71.迷宮6階(3)
中級薬草を3束ほど採取した後、3人は外縁を右回りに歩き始めた。
デヴリンがふと傍の木に目をやり、剣を振るう。
「風蜘蛛だ」
隆一の足止め用魔道具に使っている粘着液の素材の一つである。
「お!
新鮮な糸袋だと何か違うのか、確認できるいい機会だな」
隆一は嬉々として風蜘蛛を解体して糸袋を回収し、他の部分も調べようと氷漬けにしてバックパックに入れた。
「もう3体ぐらいサンプルが欲しいから、よろしく~」
「風蜘蛛だったらギルドの受付でどの部位だって買えるぜ?」
デヴリンが首を傾げながら尋ねる。
「異なる状態で保存したらどんな違いが出るかを確認したいんでね。
それは現地でゲットする今日じゃないとダメだろ?」
冷凍状態、真空状態、冷蔵状態、油漬けの4通りを試したいと思って油まで準備してきたのだ。
食べる訳でもないのだから油漬けにしたら氷漬けよりも良い事があるかどうかは不明だが、凍らせると細胞が破壊されるのでもしかしたら何か違いがあるかも知れないと思って隆一はザファードに頼んで瓶詰め用の油を貰ってきていた。
「なんかさぁ、リュウイチって魔道具を造ったり、魔物の部位を使って今までのと違う回復薬を造ったり、色々と手を出しているみたいだけど将来的には何をやりたいと思っているんだ?」
暫し歩き、今度は毒消し草の群生地で採取し始めた隆一にデヴリンが聞いてきた。
「・・・特に何も考えてない」
「はぁ??」
「元々、幼いころから難病に苦しんでいた妹を治療しようとずっと頑張っていたのに後ちょっとって思っていたら別の病気であっさり死んじまったんだ。
ちょっとした縁があったから気を取り直して新しく家族を始めようかと思ったらそれも上手くいかなかったし、異世界に来たせいで縁そのものが実質ゼロになったし。
流石に現時点では家族を持とうとは思えない。
そうなるとやりたいことなんて特にないんだよなぁ」
隆一は学生の頃から、妹の難病を治療したいと頑張ってきた。
周囲の人間は隆一ほどはっきりと明確にやりたい目標を持っていた人間は少なかった。
大抵の人間は突き詰めれば『金を稼ぎたい』『偉くなりたい』『女にもてたい』といった程度のことしか口にしていなかった。
大学院では『アフリカで貧困にあえぐ人たちを救いたい』というタイプの理想家もいたが。
経営論で、人間の欲求は生存のニーズが満たされたら友人や社会から受け入れられたいという欲求に移行し、そして次に他者から認められたいという承認欲求を感じるようになるという理論があった。
大学や会社の知り合いは大抵はここら辺だった。
更にその上だと自己実現欲求となるが、これが世界を救いたいタイプなのかもしれない。
全ての柵を切り離してこの世界に来る羽目になった隆一としては、周りから承認されたいという欲求は特に感じない。
自己実現欲求も微妙なところだが、それが色々な不思議な技術を試すことなのかも知れない。
(・・・改めて考えてみると、実は糸が切れた凧のようになっていて俺って精神的に危険な状態なのか?)
将来的に何をしたいと考えているのかと聞かれて初めて、隆一は自分が何も先のことを考えようとしていないことに気が付いた。
「強いて言うなら、取り敢えずは前の世界には存在しなかった魔術という不思議技術を色々試したいといったところかな?」
いくら日本でもう何もかも捨て去ろうかと考えていたところとは言え、『何もかも』は職場や今までのキャリアのことであり、地球そのものを捨てるつもりは無かったのだ。
相談されたのならまだしも、問答無用に勝手にこちらに移植されたことにはそれなりに不満を感じているというのが隆一の正直な気持ちだった。
流石にこちらの人間にそれを言うつもりは無いが。
過去にこちらに『招かれた』人々がこの世界に役に立つ技術や知識を持っている人間が多かったことも、自分の能力を利用する為に連れてこられたようで不快である。
お蔭で日本で研究している頃にだったら寝る時間を惜しんで研究に励んだような能力や素材がある状況でも、素直に真正面から取り掛かろうという気にもならない。
まあ、食うのに困らないお蔭でやらなければならないことが無くて暇だから、一応研究しようとは思っているが。
医療特化な錬金術の能力なんぞを見せつけられても、それに熱中するよりは空を飛べる可能性があり、荷物を宙に浮かべられる反重力の魔道具の術式の方に興味がわく。
「そうだな、取り敢えずは反重力の術式を研究しまくって一人で空を飛べるようにならないか、頑張ってみようかな」




