073 黒服
陽菜ちゃんを送り届けるだけのつもりだったんだけど、結局木下のおばちゃんに押し切られて夕飯をごちそうになってしまった。
遠慮した直後、陽菜ちゃんに「どうせコンビニで、お弁当買うんでしょ?」と見抜かれ、それは聞き捨てならないと目に炎を灯したやる気のおばちゃんに笑顔で「食べていきなさい」と言われてしまえば、頷くしかない。
というわけで、満腹になった僕は、送っていくという、僕が来た意味がまるで無くなってしまう陽菜ちゃんの申し出を断って、帰り道を歩いていた。
すると、特徴の無い落ち着いた男の声が耳に届く。
「少し、お時間よろしいですか?」
足を止めて、違ったら恥ずかしいなと思いつつ「僕ですか?」と口にしてみた。
「ええ」
肯定されたので、、十中八九正解であろう答えを確かめる。
「ジョン・スミスさんですか?」
「いえ、違います」
「え?」
思わず思考が止まった。
上手く頭が動かないのでとりあえず声の主を目にしようと周りを見渡す。
そこには、陽菜ちゃんの情報通りの黒づくめにサングラスの男が立っていた。
男はゆっくりとサングラスを外すと、僕の目を見るように視線を向けてくる。
「それは、コードネームです。私は永田浩介と申します」
「え、あ、はい。夏川廉太です」
思わず名乗り返してしまってから、その事に気が付いた。
「……あ」
「必要以上に警戒しなくても大丈夫です、既にお名前は調べてありますから」
永田さんはそう言って笑みを浮かべるが、全然笑っているように見えない。
漫画とか小説とかでよく見かける表現だけど、目が笑ってないってこういうことかと理屈抜きで納得させられてしまった。
とりあえず、次々と冷たいものが背中を伝って落ちていく感覚に襲われながら質問する。
「転校してきた彼女についてのことですか?」
敢えて名前を伏せたのは、ここが道というのもあるけど、下手に名前を出すと永田さんが怒り出しそうで怖かったからだ。
ただ、怖かったという理由での消極的な行動だったけど、選択としては間違っていなかったらしい。
直前まで、永田さんから感じていた笑っているのに笑っていない気配が、大分緩和された。
が、それも一瞬のことで、直後に放たれた永田さんの問い掛けは、首を横に振れないほどの圧力が込められて放たれる。
「では、車両を用意してありますので、お越しいただけますね?」
「は、はい」
たった一音、コレまでの質問の語尾が『か?』から『ね?』に変わっただけで、これほど圧が強まって強制的になるのかと、恐れの感情渦巻く中で、現実逃避気味にそんなことを思った。
修正報告
2021.07.06
前:永田さんはそう言って笑みを浮かべ卯が
後:永田さんはそう言って笑みを浮かべるが




