94.鍛錬:迷宮4階(2)
探索者の免疫力に関しては後でギルドの資料を確認してもらってから関係者の間で話し合いをして貰うことにし、取り敢えず隆一たちはそのまま迷宮の4階を目指して迷宮に入った。
伝染病の流行なんて、起きる時は起きるし、起きない時は起きない。
10年から20年に一度の頻度となると、確率論的には今急いだところで大勢に影響はないだろう。
そんな訳で隆一は4階まで降りていく間にも熱心に魔力感知を使い続けた。
まだ慣れていない感覚に気を取られて時折躓いていたものの、ここ数日の鍛錬の効果のお陰で4階にたどり着くまでほぼ継続的にずっと魔力感知を続けることができた。
「魔物の居場所がちゃんと分かるなんて、なんか感動的・・・」
目に見えていない敵の居場所が分かるなんて、なんとも凄腕っぽくてファンタジーだ。
もっとも見つける手段が脳裏に浮かぶレーダー画像というのがちょっとファンタジー感を損ねているが、殺気や害意を感じることが出来ないのだ。
魔力感知を一番使い易い効率的な方法で活用するしかしょうがないだろう。
「どんな感じだ?」
3人に襲い掛かってきた突進豚を立ち止まりもせずにあっさり斬撃で切り倒しながらデヴリンが隆一に尋ねた。
「最初は大蜘蛛や鼠は出てこなかったんだが、感知出力を上げたらちゃんとピックアップ出来た。
とは言え、あまり小さいのまで拾い上げるとちょっと魔力の無駄だから、2階に来てからは出力を下げている。
突撃豚も一角兎もちゃんと感知できるが・・・此奴らって時々何もないところに現れていないか?」
薄く長細く伸ばした魔力をコンパスを回しているようにぐるっと回して順番に感知しているので、常時周りに何がいるか分かっている訳ではないのだが・・・それでも対象の移動速度から考えるともっと感知範囲の外周部で見つかったはずの魔物が時折、唐突に内周部近くに現れている。
疑問に思いながら隆一がデヴリンに尋ねたら、あっさり肩を竦められた。
「迷宮の中だぜ、ここは。
魔物がポップするのは当然だろ?」
そう言えば、迷宮の魔物は基本的に魔力が凝って突然現れるのだと初日に説明されていた。
「そうだった。
ちなみに外の森とかでは魔物はポップはしないのか?」
「外の場合、ある程度以上の魔力を吸収した動物が何かの拍子に魔物化することはあるが、迷宮のように突然何もないところから発生するという事は無いな」
デヴリンの言葉に隆一は軽く考え込んだ。
つまり、外だったら半径100メートルのレーダー式な魔力探知で問題はないはずだが、迷宮の中だと近くにポップされた場合に反応が遅れる可能性があるという事だ。
半径30メートルぐらいの範囲は常時感知状態にして、残りの70メートルの範囲をレーダー感知方式に出来ないか、試してみるのが良いかも知れない。
「うわっとぉ!」
そんなことを考えながら魔力感知の形を変えようと試行錯誤していた隆一はいつの間にか立ち止まっていたデヴリンに衝突した。
「3階に下りる階段だが、大丈夫か?」
どうやら隆一が上の空で足元に注意を払っていないことに気が付いていた為、階段を下りる前に声をかけてくれたらしい。
「おっと。
ありがとう。
ちなみに、魔物がすぐ傍に急にポップしたせいで襲われてケガをしたり死んだりすることってそれなりにあるのか?」
取り敢えず一時的に魔力感知を変えようとする試みを諦め、普通に階段を下りながら隆一はデヴリンに尋ねた。
魔力探知その物に慣れていないせいで見逃している可能性もあるが、まだ1時間も歩いていないのに既に何度か魔力感知のレーダーの上で突然ポップしている魔物を確認している。
半径100メートルの範囲内にポップしているのが1時間に3度だとすると、すぐ傍にポップされる確率は低いとは言えそれなりに起きそうに思える。
だが、もしかしてこのやたらと使い勝手の良い迷宮だったらすぐ傍にはポップしないというような都合の良いルールがあるのではないかと期待してみたのだが・・・。
「魔物はポップして5秒ぐらいは動きが無い。だから実力に相応な階層にいるならその間に何とか武器を手に取って応戦出来るから一匹ポップした程度で死ぬという事は余程運が悪く無い限り余りない。
流石に2匹すぐ傍に現れるなんてことはほぼ無いしな。
ただ、貴族の坊ちゃんが護衛の言うことを聞かずにテントを張って一人で風呂に入って死んだとか、寝る時に周りに人間がいると落ち着かないとかアホなことを言って他の人間を遠ざけて爆睡していて大けがをしたなんて話は時折聞くな」
デヴリンの答えに隆一は軽く眉をひそめた。
「確率論的にテントの中にポップする危険があるのは分かっているのに何だってそんな馬鹿なことをするんだ?
護衛にしたってそんなアホな主張を許して護衛対象を死なせたら責任問題になりそうなものだが」
相手が馬鹿だからと護衛対象の無知を窘めずに死なせていたら、そのうち相手が失礼なことをいうから態と死なせるようになるのではないだろうか?
証人がいないところで護衛対象が死ぬのだ。
本当に護衛対象がそんな馬鹿な主張をしたのかなんて、分からない。
「こちらの言う事を聞いてくれない馬鹿な貴族の護衛は誰もやりたがらない。
それでもどうしても探索したいと言う場合は『護衛の言うことを聞かずに死んでも護衛は責任を問われない』という契約を交わし、記録用魔道具をギルドから借りて相手が護衛の忠告を拒否したところをきちんと記録して持って帰ってくる事になっている」
ダルディールのもう少し詳しい説明に、隆一は前日に聞いた国の上層部になりたい若者へ推奨される実践的な免疫力アップの方法を思い出した。
スラムでのボランティアはそれなりに誤魔化しが効くかも知れないが、高位貴族の息子などは実際に迷宮を潜って相当期間を過ごさないことには一人前として認めてもらえないのだろう。
そして親としてもある程度以上教え込んでもバカが治らない子供は見捨てるようだ。
見捨てる気が無ければ、『いう事を聞かないで死んでも責任なし』という契約を結ぶ代わりに、『命を守るために殴って言うことを聞かせても罰せられない』という契約を結ぶだろう。
というか、ちゃんと考えている親だったら子供の教育にそこまで失敗することなど余りないだろうし。
そんなことを考えながら3階に足を踏み出そうとした隆一は、ふとあることを思い出した。
「あれ、俺はそんな『言うことを聞かなかったら死んでも自業自得』という契約を交わした覚えが無いが・・・泊りがけが必要になった時点でするのか?」
デヴリンが呆れたように肩を竦めた。
「何を言っているんだ。
お前を死なせたら俺たちも天罰で死ぬんだぜ?
殴ってでも死なないようにするに決まっているだろうが」
ギルドで交わす免責契約は、神様に対しては無効らしい。
あともうちょっとで4階!




