030 回想
気が付くと、僕は布団の上に転がっていた。
目を開けば見慣れた天井が見える。
正直ヤヤと別れて、アダムに空を運ばれた辺りから記憶が曖昧だが、無事に自分の部屋にはたどり着けたようだ。
そんなことを考えて寝返りを打つと、微かに喉が痛む。
「こりぇ……叫びすぎたせい……かぁ……」
掠れる自分の声に、僕は溜め息を零した。
コレまで、喉に負担を掛けないように心掛けていたのに、ヤヤ達との出会いで全てが水泡に帰してしまっている。
しかも、よりによって、ヤヤに明日と約束してしまっていた。
「明日は収録なのに……」
僅かに普段よりも掠れを感じる自分の声に溜め息が出る。
「あーーーー」
体を起こして頭を掻きながら、僕は喉ケアをすることに決めた。
「まず、湿度!」
自分に言い聞かせるように、行動を声に出し、寝室の加湿器を起動させた。
疲れから、帰ってきたままで布団に転がっていたので、加湿器を入れ忘れていたのである。
稼働を確認した後で、急いでキッチンに向かった。
習慣になっている水道水でのうがい手洗いはしてあるが、一応、食塩水でもうがいをする。
塩うがいまでしたせいか、疲労の蓄積から睡眠モードに入りかけていた頭がすっきりと回り始めた。
「目が覚めたなら、ついでに、入浴だな」
風呂の給湯ボタンを押して、そのまま調味料類なんかを納めてある食料保存用のメタルラックに移動する。
そこから、蜂蜜を取り出して、コップに注ぎ込むと、そこに電気ポットから熱湯を注ぎ混ぜた。
冷蔵庫から市販のレモンの絞り汁を取り出して、コップに加える。
風呂が沸くまでの時間を待つためにキッチンの椅子に腰を下ろした僕は、できあがったばかりの飲み物で喉を潤した。
「アレって、本当にあったこと……だよね」
落ち着いたらとても疑わしくなってくる。
「ロボって何だよ」
未だに大男のロボアダムの腕の感触が残っている腹部に触れながら呟くと、変な笑いが出てきた。
「それに、嘘みたいな美人だったよなぁ」
椅子の背もたれに寄りかかりながら目を閉じると、ヤヤの姿が瞼の裏に浮かぶ。
顔も体型も綺麗に整っていて、性格も明るくて、マッドサイエンティストっぽかった。
一番最後の要素がもの凄い地雷な気がするなと思ったタイミングで、風呂が沸いたことを告げるアラームが鳴る。
「おわっ」
ヤヤのことを考えていたせいで、変な声が出てしまったが、幸いここには自分一人だと、無駄に鼓動の早くなった胸を押さえながら、僕は頭の中で『大丈夫』を繰り返した。
「はぁ~」
体を洗い終えた僕は湯船につかり、おおきく息を吐き出した。
じわりじわりと全身を包み込んでいく熱が心地よい。
目を閉じて顔を湯船の中に沈めた僕は、ぶくぶくと息を吐き出してみた。
何故自分がそんな子供じみた行動に出たのか、まるでわからなかったが、妙に愉快な気分でそれも心地よい。
「それにしても、また、明日か……」
その約束を交わした時に燥ぐヤヤとエルの姿が脳裏に浮かんだ。
『約束だけなのに……」
大袈裟だなとは思ったけど、そこは言葉になら無い。
ヤヤにとってそれほど大きなことだったというのもあるけれど、何よりも友達のいない環境にあったんだと思うと、少し心が痛んだ。
「ふぅ~」
最初とは違う長い息を吐き出した僕は、両手でお湯を掬い顔に掛ける。
「ともかく、頑張ろう」
もう痛まなくなった喉の感覚に、胸を撫で下ろしながら、明日というか、正確には今日の収録に備えて僕は気合を入れ直した。
修正報告
2021.05.23
前:正直ヤヤと分かれて
後:正直ヤヤと別れて
前:自分の声に溜め息かが出る。
後:自分の声に溜め息が出る。
前:址鴎外までしたせいか
後:塩うがいまでしたせいか
前:環境に合ったんだと
後:環境にあったんだと




