66.バックパック(2)
「いや~だってさぁ、神殿の人間が招かれ人の金を横領する可能性は限りなく低いし、万が一盗まれていても、絶対に神殿が補填してくれるだろ?
だから年に一度程度確認すれば良いと思って。
日常の生活費は探索者ギルドでの回復師のバイトや探索での売り上げで賄えているし」
隆一の言葉にザファードがため息をついた。
「年に一度しか確認するつもりが無いのでしたら、これから収支報告は週次ではなく月次に出しますね」
「おう、そうしてくれ。
紙の無駄遣いは勿体ないし」
ザファードは机の上の書類をあさり、幾つかの書類を手に取ると立ち上がって隆一の所に来た。
「まあ、それはともかく。
リュウイチ殿が最初に提供した喘息と肺炎の薬の特許収入です。
肺炎は比較的患者数が少ないとは言え他の薬との兼ね合いで値段が高く設定されましたし、喘息の薬は今までにないタイプだったので値段は押さえましたが、単発でも使えるせいで転売が多く出過ぎたので値段を上げる羽目になりました。結果としてどちらもかなりの収入になっています。
本当にこれの10年分の家を買うのですか?」
ちらりと書類に目をやった隆一の目が大きく見開かれた。
「なにこれ??!!
特許料は最低で良いって言っておいただろ?」
「肺炎も喘息も悪化すると完全治療か上級回復薬を必要とする難病です。
大抵はそれなりに進行しないと治療に来ないので最低でも中級回復薬が必要とされるので、薬の値段は高くなるんですよ。
既存の薬より効くのにそれより安くしたら転売されるだけなので、どうしても既存の薬の価格を考慮せざるを得ません」
渡された書類の下の方には値段設定に関する資料もあった。
肺炎はまだしも、喘息用の吸入ステロイド薬は予防薬として毎日吸入しておくことで気管支の炎症を抑えておく薬なのだが・・・なまじ発作が起きた時に吸引してもそれなりに効果があるために、結局既存の薬と値段が同レベルになってしまったらしい。
「まあ、良いや。
取り敢えず、ちょっと成功した錬金術師や探索者が住んでいてもおかしくないレベルで探してくれ。
そのレベルじゃあ無理!ていう感じだったらまあ最高10年分の収入でも良いよ」
考えてみたら、足止め用魔道具や運搬用魔道具が本格的に販売され始めたら更に特許収入が増えていくのは目に見えている。
無理に予算を削ってもしょうがないだろう。
◆◆◆◆
「はい、体重計です。
こんなもの、何に使うんです?健康管理の為でしたら風呂場に置いてありますよ?」
この世界の体重計は日本で普及していた体脂肪計よりも一回り大きい程度で、アナログで体重しか測れない物ではあるが日本のそれと余り違いは無かった。
「ちゃんと魔道具が重さの負荷軽減の機能を果たしているのか測るのに、体重計は一番簡単で確実だろ?」
体重計の上に新しく作った負荷軽減の魔道具を置き、更に重しを乗せる用の箱を上に置きながら隆一が答えた。
「その魔道具で重さが減るんですか・・・」
何やら感慨深げにザファードが呟いた。
「う~ん、実際に重さが減るというよりも、その上に乗せてあるものを持ち上げるのに必要な力の一部を魔力で提供することで、荷物を持つ負担を減らすって感じ?」
実験用に持って帰ってきたアイアンゴーレム(小)の腕を箱の中に入れながら隆一は答えた。
体重計の目盛りがぐっと右に動き始めた数秒後に魔道具の側面に小さな光が一つ点灯し、目盛りが左に戻った。
「お!
上手くいってんじゃん~~!!」
嬉し気に笑いながら、隆一が今度はアイアンゴーレム(小)の膝下を箱に入れる。
またもや体重計の目盛りが右に動き、更に2つほど魔道具の側面に小さな光が点灯して目盛りが元に戻る。
アイアンゴーレム(小)の太ももを箱に入れたらもう2つほど光が点灯したのだがそれで終わりだったのか、アイアンゴーレム(小)の胴体を入れても何も変わらず体重計の目盛りは右に振れたままだった。
「壊れましたか?」
ザファードが恐る恐る尋ねる。
「いや、元々これはバックパックに入れる荷物の負担を減らすだけだったから、アイアンゴーレムの手足を入れる程度しか想定してなかったから出力もそれだけしか設定してないんだ。
今は過負荷状態になっても特に故障しないことを確認して、後は魔石がどのくらいで空になるかの観察だな」
実験結果をノートに記載しながら隆一が答える。
「・・・つまり、これは荷物を増やすと徐々に負担を軽減する力も増えるということですか?」
「そう。
下手に出力を高くしすぎたら中に入れた荷物がバックパックから飛び出すかも知れないし、魔力の無駄遣いになるだろ?
だからバネを複数仕込んで、それが押された負荷に対応して反発力も上げるようにしてあるんだ。
どの程度の出力を使っているのか確認出来たら便利だろうと思って横に小さな表示灯もつけておいたんだが・・・これはバックパックの中に入れていたら見えないから、テストが終わったら外しても良いかも知れないなぁ」
腕を組んで考え込みながら隆一が答える。
「今まで何百年もの歴史の中で誰にも成し遂げられなかった魔道具が、1日弱の研究で出来上がってしまうのですか・・・」
ザファードが呆然としたように呟いた。
体重計の前にしゃがみ込んでいた隆一が、立ち上がりながら肩を竦めた。
「反重力の術式が無ければこれは不可能だったから、実際に誰かが重さ軽減の魔道具を造れるようになったのは招かれ人であるレティアーナ女史が来てからだから150年程度だろ?
後はアルミ合金が反重力の術式に侵食されないという事を発見できた偶然のお蔭ってやつだな。
この二つの条件が揃えばヴァダスだって興味があれば同じような魔道具が短時間で開発できたと思うぜ。
なんと言ってもこの世界は錬金術の加工スキルで欲しい仕組みが思い通りに作れるからな。術式をちょちょいと修正したら後は工夫次第でかなり融通が利く」
実際、昨日探索の帰りに錬金術ギルドに寄った時に既にヴァダスは何やら試作品を作っていたし。
彼の場合は実験室の中で物を動かす為に、台車とフォークリフトを合体させた様な物を目指していたようだったが。
「・・・考えてみたら、アルミ合金を反重力の術式に使えるという情報は特許登録するには漠然としすぎていたからヴァダスに知らせるだけで放置したんだが、あの人じゃあそれを周知するなんて考えないかもな。
明日、もう一度錬金術ギルドに寄って誰かに情報を拡散するよう伝えておくか」
どうせバックパックの負担軽減魔道具を登録したらすぐに周りに知れ渡るのだ。
アルミ合金はあまり知られていない合金なので一番使い勝手の良い隆一が登録したジュラルミン合金を使うことになる可能性が高いのだから、そちらから特許収入が入るのだしさっさと情報を拡散して他の錬金術師にも色々と工夫して作ってもらった方が隆一への余計な要請が来なくて済みそうだ。
まあ、他の人でも開発できる情報が揃ったとは言っても隆一は術式の改造が突出して早いので、開発速度もずば抜けてますけどね。




