74.複雑な心境:デヴリン・アシュレン(2)
「セラちゃんの具合はどうだ?」
騒がしい酒場の隅でワインのボトルを傾けながらダルディールが聞いてきた。
「相変わらずだな。
最近は天気がいいからベランダから庭の緑を楽しんでいるらしい」
2日に1回迷宮に潜っているせいでどうしても騎士団での仕事が溜まってしまい、最近は帰るのが遅くなる日が増えてきている。
だが、朝食の際に話した感じでは体調は悪くは無いようだった。
「リュウイチも妹が難病に苦しんでいたとは思い掛けない偶然だったな。
でも、お蔭で頼んだら協力してくれる可能性が高くならないか?」
自分のグラスにもワインを注ぎながらダルディールが言う。
「どうだろうな。
もしもセラの病状が急変して死んじまった後に、誰かにそいつの妹を助けるために一緒に迷宮へ潜ってくれと言われたら・・・『なんで俺のセラはもう夕日を楽しむことも初雪で雪兎を造ることも出来ないのに、お前の妹は助かるんだ?』って感じそうな気がする」
単にリュウイチに可愛がっている妹がいたというのだったらセラの状況に同情して助けてくれたかもしれないが、そんな妹がいたら柵を捨てたいとこの世界に召喚されるような心境にはならなかっただろう。
助けようと頑張ってきた妹が死んでしまい、それでも何とか気を取り直して新しい家族を始めようとしたらそれも上手くいかず、すべての家族や親しい人間との絆を失って(切り捨てて?)この世界に来たリュウイチの精神状態があまり良いとは思えない。
現に、色々と想像もできなかったような発明を次から次へとしているにも関わらず、リュウイチはその発見に興奮したり誇りに思っていたりといった様子は余りない。
「リュウイチってギルドや騎士団の事とか探索の事は色々と質問してくるのに、家族の事は一度も聞いてきたことがないんだよなぁ。
それを思うとあまりこちらの都合を押し付けてお願い事をするのが賢いとは思えん。
取り敢えずは探索に役に立つような物を次から次へと発明してくれているから、それに満足しておくよ」
酒場の看板娘が持ってきた唐揚げをつまみながらデヴリンは肩を竦めた。
「あれもなぁ。
招かれ人が新しい技術を齎してきたという話は歴史で習っていたが・・・ああも次から次へと息をつく暇もないペースで発明していくとは思わなかった」
うっかり受付嬢の隈にコメントして怒りの鉄槌を食らったダルディールはため息をつきながら唐揚げに手を伸ばした。
「探索者ギルドにとってはもの凄くありがたい発明ばかりなんだが・・・試作品のテストや製造工程の割り振り、販売ルートの手配に他国のギルドとの情報交換や何やかやで王都のギルド職員はもうアンデッドみたいな見た目になっているよ」
「あ~やっぱり残業が凄いのか。
受付嬢の化粧が濃くなってきたとは思っていたんだよな」
デヴリンが軽く笑いながらワインのお代わりを注ぐ。
「今回の重量軽減バックパックも凄いしな。
その後は猫車かリヤカーにも似たような魔道具をつける予定らしいし、ますますギルドが忙しくなりそうだな」
デヴリンにとっては運搬係を連れずに深部まで一人で潜りやすくなる魔道具だから、非常にありがたい発明だ。
「ああいう画期的な魔道具が出来ると行き渡るまではそれの争奪戦も凄い事になるんだよなぁ・・・。
ダンゴムシ入りの迷宮保存具のように簡単な物だったら大量生産も可能だが、錬金術師にしか作れない金属を使った魔道具じゃあ一個一個作るのにそれなりに時間がかかるだろう」
新しい魔道具を入手しようとごり押ししてくる中~高ランクの探索者をギルドの店で宥めるのに駆り出されるのは元高ランク探索者として著名なダルディールだ。
酷い時には錬金術ギルドに居座ってしまった探索者を引き取るのに狩り出されることもある。
「毒消し草を病気の治療に使う研究というのもやってもらいたいところだが、どうも医療関係の研究は後回しにしたい心境のようだからな。
運搬具の重量軽減の次は個人で空を飛ぶ魔道具の開発のようだから、少なくとも探索者ギルドは楽になるんじゃないか?」
苦笑しながらデヴリンが答える。
「個人で空を飛ぶ魔道具も、斥候役の探索者にとっては親を質に入れてでも欲しくなるブツだぞ?」
恨めし気にデヴリンを見ながらダルディールが言った。
「同じ斥候でも軍の方が先に購入権を得るだろうさ。
だから試運転も軍がやることになる」
『国と民の安全の為』という大義名分はこういう新しい魔道具が開発された際には強い。
小型な飛行船でも近づけないような場所への急襲用の部隊を設立されることになったりしたら、予算も桁違いになるだろう。
単なる個別の斥候役が使う移動用の魔道具でおさまるとしても、軍全体の斥候兵の人数を考えればやはり予算が大きくなるのだから、軍が大量生産へ手を貸す代わりに初期の製品を押さえることになる可能性は高い。
「・・・形になってきたら特許登録する前のテストに付き合うから試作品を一つくれと言っておかないとな」
個人的に迷宮を潜る際に使うかどうかは不明だが、やはり空を飛ぶというのは男にとってはロマンなのだ。
思う存分空を飛んで鬱屈が晴れたら、今日言っていた毒消し草の研究に取り組む気にリュウイチがなってくれることを期待しておこう。




