007 陥落
「僕の名前は廉太、夏川廉太……だよ」
ロボのアダムを極力視界に入れないようにして、女の子に向かって、僕はそう訴えた。
僅かに自分の声が震えているのがわかる。
それはそうだ。
だって、僕は『エル』という名前に心当たりがあるんだから、今しているのは誤魔化しなのである。
出来るなら、僕は『エル』とは関係なく、彼女たちの勘違いという体で状況を流したい所存だ。
だけど、だが、なんと、ここでロボが割り込んできた。
「マスター、言動に嘘の兆候が見られます。確率80%以上で、夏川廉太は嘘をついているか、あるいは事実を粉飾した発言をしています」
断言されたことよりも、余計なことを言ってくれたという怒りの方が先立って、僕はロボを睨み付ける。
対して、アダムは澄まし顔だ。
まあ、僕からは澄ましているように見えるだけで、無表情なだけな気もする。
というか、そんなことよりも、女の子の方はどんな表情なのかと、ロボからさっさと視線を外した。
すると、バッチリと女の子と目が合ってしまい、彼女は直後、申し訳なさそうに苦笑する。
「いや、エル……本名はレンタだっけ? そこでそんな表情を見せてしまったら、アダムの指摘を肯定するようなものだよ?」
女の子の指摘に、僕は「うっ……」と言葉を詰まらせることしか出来なかった。
むしろ、これ以上、言い訳を続けたところで、ロボがいるせいでどうにも出来ないと、割とあっさりと諦めがつく。
諦めがついてしまうと、これまでスルーしてきたことに意識が向き始めた。
この女の子は誰なんだろう。
まず最初に浮かんだのはそれだった。
年齢は僕とそんなに変わらないくらいに見える。
クラスにいてもおかしくない……ってまあ、芸能人ですとか言われても頷ける容姿なので、いたら滅茶苦茶おかしいだろうけども、年齢を考えればってことだ。
それに、この子がこの二足歩行人型ロボ……マヂで人間にしか見えない、コレ、アダムを作ったらしい。
確かにアダムも、女の子をマスターとか言ってはいたけど、口裏を合わせてるだけなんだろうか?
いや、仮に彼女が作ったのだとしても、別の人だったとしても、問題なのは僕よりもデカイ人型二足歩行ロボがいることが問題じゃないだろうか?
だって、今の世界の科学力を飛び越えてるよね?
いや、最新、世界の最先端ではあり得る話なのか?
それとも漫画とか小説でたまに出てくるオーバーテクノロジー的な、この女の子が超天才科学者とかそういうヤツなのか?
次々と思い浮かぶ疑問点に、一人で頭を悩ませていると、今度はクスクスという笑い声が聞こえてきた。
その笑い声が聞こえてきた方に視線を向ければ、女の子が今度は嬉しそうに声を潜めて笑っている。
僕が動きを止めて、自分を見たことに気付いたのか、女の子は笑うのを止めて、僕を見返してきた。
そして、僅かに頬を染めながら、笑みを一段階深くしてみせる。
「いや、ホント、レンタは、表情がコロコロ変わって、見てて飽きないね。凄く好奇心が刺激されるよ」
「好奇心?」
僕は気付くと、女の子の言葉の中で、気になった単語を繰り返していた。
対して女の子は軽く頷くと、今度は悪戯でもした子供のようなどこかはにかんだ笑顔で、説明をしてくれる。
「そう好奇心。レンタが今何を考えてるんだろうとか、どんなことを想像したのかなとか、ね」
女の子の表情が悪戯っぽかったのもあると思うけど、何より僕のことに興味を示しているという言葉が、無性に嬉しくて、幸せな気分と共に、なんだか出所のわからない羞恥心で胸がいっぱいになってしまった。
そして、それは間違いなく顔にも出ていたんだろうと思う。
またも女の子が、クスクスと口に軽く握った拳を当てて笑い出した。
なんだかよくわからない混沌とした状況な気がするけど、それでも、自分のことで、こんな綺麗で可愛い女の子が笑ってくれていると言う事実に、僕の気持ちは舞い上がってしまう。
本当はいろいろ考えなきゃいけない……場合によっては逃げ出さないといけないかも知れないのに、ただ女の子が笑ってくれただけで、そこに幸せを感じて、他がどうでも良くなるあたり、男とは単純な生き物だなと、僕は思った。
修正報告
2021.05.18
前:勘違いという呈で
後:勘違いという体で
前:女の子は笑うのを溜めて
後:女の子は笑うのを止めて
前:レンタ君
後:レンタ