167 救援と決意
僕は心から力を貸して欲しいと祈りながら、マイクに向かっていた。
協力を求めた陽菜ちゃんが、直ぐにジェーン先生に連絡を取ってくれたことで、状況は一気に進む。
まず、ジェーン先生は、既に政府機関の人間では無く、ウチの学校の教師になっていた。
その日で気は文化祭の前日らしく、ヤヤの狙撃事件の後に、それが承認されたらしい。
つまり、今のジェーン先生は、教師として僕らに協力してくれるというわけだ。
こうしなければいけなかった背景には、恐らく永田さん達にも監視の目が付いていると言うことだろう。
エルはこれを『政府は協力出来ない』というメッセージだと解析し、僕もその通りだと思った。
それでも、ジェーン先生という助っ人を無理矢理ねじ込むために、時間の流れが歪んだのである。
そして、助っ人のジェーン先生は、政府の協力が得られず、防犯カメラなどの映像ネットワークの参照が難しい現状で、一つの案を示してくれたのだ。
「サマエルちゃん、皆さんに協力を求めましょう」
「皆さん?」
「ファンの皆さんです」
僕の両手を包み込むように握りながら、ジェーン先生はそう言って微笑んだ。
でも、僕はジェーン先生の言わんとすることを上手く理解出来ない。
首を傾げると、優しい口調でジェーン先生は「人間の目は防犯カメラでは追いきれない場所も見ていますよ」と意図を教えてくれた。
「ファンの皆さんに、ヤヤの目撃情報を求めるんですか!?」
「はい」
コクリと頷くジェーン先生に、エルと共に思い浮かべた疑問点を尋ねる。
「でも、エルの情報によると『サマエル☆ちゃん♪ネル』は停止されているんですよね?」
「そうですね。恐らく、例の国からの工作だと思いますが、動画は削除され、アカウントも止められています」
「じゃあ、SNSですか? でも……」
「はい、そちらも停止されています」
「それじゃあ、力の借りようがないのでは……」
思いの外暗くなってしまった僕の言葉に、ジェーン先生は「これがあります」と自身のスマホを取り出した。
「サマエルちゃん関連のSNSは監視されている上に、停止されていますが、私、ジェーンが生徒の皆さんと、直接交わし合った連絡先が入ってますから、これで拡散します」
思わずジェーン先生の手にしたスマホに視線を向けると、先生は「ただ」と切り出す。
「私も現時点では政府関係者じゃありませんが、監視対象でしょうから、妨害を受ける可能性があります。ですので、もう一つ以前から用意していた手段を用います」
「もう一つの手段?」
「はい。『サマエル☆ちゃん♪ネル』専用配信サーバーです!」
「へ?」
僕が呆気にとられている間も、ジェーン先生の言葉は続いた。
「いずれサマエルちゃんの人気であれば、現在の動画サイトに間借りしているより、独立した方が良いと思って、準備していたんですよ。専用の配信用サーバー、しかも、政府関係ではなく、私の学生時代のコネなので」
そう言って笑みを浮かべたジェーン先生は「なので、そう簡単に妨害はできませんよ、この動画配信サーバーは!」と自信ありげに断言する。
僕は今耳にした話の内容を理解するのに手間取り、最優先でどう動くか決められずにいると、頭にエルの言葉が響いた。
『サマエルちゃん!』
「エル!?」
『力をお借りするために、皆にお願いしてみましょう』
エルの言葉に、僕の中にも道筋が出来る。
「そうだね」
まずは手がかりがない、今、するべき事は情報収集で、それが出来る可能性があるなら、やるしか無かった。
「皆さん、私の大切な人を、私を造り上げてくれた人を探しています。もし見かけたら、情報をください! お願いします、皆さんの力を貸してください!」
ジェーン先生のアドバイスもあって、ヤヤの名前は出さずに助けを求めた。
僕の中の思いの全てを込めた実感もある。
あとは、どうなるか任せるしか無いと思った瞬間、もの凄いスピードで動画のコメント欄に次々とメッセージが届き始めた。
「イヴ?」
「解析開始します」
僕の言葉に応えたイヴが、メッセージの解析に入る。
その間、僕とアダムは直ぐに出られるように、視線を交わして頷き合った。
そんな僕達に、ジェーン先生から声が届く。
「サマエルちゃん、これを見て」
そう言われて振り返った僕の視線の先、大きなスクリーンに、今寄せられたと思しきメッセージが表示されていた。
「皆、応援してくれているわよ」
エルの目で見れば、もの凄い勢いで流れていくメッセージでも読み取ることが出来る。
目撃情報よりも、応援の言葉が多かった。
陽菜ちゃんだけじゃ無く、生徒会長さんや宮前さん、望月さん……文化祭を通じて、一致団結したクラスメートや先輩に後輩、皆が応援してくれている。
それだけで、嬉しくて胸が熱くなった。
「サマエル……ちゃん?」
「え?」
級に戸惑いの声でジェーン線に話しかけられた僕は、その顔を見たところで違和感に気付く。
ウィンドウの外側、周囲を捉える視界が揺れていた。
「それ、涙……」
言われて僕は頬に触れる。
感触は生身で流す涙よりも冷たいという印象だった。
でも、これは僕の、そして、エルの……サマエルの感動の涙なんだとわかる。
「ねぇ、エル?」
『何ですか、サマエルちゃん』
「泣けたって知ったら、ヤヤ、戻ってきてくれるかな?」
『そんなの……きまってるじゃないですか』
その言葉だけで、僕とエルは同じ結論に至れたんだと、とても嬉しくなった。
そして、この嬉しさをギュッと握りしめて、ヤヤを取り戻しに行く。
服で粗めに浮かんだ涙を拭って僕はイヴの解析の終わりを待った。




