない罰もありません。故に謂われ無き罪と罰に首を立てに振り、認める事など私には出来ません」


  私が堂々とした態度で前を―― 貴賓席に座する皇族、そして宰相である父、セージ・ジュード・ハーティリア、母、セシリア・ローゼット・ハーティリア、そして妹のレナス・フローライト・ハーティリア。


 皇族と父の間に立つのは母方のお祖父様、グラディア・アゲット・ブラッドストーン。


 お祖父様は『特戦遊撃部隊』の総隊長を務めていらっしゃいます。


 そして皇族席の端に立っていて、私の態度に侮蔑の視線で見下ろしてくるその口許は嘲笑を浮かべている銀髪の男性は愚弟―― レイフォン・カルセドニー・ハーティリア。


 憐れな弟。


 改めて前を見れば、お父様はこめかみに青筋を浮かべていますし、お祖父様は剣の柄に手が掛かり、直ぐにでも抜剣して部下の方々に私を救出せよ! とでも言いそうです。


 しかし、何より怖いのがお母様が浮かべている微笑み。それはこの状況を作り出した者達へと向けていらっしゃる! 目には笑みが宿っていないのに微笑みを浮かべているのだから、怖い……。


 ――愚弟は温情で廃嫡、最悪、遠島えんとうは免れないわね……。あぁ、レナス……。妹に悲しそうな顔をさせてしまっている姉を赦して……。


「もし、私が罪があるというのならば其れは、お父様、お母様、お祖父様、妹に心労と心痛を与えてしまった事。公爵家、宰相職、軍総隊長である父やお祖父様のお立場、公爵家の妻である母には迷惑をかけたとは思っておりません」


 私の反論に司教と審判官、皇族、その関係者、ついでに愚弟が怒りを顕すも、私を咎める者は他にもいる。


 勿論、観覧者である民衆達が私に石と、ありとあらゆる呪いの言葉と共に投げ付けて、私を傷つけようとする。


 自分の手を汚そうとしない皇族、貴族様は傷付く私を愉快そうに高みの見物と洒落込んでいる。


「ほう……それはどう言った理由からかな? お前は――――」


 ピクピクとこめかみを痙攣させる審判官。その言葉を遮ったのはこのローゼンクォーツの皇子。


「――フォーリアが悪いと言いたいのかっ! 不敬だぞっ! ソーナ……貴様、惚とぼけるな。忘れたとは言わさん。もし、忘れたというのであれば、己の胸に聞いて見たらどうだ?」


 クスリ、と嫌味な嘲笑を浮かべる。


 ――それは頭に行く栄養が胸に行っていると言いたいのかしら?


 ――確かに、フォーリア・サードニクスは……残念よね。


 それから比べれば私の胸は大きい。


 だけど、掌から少し零れるくらいなのだけれど……。


 今ので何れだけの女性の支持を無くしたのか解っていないのかしらね?


 ゲームでは俺様系で格好良く知性も有り、頼りになる皇子様だった筈……。何故こんなにチャラいだけのダサい俺様系になったのか……疑問よね。


 民衆がざわついている。何せ婚約者の私より見知らぬ少女を庇い、あまつさえ不敬とまで言った。


 この混乱を利用させていただきます。


「――私がアルフォンス様の恋人・・であらせられるフォーリア・サードニクスに対し為した事と言えば――」


 私は婚約者である皇子の言葉を即座に否定する言葉を、抑揚を付け、民衆に向けて聞かせる為に声を張る。


『どんなに状況が厳しくても凛とした瞳で前を見据えろ』


 『私』は『わたし』だった時の言葉を胸の中で唱える。


 ――大丈夫。私はやれる。


「――貴族として、淑女としての礼儀を諭しただけですわ。それの何処に罪がありましょうか。まして皇族でもないただの伯爵令嬢|様・に対して、ただの公爵・・令嬢である私にどんな不敬がありましょう」


 観衆が石を投げ付けようとしていた手を止め、驚愕した顔で私とアルフォンス様、とその隣の少女、フォーリア・サードニクスを見る。


「私の何処に恥ずべきところがありましょう。私には何一つとして恥ずべき事は致しておりません。ですが、もし私にその様な行為があった、と仰られるのであれば、どうかお教え願えませんか?」


「皇族にまた楯突こうというのか! 不敬であると思わないのかっソーナ・ラピスラズリ!!」


 確りとした私の返答を不敬と断じたアルフォンス様のヒステリックな叫びに、フォーリアがうっとりしている。


 ――勇ましく、自分の代わりに怒り、庇ってくれた……といった風に映っているのね。貴女の瞳には……。


 私は視線だけでお父様とお祖父様を思い止まらせる。


 ――お、お祖父様、今、煌めく白刃を見せましたよね! お父様もお祖父様に剣をご所望なされないで……。


 お祖父様が鞘から剣を抜こうとし、鯉口と鍔の僅かな間に白刃が煌めいた。


 パチン、とやけに静かな何かを閉じる音、そちらを見ると――

 ――おおおお母様が、扇子をお閉じになられたーーッ!?


 私は此方に慌てた、大いに慌てました。


 お母様が冷笑を浮かべて扇子を弄び始めた。


 合気鉄扇術に似た業わざをお母様は極めている。


 私は視線と表情で三人を諌める。


 レナスがお母様のドレスの袖を引っ張る。その表情がプクっと頬を小さく膨らませ、駄目ですお母様! と物語っている。


「……フォーリアが辺境の男爵家からサードニクス伯爵家に養女になったと聞いた時、随分と様々な事を言ったらしいな」


 フォーリア・サードニクスの頭を撫で慰めながら、アルフォンス様は声を舞台全体に響かせる。


「……はい。ですが何時もアルフォンス様が側にいて慰めて励まして下さいましたので、わたしは大丈夫でしたし、怖くはありませんでした」


「それならば良かった」


 二人は優しく寄り添い頬を染め合う。


「では、アルフォンス様、私がどの様な事をフォーリア様に言ったのか具体的に仰って下さいませ」


 この状況と話の流れと、その行き着く先が全く解らない観衆はこの三銅貨芝居の恋愛劇に呆け顔で見ている。


 私の断罪劇から一転、恋愛劇になれば、ね。


 それに婚約者がいて、婚礼も挙げていないにも関わらずに、他の女性とじゃれついていたと、不実、不義理を働いたという事をアルフォンス様は大々的に暴露する事となり、私は国民に対して恋に現を抜かしているアルフォンス様が次期皇帝で大丈夫か? といった印象を与えられた筈。


 また、私の行いを具体的に言えないのは、アルフォンス様とフォーリア様に疚しいことがあるからだと、国民の皇族に対し不信感を抱かせる事に成功した、かもしれない。


 あと一押し、と言ったところかだ。


 ――あの様子では気付いていないわよね。


 アルフォンス様は慰めただけで、一度たりとも私との間に入り、止めた事などなく、弱った心に優しく接して、その心に付け入っただけなのですけど……。


 それに二人きりはあり得ない。


 私は基本的に一人ではなかった。行き届かない事があってはならないと、常に二、三人で行動していたのだから。


 公爵令嬢と言ったところで私にも苦手な事があるからだ。


 確りと調べて、証言を得れば直ぐに分かる事の筈なのだけれど……。


 確認をしなかったのは明白となった。


 ――次期皇帝が、これ程愚かとは……。はあ、ゲームの元になった世界なだけで、皇子が実は暗愚なんて最悪。ゲームの格好の良い皇子の設定は何処へいったのかしらね?


 私は呆れて溜息を吐いた。はしたない行為ではあるのだけれど。


 すでに『スターチスの指輪』の私の言動から大きく離れている。


 『スターチスの指輪』のシナリオでは、ここ迄の過程でゲームのソーナ・ラピスラズリは心が折れていた。


 そして、四面楚歌の状況に、民の仕打ちに完全に絶望し、罪を認めてしまった。楽になりたくて『……疲れてしまいました』、と。


 それを知っている私は抗う。


 ――生を諦めるものですか!! 私は『天』の暇潰しの玩具には絶対にならない!!


 私は蒼天を睨み付けた。


携帯ゲーム機ソフト・恋愛シミュレーションゲーム―― 乙女ゲームの『スターチスの指輪』である『ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリア』は、主人公を邪魔をしては欠点を論あげつらう、典型的なただの貴族令嬢だった。


 魔法が使えない劣等感から『公爵令嬢』という矜持に縋っているお嬢様だった。


 魔法が使えないからこそ自身の美しさ、所作、礼儀作法、姿勢と淑女としての嗜みを研き、完璧に出来るという自負があった。


 真実、彼女は公私共に国を民をアルフォンス皇子を愛していた。


 皇家に相応しい女になる為の厳しい教育も受けてきた。


 その厳しさも愛していたからこそ乗り越えられた。


 だからこそ無邪気に皇子に接して、彼から微笑みを向けられる主人公が許せなかった。


 ストーリーが進み、魔力があり、しかも稀有な魔法を使えるとわかったとたん、更に深い寵愛を受ける主人公に嫉妬した。


 『ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリア』自身は、慈しみに溢れた微笑みも寵愛も受けたことがなかったから。


 彼女自身、アルフォンスに対し、あれこれと口煩く注意をして煙たがられているのは知っていたし、理解出来ていた。


 彼が皇子として、将来の皇帝として恥を掻かない様にと公私共に心を砕いてきた。


 その想いが報われず憎しみにかわり、『ソーナ』の心を仄暗い炎が支配し――


 ――何がどうなってフォーリア・サードニクスの魔力と魔法が暴走したのか、ゲームでは曖昧であったし、『ソーナ』は釈明も許されず火刑に処せられた筈……。


 その瞬間を私は『これがお前の天から与えられた運命』だと夢で延々と見せられて来た。


 確かに『わたし』はソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアに転生した。ゲームの『ソーナ・ラピスラズリ』は『私』がモデルだった、という事になる。


 『天啓』を得たシナリオライターが書いた私の未来は平行世界の『私』という事なのだろう。


 ――……まるで逃れられない『呪い』ね。


 だけど生憎様。私は記憶を――『奏那』の記憶を喪わずにいた。


 ――それでもこの状況……全てが私の死という『天命』に集束しようとしているのね……。


 歴史の修正力、世界の意思……。だけど、私の死を望む者がそれ・・を自らの意思、行動で手放してしまえばどうなるのかしらね?


 禍福は糾える縄の如し。私の智が私を決める。私の未来を決めるのは『天』では無い。


 『奇跡』は偶然でも『天』からの贈り物なんかじゃない。小さな必然の積み重ね。私の行動の積み重ね。


(『天から授けられた才』を持つフォーリア様に悉く覆されてしまったけれど……)


 覆せないものもある。


 私が視線を戻すと同時に、アルフォンス様が忌々しいというのがはっきりと分かる声音で怒鳴る。


「どうあっても惚けるか貴様っ! 貴様はフォーリアに対し、身分が低いのだから跪け、礼節、作法がなっていない知らない、田舎の出身の者だと馬鹿にしていたようだな」


 そのあまりにも稚拙過ぎる理由に、この方は本当に一国の皇子なのだろうか? とアルフォンス様の言葉に我が耳を疑ってしまいました。


「社交界は――社交の場は私たち淑女の政治の場でもありますわ。礼儀作法がなっていなければ相手に対して御無礼にあたります。まして私達は家名をも背負っております。家名の悪評に繋がり、侮られてしまいます」


 『子供の礼儀作法を見れば親が分かる』―― それは礼儀作法のなっていない子供は親が礼儀作法がなっていないから、教育がされていないと取られ、果てはその親の教育に問題が問題がある――と、家の質、格が問われる。


「それに私達が皇族の方々に跪き、最上の礼を取るのは当然の礼儀作法ではございませんか。それは皇太子であらせられるアルフォンス様がご存じ無い訳ではありませんよね? 学園でも社交場でも凰都に不慣れなフォーリア様をご案内し、お教えした迄でございます」


 茶話会や夜会では淑女の礼―― 片膝を斜め後ろの内側に引き、もう片方の膝を曲げて背筋は伸ばしたまま挨拶をする。これは女性のみが行う膝を着こうとする意思を示している。


 社交界では両手でドレスのスカートの裾を摘まみ、軽く持ち上げる。更に相手が自身より身分が上、目上の者に対しては男性女性に関わらず、腰を曲げて頭を深々と下げ、膝もより深く曲げて行う。これはより丁寧な作法。


 皇族主催のパーティーには跪ける様なドレスを着用するのが常識とされている。それが最上の礼儀なのだから。


 私はフォーリア様が最低限の礼儀を怠ったので注意をして、実演をして見せたまで。


「し、しかし、ならば何故社交界でフォーリアを壁際に追いやり、排除しようとした!」


「……貴方様が、それを私に問うのですか? アルフォンス様こそ胸に手を当てお考えになられたらよろしいのでは、と具申いたしますわ」


 お祖父様、楽しそうに笑みを浮かばせないで下さいませ。


 お父様が鋭利な眼光と共に片方の口の端しをつり上げる。その笑みは交渉や相手をやり込めた後に見せる悪どい笑み……。お祖父様が見せるのは真剣勝負で相手を仕留めに行く時の笑み……、怖いです。狩られてしまいそうです。


 バッ! と勢い良く扇子を開き、お母様は口許を隠した。


 お母様から漏れた魔力だけで、その周囲が煌めく。


 あぁ、レナス耐えきれなかったのね。


 顔を伏せて肩を震わせている。それだけを見れば今生の別れとなる姉の姿に泣く健気な妹の姿だろうが、レナスが肩まで挙げた手、その親指が力強く立てられていた。私が教えたハンドサイン。


 『さすがですお姉様!』


 あれは笑いでお腹が捻れているに違いない。


 レナスはアルフォンス様が嫌いだ。だから、私とアルフォンス様の婚約に一番反対したのもレナス。お父様と大喧嘩。魔法撃戦が勃発してしまいました。


「皇子・・で私の婚約者であるアルフォンス様が、その意味をご理解していない。なんという由々しき事態……。アルフォンス様ハーティリア公爵家を馬鹿になさるのも大概になさいませ!!」


 アルフォンス・サンクトゥス・ローゼンクォーツが皇太子になれたのは公爵家の令嬢と婚約するのが条件だったからで、私を切るという事はその権利を自ら放棄したことになる。


「婚約者、許嫁、既婚者の異性とダンスを踊るのは一度まで、それ以上は不義を疑われかねません。それ以上は品位に欠けた行い。またそれ以外の男性とのダンスを踊る場合、二度目からは男性の方から御誘いがあった場合のみ許されること。女性から男性を誘うことは品位に欠けた行為。三度目は婚約が成立した時。それを繰り返すのはフォーリア様の品性が疑われる事になってしまうのですよ? 私はそれを諭しただけですわ」


 淑女ならば知っていて当然、守るべき事。


 それをフォーリア様は無邪気に奔放に振る舞い、アルフォンス様とは二度、愚弟、見習い騎士、魔導士見習い、楽士生、攻略者対象を侍らせて、他の殿方とも積極的にダンスに誘っていた。


 それは婚約者の私に対し、またハーティリア公爵家に対し、皇子と伯爵家が侮辱した事になる。


 政略結婚を前提とした婚約者である私より、伯爵家令嬢の方が皇子の寵愛を受けていると、貴族の中で有名になってしまい、サードニクス伯爵が支持をしている侯爵家が調子づいた。


「私の説明に何処か問題がございましたでしょうか?」


 審判官、司教が私に対して問い質す事柄を、激昂したアルフォンス様が冷静さを失い投げ掛けて来て下さるので、此方が場の流れを支配できて話を進められるので助かりますね。


 アルフォンス様が支離滅裂になればなる程、私が冷静に理路整然と返す程、どちらの主張に理があるのか明白になっていく。


 ゲームという予言があり、結末を知り、本物のアルフォンスを知った今、彼に憧れる理由も恋に堕ちる理由も無い。


 100年の、どころか数ヶ月で愛が冷めるのだから、憧れが冷めるのなんて一瞬。


 そんな私だからアルフォンス皇子に対し愛情なんて無い。無いのだから彼が何処の誰とどうなろうが、私には嫉妬する理由が無い。


 そもそも宰相で立場ある父を持ち、戦になれば最前線で戦う祖父を持つ公爵家の令嬢である私が、安易な発言をして嫌がらせをしてしまうと皆が信用を失う事になる。


 ――お母様が築き上げた繋がりも信用も失ってしまう。そんな事出来る訳がない。そんな事も分からなくなってしまったのね……レイフォン……。


 弟は恋に盲目となり、冷静な判断が出来なくなっている。


 しかも将来、皇族に名を列ねる者として、皇太后ガーベラ様から直々に皇族の仕来たり、礼儀作法を学んできた私には責任があるのだから、そんな小悪党の様な真似をする暇なんて無かった。これも先の理由と同じ安易な発言は迷惑がかかる。


 たとえ皇子がフォーリア様と何処かでデートをしたり、ベーゼを交わしていたり、愚弟達と共に青春を謳歌していても……。


 ――そんな事にも思い至らないなんて、正しい判断出来ないほど頭の中が常世も春なのね……。


 私達、ハーティリア公爵家は矜持を傷付けられた。

アルフォンス様が慌てた様子で、フォーリア様を擁護する為に言葉をぶつけて来た。


「い、いや、しかしだな! フォーリアは何時も酷く冷たい言い方をされて、一人で涙を堪えていた! 俺が居なければ心が壊れていたぞ! 普段からソーナ・ラピスラズリ、お前の言葉は冷たい。常の様に辛辣な言葉をぶつけていたのだろう!」


 ……そのアルフォンス様の言葉に内心、悪い笑みが溢れそうになる。この時を待っていたのよ。


(いけないわ。気を引き締めなくては)


「アルフォンス様、私はフォーリア様とは二人きりでお会いしたことも、行動した事も御座いません。先程のフォーリア様に対してのご指摘の際にも、私が一人で出来る事は得て不得手を問わず限界が御座います。私が不得手な事には得意とする者や他の事が得意な者と常に御一緒していただいていました。その方がフォーリア様が凰都にも学園にも早く溶け込めるだろうと……」


 真意が届いていなくて残念です。と、私は寂しげな笑みをつくる。


「ダンスの際の注意も、アルフォンス様というこの国の貴き御方と共に在るフォーリア様が、軽く見られる事があってはならないと……、フォーリア様が婚約者がいる殿方と何度もダンスを踊られる度に、その方の婚約者であらせられるご令嬢が不安で瞳を涙で揺らしていたので、フォーリア様に注意を諭したのです。フォーリア様の評価はアルフォンス様の評価でもあるのですから……」


 私は潔く身を引く、という姿勢を見せる。


「アルフォンス様の方こそ公私混同、フォーリア様への感情を抜きに真偽をお調べになられなかったのですか? ……なられなかったようですね」


 私は小首を傾げアルカイックスマイルを浮かべてみせる。


「ほ、本当なのかっ!? 本当に他の者も居て、ソーナ・ラピスラズリが言った注意は、その通りなのかっ!?」


「え、ええ……。そう……です、ね? そうです。アルフォンス様、ソーナ様の……ご友人? と、名乗る……取り巻きの方のご友人が……」


 私の断罪の場から一転、アルフォンス様とフォーリア様は、常識と皇族としての資質を、特にアルフォンス様には次期皇帝としての器が問われる場に変わり、混乱してしまい、信憑性も根拠も無く、また、それらを調べていない事を自白してしまっている。


「と、取り巻き……ご友人のご友人……?」


「フォーリア様。つまりは私に直接、関わりが無かったご令嬢の仕業―― という事ですね? 『私のご友人と名乗る』というのも私の親友かも確めていらっしゃらない、と?」


 二人のやり取りにシン、となる観衆と舞台。


「それにしても……『とり巻きですか』……」


 痛いほどの静寂。そんな中でやけに自分の声がはっきりと、しかも冷たく聞こえた。


 とり巻き―― つまり、私に媚びておこぼれを狙う者、とフォーリアは評した。


 彼女は最大級の侮辱を発した。これ程、私に対してもハーティリア公爵家や親友の伯爵、男爵家に対し、これ程の無礼は他には無いだろう。


「フォーリア様、不確かな事で私の大切な親友を貶めるのは、おやめくださいませ! 先の言葉を撤回し、お謝りくださいませ!」


 すると直ぐ様、フォーリア様が瞳を潤ませて私を責めてくる。


「どうしてソーナ様は何時も何時も! そうやってわたくしを責めるのですかっ!!」


 ――このアマは何を言っているのだろうか。頭、大丈夫?


 フォーリアの正気を本気で疑い、私は言葉を無くしてしまう。


「――――――――ッ!」


 視界が流れ、腕を捻り上げられる。


 手首が拘束され、鎖で繋がっている為に私は肩から舞台へと叩き付けられ、取り押さえられた。


 意識を奪おうとしたのか、襲撃者に頭も押さえられ、倒れた時に衝撃を受け、目の前が真っ暗に、その時に火花が散る様に視界が弾けて一瞬だけど意識が飛ぶ。


 私がアルフォンス様とフォーリア様を避難すれば、彼・が我慢出来なくなるだろうとは思っていたが、こんな短慮な行動に出るとは……。


 私を押さえつける彼は――アヴェル・ブレイバー。


 皇帝直属の騎士団――《鳳凰騎士》。フォーテュード・ブレイバー騎士団長の子息。


 力弱き乙女を力ずくで押し倒すというのは、騎士に、それも栄えある《鳳凰騎士団》を目指そうという者が採る行動ではない。


 騎士爵は一代限り。だからアヴェル・ブレイバーは士爵の子息なだけで、彼自身に身分はない。


 実力主義、騎士爵が欲しければ自分の腕で勝ち取れ、というのが決まりだと、お父様が仰っていた。女の騎士もいる、と。


 私が魔法が使えず、何れ、身分を無くすからだろう。


 さて、そんな一代限りの騎士爵の子息なだけのアヴェル・ブレイバーの評価は『きっと将来は優秀な、見習い騎士の学生』。


 そんな彼が身分剥奪、罪の確定宣告、死刑宣告も受けていない公爵令嬢に暴行を働いた。


 騎士としてはあるまじき最低最悪の行い。


 しかも今は、私が釈明をしている途中。


 フォーリア様の反論に対して答えようとした瞬間に、まるで言葉を止めるかの様に、私を取り押さえた。


 しかも彼はアルフォンス様とフォーリア様とは親友とあれば、私の言葉が二人の立場を悪くする不都合な事があると、証明してしまったも同然。


「アヴェル・ブレイバー……貴方は相変わらず考え無しね……」


「なに?」


「周りの反応を良く見て見なさい」


 アルフォンス様とフォーリア様の私を責める罪の理由がもはや支離滅裂になってしまっている事に……。


 私は確りと自身の正当性を説明している。アルフォンス様とフォーリア様の虚偽が明るみになっている。


 ――私の釈明をそこで止めたらどうなるのか、本当に理解出来ていないのね。


 私の罪を暴き真実とした準魔導士の魔法、私の悪評を歌った楽士生、私の罪の証拠を作りあげた愚弟、彼等の全ての行いがアヴェル・ブレイバーの行動によって疑わしい物に変わった。


 ざわめく観衆。何処からか、私は不正を働いていないのではないのか等という声が聞こえ始める。それが呼び水となり、アルフォンス様とフォーリア様、彼等に近い親友にたいする疑問の声の波紋が広がっていく。


「な、なんだ急に……」


 戸惑いの声を漏らすアヴェル。


「盲目的な正義は身を―― それどころか家をも滅ぼしかねませんわよ。アヴェル・ブレイバー。貴方はそれを理解した上で、この様な暴行を働いたのかしら? 理解出来ていないなら、愚か、としか言いようがありません。さすがは愚弟の親友というところかしらね。まさに『類は友を呼ぶ』ですわね」


「よく口の回る『淫魔』だな……。俺はお前の言葉に惑わされない」


 火刑までの筋書きが破綻していく。


 だけど油断はならない。


 壊れかけているだけで、完全に壊れた訳でも『ゲーム』の幕もまだ降りていない。


 どんなに回避しても、回避した先に『アルフォンスルート』が待っていた。


「けれど『傾国の乙女』に誑かされているのは何処の何方どなたでありましょうか?」


「貴様ーッ! これ以上はフォーリアの騎士であるこの俺が許さぬ」


「――っぐ。貴方が剣を捧げるのはフォーリア様個人ではなく。皇帝と国でありましょう! 貴方はフォーリア様個人への思いだけ、私事だけで私にこの様な無体を強いるのですか」


 私は頭を押さえる手の力に抗い顔を上げる。


 見習いとはいえ、さすがは騎士。人を捩じ伏せる技はきちんと心得ている。僅かな抵抗でも身体に痛みがはしる。


 さっきからずっと感じていた生暖かい血の感覚。


 血が髪を濡らしていたのは解っていた。


『――――――――ッ!!!!』


 ジクジクと熱い痛みを訴えている。


 ベッタリと血に濡れた髪が顔に張り付く。


 流れた血が更に顔と左側の視界を赤に染めていく。


 ――自分達が楽しんでいた時は正義を振りかざしていたというのに、今度はそれを棚上げして、今さらこの程度の事で怖じ気付かないで欲しいわね……。これから火刑を楽しもうとしていたのでしょう?


 私に最早この国への愛情が無いからなのか、考えに毒が混じる。


 ――怒りや呆れを通り越して、持てる感情も無いわー。


 あれほど使命感が、やりがいがあったと言うのに最早その情熱は何処にもない。


「もうよい。貴女は口をつぐめ」


 悪い流れになりつつある場の空気を変えようと、アルフォンス様がフォーリア様の腰を抱き宣言台に立つ。


「アヴェル。その女を立たせろ」


「はっ! アルフォンス様が立てと言っている!」


 頭を押さえていた手で今度は髪を掴み、引き上げられる。


「――――ッ」


 痛みに顔を歪めてしまう。


 それでも意地でも声をあげるのを耐える。


 このっ! 女の命と云われる髪をよくもっ!!


 ――おぼえてろよこのクソヤロー!! あとでぶっ○す!! 


 ギリッと噛み締めた奥歯が鳴る。


 私を拘束している力が弱まったのは、これから始まる事を、私がして来た事の結果を確りと見ろという事だろう。


「これがお前がして来た事の結果だ。くく」


 ほくそ笑むアヴェル・ブレイバー。


 今までの流れを彼等は――


 ――開き直って綺麗に無かった事にしたわね。


 仲睦まじくお互いを信頼し合い寄り添う二人を、天が祝福するかの様・・・・・・・・・に、光が差し、風が何処からか吹いてきて花弁が舞う。


 アルフォンス様は白を基調にした礼服に赤いタイ。金髪の髪は襟足を伸ばしたウルフヘア。


 整った顔立ち、リーフグリーンの瞳。その眼差しは彼の存在感を引き立たせ、その瞳でジッと見詰められるだけで溜息が溢れてしまう。


 彼にエスコートされ、たおやかに寄り添うのは薄桃色のドレスにマロンブラウンのストレートの髪。榛色の瞳は優しさを湛えている。その微笑みは温かく、柔らかで優しい陽だまりの様であり、安らぎをあたえる。


 そんな微笑みをアルフォンス様に向け、彼もそれに応え、二人は見詰め合う。


 それはゲームで見た光景スチルと同じ。それが目の前で起きている。


 こんな状況、立場では無く、無関係な立場で見たかった……。そんな立場なら何時まででも見ていたいと思わせる場面。


 これで流れが彼方に流れはじめた。


 ――まだ、まだよ。


「アルフォンス・サンクトゥス・ローゼンクォーツは、ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリア、貴様との婚約を破棄を宣告する! そして、サードニクス伯爵家のご令嬢、フォーリア・サードニクスと婚約を結ぶ事を宣言する。よいなフォーリア」


「はい。アルフォンス様。わたくし、とても嬉しく思います。わたくし、フォーリア・サードニクスはアルフォンス様のお手を取りたいと思います」


 跪き、アルフォンス様の手の甲に口付けをして、誓いを立てる。


 ――たぶん私が注意したからよね。


 跪いたのはそういう事だろう。だって横目で勝ち誇った視線を送って来た。


 元々、私とは国の為の婚約と結婚。しかし、婚約を破棄したその場で別の令嬢と婚約。


 だけど、観衆の反応は祝福より戸惑いでざわめいている。


 公私で私わたくしを見捨てた皇子が、完全に私事だけで動く。それは国民に不安を与えるには十分だった。


 そこに将来国を支える若き、見習い騎士アヴェル、宰相の子息で愚弟レイフォン、魔導士レキ・パーライト、楽士生アイト・チャロ・オプサイドが加わっている。


 彼等も私情で動いていると態度で解ってしまっている。


 皇子とその新たな婚約者に逆らえば、騎士の制裁があると私で実証してしまっている。


 宰相に悪印象を与えればいまより暮らしが厳しくなり、魔導士、魔法士に見捨てられてしまえば、魔力を持たない者は恩恵を受けられなくなってしまう。楽士はアルフォンスとフォーリアを讚美する歌、英雄譚だけを歌う。


「その者を火刑台の柱に磔よ!」


 アルフォンス殿下の号令でアヴェルと複数の騎士により私は十字に磔にされる。

 




 ――最悪。


 寝ているベッドから上半身を起こす。上半身に掛かっていたシルクの掛け布団がスルリと落ちる。


 胸につかえるような重たいものを吐き出すかのように、盛大に溜息を吐いて、顔にかかる髪を掻き上げる。


 その時、部屋のドアノブがカチャリと鳴り、小さな声で「失礼します。ソーナお嬢様」と一礼をしている侍女メイドが顔を上げて目を見張り固まる。


 今の私は夢見も悪く、非常に気分が好くなかった。不機嫌さを隠さず、音のした方を顔を向けることなく見たものだから、侍女からしてみれば鋭い目付きで、視線だけで人を殺すことが出来るかもしれない眼光で睨みつけているように見えたことだろう。


「なに?」


 自分でも驚くほどに冷たい声が出た。さぞかし凄味を帯びたように感じただろう。


「おはよう御座います。ソーナお嬢様。ただ昨日、皇国を股にかけた大規模なカーニバルを終えたばかりですので、休んでおられるとばかり思っていたので」


「そう? だけど、どんな時もポーカーフェイスを忘れてはダメよ」


「承知しております」


「それなら良いのだけれど。それと、貴女に対して何か怒っているとかでは無いから安心なさい。貴女に不満は無いわ。遅ればせながら、改めておはよう、アリシア」


「はい。おはよう御座います。ソーナ様」

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