003 動揺
突然の質問に僕は凍り付いた。
状況の異常さ、そして逃げ出すことに意識が向いていたせいで、想像していなかった問い掛けが、僕の思考力を全て真っ白く塗りつぶしてしまっている。
「な……んで?」
僕が返答のように、声を発してしまったのに気付いたのは、言い終わった後だった。
僅かとは言え時間の経過で、戻り始めていた思考力が、それは不味いと訴えてくる。
それから、わずかに間を置いてから、脳みそに『その返答は認めたも同然』と、不味いと思った理由が後付けで浮かび上がった。
だが、僕がそんな反応のミスに意識を向けている間にも、謎の人物は話を次のステップに進める。
「あなたにお会いしたいという方がいらっしゃるので、同行クレさい」
丁寧な言葉遣いに混じった異物に、僕は一瞬で意識を引っ張られた。
何かの交渉術なら、既に術中に嵌まっているなと、僕の冷静な部分がまるで他人事のように解析する中で、脳のメインは謎の言葉遣いに対する考察に集中し始めてしまう。
はやり言葉? ネットスラング? 単純に日本語に不慣れ?
この謎の状況から逃避したいという思いが重なって、次々浮かぶ回答の選択肢に、どうも僕はテンションを上げてしまったようだ。
「回答をクレさい」
再び、大きな人影……まあ、声からして男だと思う……から、珍妙な言い回しで催促の言葉が飛んでくる。
冷静な部分がそれを認識はしたのだけど、僕のメイン思考は目下、謎言い回しの原因推察に集中していた。
そのせいで、またも回答をせず、大男の質問を無視した格好となる。
さて、どうでるか?
逃避の思考を繰り返していた僕の脳みそが、急に大男の反応に意識を向けた。
思考のメイン対象が代わることで僕に起こったのは、怒濤の状況に関する考察の波の到来である。
そして、気付く。
自分より遙かに大きな人物(推定男性)に対して、無視を繰り返したあげく、母屋が遠そうなお屋敷の前、つまり助けが来そうもない場所で、その相手と一対一で対峙しているという事実にだ。
瞬間、全身からドッと汗が噴き出す。
これまで何で危機感を抱かなかったのかと、自分の脳を怒鳴りつけたくなるほどの状況の悪さに、途端に景色が遠のいた。
自分が高校生だから、男子だから、あるいは一人暮らしをして一人前だから、油断の種は他にもいっぱいあるかも知れない。
ここが世界でも有数の平和な国ってこともあるだろうし、身近にアウトロー寄りの人がいなかったことで、裏社会だとか、社会の闇だとかは自分から縁遠い異次元の存在と認識していたのだ。
それらが重なった上での危機感の不足に、僕は今更ながらに気が付く。
僕は自分がどうなってしまうのかわからないという状況に恐怖すると共に、ただ唾を飲み込んで相手の反応を待つしか無かった。
「あなたにお会いしたいという方がいらっしゃるので、同行クレさい」
大男は少し間を置いた後で、再び、先ほどと全く同じ言葉を繰り返す。
そこに、僕は確かな違和感を覚えたのに、何かされたくないという自己防衛の気持ちが勝り、そこの考えを巡らせる前に、「わかりました」と返事をしてしまっていた。
そんな僕の答えに、大男は軽く頷くと踵を返す。
「こちらです。ついてきてクレさい」
またも混じった言葉の間違いに触発されて、僕は『やっぱり、日本語が上手くないだけかも知れない』といつの間にか考察していた。
修正報告
2021.05.18
前:急に逃避の試行を繰り返していた僕の脳みそが、大男の反応に
後:逃避の思考を繰り返していた僕の脳みそが、急に大男の反応に
前:考察の波の党利である。
後:考察の波の到来である
前:身近にアウトロー寄りの人がいなかったことで、自分が裏社会だとか
後:身近にアウトロー寄りの人がいなかったことで、裏社会だとか
前:そこの考えを巡らせる前に、僕の口は「わかりました」と
後:そこの考えを巡らせる前に、「わかりました」と
前:冷静な部分がそれは認識したのだけど、僕のメイン思考は木化、謎言い回しの原因推察に
後:冷静な部分がそれを認識はしたのだけど、僕のメイン思考は目下、謎言い回しの原因推察に