72.迷宮6階(4)
迷宮6階には魔物はトレントと風蜘蛛しかいない。
後は中級薬草と毒消し草が生えている草原モドキな場所が広がるだけなので、トレントの森を離れればかなり安全な階層と言える。
とは言え、トレントと離れていても岩の影に風蜘蛛が潜んでいることもあるし、転移門から草原に辿り着く為にどうしてもトレント(とそこに巣食う風蜘蛛)の側を通る必要があるので子供が来ることは推奨されていないらしいが。
「ちなみに、なんでこの蜘蛛は風蜘蛛って呼ばれているんだ?」
デヴリンが倒した4体目の風蜘蛛を油漬けにして保管袋に入れながら隆一が尋ねた。
「ごく弱い風魔法を使って糸を飛ばして移動するから風蜘蛛って名付けられたらしいぜ。
外だと蜘蛛は魔物も自然の風を使って糸を飛ばして移動することが多いんだが、迷宮の中では特殊環境の階層以外では風なんぞ吹かないだろ?
だけどこの風蜘蛛は風魔法で糸を飛ばしてかなり大きく動き回るんだ」
「迷宮って風が吹かないんだ・・・」
気が付いていなかった隆一だった。
地下にありがちな比較的安定して程よく涼しい気温だったので、あまり風の必要性を感じなかったから吹いていないことにも気が付いていなかったのだ。
「おうよ。
だからここでは風下とか風上とか考えずに動き回っているが、地上で魔物がいる森とかを動き回る時は風の向きにもちゃんと注意を払わないと思いがけないほどの距離で発見されることもあるから気を付けるんだな」
5階ごとにエレベーターのごとき転移門があって比較的快適に行き来できる迷宮ですら護衛がいなければ魔物と対応できない隆一である。
魔物が普通にうろついている森の中になぞ足を踏み入れるつもりは全く無いが、空を飛ぶ魔道具を造った際に試作品を試している間に不時着する可能性はゼロではない。
「気を付けるようにするよ。
だが、魔物って臭いで獲物を見つけるのか?
生命力とか魔力とかに惹かれるのかと思っていた」
考えてみたら魔物の行動様式について特に教わった記憶は無いので生命力なり魔力なりに惹かれるとは限らないが、隆一が妹に付き合って読んだラノベなどではそういうパターンも多かった。
「ゴーレムなんかは魔力で探知しているっぽいしアンデッド系は生命力だが、動物系の魔物は臭いや音に敏感だぜ?
戦っている最中に魔術師を狙うことが多いから魔力にも惹かれる可能性も高いが」
・・・大量に魔石を鞄に入れて、身軽に反重力の魔道具なんぞで魔物がいる森の上空を飛んでいたら、もしかしたら下では魔石と隆一の臭いに惹かれた魔物がぞろぞろとついてきているなんてことになるのだろうか???
(その状態で不時着なんぞしたらあっという間に魔物の胃の中に納まりそうだな)
基本的に魔物がいるところでは空を飛ぶ魔道具を試さないでおこうと心に決めた隆一だった。
「しっかし、この毒消し草というのも滅茶苦茶だな」
風蜘蛛をバックパックに突っ込むついでに採取した毒消し草を鑑定しながら隆一は思わず呟いた。
「どうしてだ?」
「俺がいた世界では、毒蛇なんかの動物の毒はその動物の血液を使って血清で解毒剤を作成した。
動物は自分の毒をうっかり身に受けることもあったからそれに対する耐性を必要とするから解毒剤を造れるんだ。
だが、植物は自分の毒を中和する必要なんかないだろ?
だから草を由来とする毒っていうのは俺の世界では基本的に解毒剤が存在しなかったんだ。
なのにこの毒消し草は草の部分と茎の部分と根の部分で植物由来と、鉱物由来と、動物由来の毒に対応する解毒剤が造れるんだぜ?
どう考えても納得できん」
ある意味、これは神の贈り物のような物なのかもしれない。
「魔術や魔道具でも解毒って可能だからなぁ。
毒消し草で解毒剤を造れることが納得いかんと言われても・・・」
肩を竦めながらダルディールが答えた。
確かに、回復術でも解毒は可能だ。
魔力及び毒に対する知識によってどれだけの毒に対処できるかは変わるそうだが。
「これだけ色々な毒に対応できるのに、病気の治療には全く使えないというのも納得いかないし。
本当にこの世界のロジックというのは不思議すぎる」
隆一はため息をつきながら毒消し草をウェストポーチに入れた。
「病気は毒とは違うだろ?」
デヴリンが首を傾げた。
「食中毒なんかは、古くなった食べ物に繁殖した菌が排出した毒に人間が苦しむ病気だ。
菌自体は体の免疫機能が対応する必要があるとしても、毒を毒消し草で解毒出来たらかなり患者的には楽だと思うぜ?
『治療』とはちょっと違うかもしれないが苦しみの軽減には役に立っても良いはずなんだが、鑑定してもそういう機能は出てこないんだよなぁ」
それこそ、腎機能が低下して地球だったら透析が必要になるようなケースだって、老廃物を毒と見なして『解毒』出来れば良さそうなものだが。
まあ、老廃物を恒久的に毒消し草で『解毒』し続けることは出来ないだろうから余命を少し伸ばす程度になるのかも知れない。
どちらにせよ、鑑定に出てくる毒消し草の非常識な効能を見ると、これが体内の病気から出てくる有害物質の排除に役に立たないのもイマイチ納得できない。
「・・・鑑定に出てくる情報というのは、この世界が知識として有する情報なんだ。
だから誰一人として考えたことも無い治療法は鑑定にも出てこない。
隆一が試してみて成功したら、鑑定の情報が変わるかも知れないぞ?」
ダルディールが毒消し草を引き抜き、マジマジと見つめながら言った。
「そうなんだ?
いつか時間が余った時に試してみても、いいかもな」
毒消し草を使った解毒剤の作り方から研究する必要があるだろうが、色々考えている実験が終わったら試してみても良いかも知れない。
しっかし。
自分が色々研究して分かった情報が、勝手に世界によって『鑑定』で共有されてしまうのでは特許も何も無いような気がするが、どうなのだろう?
バックパックの戦闘実験もやらせようと思っていたのにたどり着かなかった・・・。




