99.飛行具開発(3)
「ちょっと休憩をとってお茶でもいかがですか?」
ジュラルミン合金の板を錬金し終わり、反重力の魔法陣を飛行船にあった物を参考にしながら自分なりに再現していた隆一にザファードが声をかけてきた。
前の世界では勝手に自分一人で研究に没頭していて半日以上水も飲まずに作業し続けて脱水症状を起こしかけたこともあった隆一だが、こちらではザファードが定期的にお茶を淹れて声をかけてくる。
殆どもう、『おかん』と呼びたいレベルだ。
男でも世話好きな母性本能豊かな人間もいるが、ザファードは世話好きというよりも効率重視というところだろう。
お蔭で隆一も研究に熱中しても体調を崩さず、助かっている。
「ああ、ありがとう」
立ち上がって肩回りと首を解している隆一の傍にお茶を置きながら、ザファードが作業中の合金板に目をやった。
「どんな感じですか?
お願いですからうっかり神殿の天井をぶち抜いたりしないで下さいよ」
今度は腰をぐいっぐいっと左右に伸ばしながら隆一が肩をすくめた。
「取り敢えず、魔石を近くに置いていないから大丈夫だろ。
元々、この魔法陣は地表膜を抜けた時点で重力がちょうどゼロになるように設計されているから自分で板を動かさない限り、天井まで飛んでは行かないはずだ」
『引力』ではなく『重力』がゼロになるように設計されているので、惑星の遠心力で吹き飛ばされることもない。
とは言え、空気抵抗でその場にとどまっているだけなので外で実験する時は紐でも結び付けておかないと風に飛ばされる可能性は高い。
「地表膜って何ですか?」
自分のお茶を手に取りながらザファードが尋ねた。
「あれ?
言ってなかったっけ?
バックパックで色々苦労していたのを見たと思うけど、この反重力の魔術は地表に近いと術式の効果が高いんだ。
その効果が高い部分をレティアーナ女史もしくは彼女の故郷の反重力の魔術を発明した魔術師が『地表膜』と呼んでいたらしい」
地表膜を抜けると術式効果が落ちるせいで対象物の浮かぶ力が減るが、地表膜に入るとまた効果があがる。つまり、ちょうど地表膜の上に乗るぐらいのところで重力のバランスがとりやすい構造になっている。
態とそうする為に地表膜という効果が反重力の術式の中に組み込まれたのか、それとも自然にそう言う効果があるのをレティアーナ女史(か彼女の故郷の魔術師)が活用したのか分からないが、どちらにせよ地表からどのくらいの距離で浮いているかを感知させなくても手ごろな場所で浮き止まってくれるこの機能は非常に便利だ。
「つまり、他に何も力を加えなかったら飛行具も地表30センチ程度で留まるという事ですか?」
ザファードが小さく首を傾げながら尋ねた。
「地表膜の範囲は術式に使う魔力の大きさに影響されるから、成人男性を飛ばせるだけの魔力を籠めた飛行具だったら多分1メートル程度の高さになるんじゃないかな?
実験には便利だが、実際に飛び回るにはそれじゃあ物足りないから風魔術で推進機能をつける際に上にも動くようにする予定だ。
重力ゼロの物体だから余程スピードを出そうとしない限り、必要な推進力は微力なはず」
街中を飛び回るのだったら建物の屋根の上を飛びたいところだし、道沿いに飛ぶにしても最低でも人の背の高さ(プラス持っているかもしれない荷物等)より上にしないと、通行人の頭を蹴飛ばしたりしたら大問題だ。
スピードを出しているところで急にのっぽな通行人にあたって首の骨を折ってしまったりしたら取り返しがつかない。
まあ、隆一だったら慌てなければ回復術で頚髄骨折の影響で被害者が完全に死んでしまう前に治療できる可能性が高いが、どちらにせよ見ず知らずの通行人の頭を蹴飛ばしてしまっては不味い。
そう考えると、何らかの安全装置を組み込んだ方が良いかも知れない。
日本の様に免許証が無ければ車に乗れない世界ではないのだ。
売り出された飛行具はそれを買う経済力さえあれば、乗りこなせる能力には関係なしに購入者にそれを乗る権利を与えてしまう。
車ほどの質量は無いので動く凶器とまではいかないかもしれないが、それでも金属板がそれなりのスピードで飛んできて群衆の中に突っ込んだりしたら危険だ。
下手くそが暴走させても人を傷つけないような安全装置を何とかして組み込む必要がある。
「どうしたんです?」
「飛行艇には空中で動力が切れないように4重にも安全装置が組み込まれていて、それは必要ないから削っちまおうと思っていたんだが・・・代わりに通行人に突っ込まないような安全装置は飛行具に必要だなと思ってね」
頭をバリバリと掻きながら答えた隆一にザファードが首を傾げながら尋ねた。
「飛行船にだって人や建物に突っ込まないようにする安全装置は組み込まれているのでは?
高さ的に人は関係ないかも知れませんが、建物に突っ込まれてはたまったものではありませんよね」
ザファードの言葉に、隆一は頭の中で飛行船の魔法陣を呼び起こして再確認した。
「動力系の安全装置しか気が付かなかったが、まだ術式の全てを把握した訳ではないからな。
考えてみたら確かに建物や山に突っ込まないように安全装置はありそうだから、反重力の方の魔法陣になかったら推進機関の方を確認するか」
推進機関の方は後から色々と機能を足したせいで複雑怪奇な設計になっているのであちらを調べるのは大変そうだが。
願わくは反重力の魔法陣の方に衝突防止の安全装置も組み込まれていることを期待したいところだ。
自動衝突防止装置はあった方がいいですよね〜。
難しそうですが。




