6.練習台:ゼルガン
サブタイトルに人の名前が出ている場合はその人の視点からの話になります。
今回のゼルガン氏はちょっとドジを踏んだ探索者。
P.S. 誤字報告ありがとうございました。
「ではそこの、骨折した男性にまずはお願いしましょう」
(よっしゃぁ!)
探索者にとって負傷はつきものとは言え、下手をすれば身体能力に支障が出てその後の活動に差し支えることになる。たとえ致命傷ではなくても怪我が元でその後結局死ぬ羽目になる探索者も多い。
なので探索者は必ず回復薬を持っているのだが、それで足りないような負傷を負った場合・・・ギルドに貯金がある場合は良いが、金が足りない場合は運よく見習いヒーラーの練習台に選ばれるか否かが運命の分かれ目になる。
見習いヒーラーが常にいる訳ではないし、見習いでは魔力もそれほどないのでギルドで屯している負傷者全員を治療できる訳でもない。
怪我はそのまま放置しておいたら悪化することも多いし、変に歪んで治ってしまったせいで手足が思うように動かず探索者を引退する羽目になる人間も多い。
だから怪我をして、金が無い探索者は数日ほどギルドで見習いヒーラーが練習に来ることを祈りながら待ち、手遅れになりそうになったらギルドから借金をして神殿へ治療に行く。
どうしてもその場合は最低限の治療しか出来ないし、借金を返そうと無理をして帰らぬ身になる者も多い。
だから負傷した探索者にとって、見習いヒーラーの練習台になることは本当に重要なのである。
ゼルガンも宵越しの金は持たぬ典型的な探索者だ。
一応装備が駄目になった時の為、そしてもっと腕が上がった時により良い装備を買う為に少しずつは貯めていたものの、今回は装備まで破損してしまったせいで活動を続けるのに必要な最低限の装備を買い直すだけで貯金が底をついてしまい、治療費は苦しかった。
なので祈りながらギルドで待っていたのだが・・・2日目に、神殿のメラクが若い男を伴って姿を現した。
『回復練習に来ました』
賭けに勝った~~!!!
(訓練担当がメラクなのが玉に瑕だが・・・)
メラクに教わった見習いは腕が良く、一人前になってからだったら是非とも担当になってもらいたいヒーラーになる。
が。
優しく言い聞かせるだけの教師が毎回腕のいいヒーラーを育て上げる訳などない。
つまり・・・メラクは逃げ出しさえしなければ見習いが腕利きになるほど、スパルタなのだ。
骨を接いでいない骨折患者だと、態とそこに注意をひかぬように回復を掛けさせ、曲がって繋がってしまった骨を見せて『もう一度折って治す必要がありますね』と金槌を渡しながら命じる。
骨を接いでいない骨折患者がいない時は服が傷口に巻き込まれて回復されるのを態と見逃し、見習いは泣きながらそこをナイフで切り開いてまた回復するよう指示される。
上手く(?)服を巻き込んで回復されなかった時などは、何も指示を出さずに見習いに全て任せてしまい、態々『経過観察』と言って患者にギルドで一晩休むように言い聞かせた後に帰ってしまう。
翌朝、メラクが現れた時には傷口から入った汚れが敗血症を起こしていて、足は赤紫色になって太ももよりも腫れていたとの話だ。
メラクは『初期の敗血症の治療方法を習う機会はあまりありませんから幸運でしたね!』とにこやかに笑いながら見習いに治療させていたが・・・周りで見ていた人間はドン引きしていた。
あの事件以来、基本的に骨折した探索者は絶対に骨を接がずに待つようになった。
(接いでいない骨折箇所があるから少なくとも敗血症は恐れなくて済むが・・・一度変な風に回復されてしまった骨をもう一度折るのって痛いんだよなぁ・・・)
でも、無料で治してもらえるのだ。
文句は言ってはいけない。
敗血症になるよりマシだし。
そう思いながら治療室に連れていかれたゼルガンだが、今回の見習いは想定外に腕が良かった。
なんと、最初に指示された裂傷を回復した際に、他の部分は全く治療しなかったのだ。
メラクに指示されて『鑑定』と唱えた見習いの男は暫く宙を見ていたが、やがて『ふむ』とつぶやいたと思ったら徐にゼルガンのズボンを捲し上げて足の傷を確認した。
「興味深い。
では、下着以外全部脱いでここに横になってくれ」
足の傷を確認した後に腕を組んで考え込んだリュウイチは、暫くしてからまた動き出し、ゼルガンに声をかけた。
(服を脱ぐ前に、先に腕の骨折だけでも治して欲しい・・・)
骨折した腕を動かさなければ服の着脱も出来ない。
かなり痛いのだが・・・メラクの弟子なのだ。
そこら辺は痛みを訴えても聞いてもらえないだろう。
とは言え、メラクよりは親切なのか、リュウイチはゼルガンが服を脱いで診療台に横になるのを手伝ってくれた。
あまり要領は良くなくて痛かったから看護の経験はないようだったが。
どういう経緯で回復のスキルを発現させたのだろうかと想像しながら寝転がっていたら、リュウイチがメラクの方を向いた。
「骨を正しい位置に直す便利な術はあるのだろうか?」
「完全回復だったら勝手に骨が正しい位置に戻りますが、それ以外だったら手で伸ばして動かすしかありませんね」
あっさりとしたメラクの返事に、リュウイチは暫くうなってゼルガンの腕を見ていたが・・・やがて折れた腕に手をあてて、引っ張り始めた。
「ぐうぅ!」
思わず声が漏れる。
ゼルガンのうめき声に怯んだのか、リュウイチが手を放してしまう。
「・・・痛み止めの術か薬は?」
「状態異常のマヒを起こす術だと悲鳴を上げられなくなるのでやりやすくなりますが、痛みを感じない訳ではないのであまり意味はないかもしれませんねぇ。
睡眠を思いっきり強くかけて意識不明になっていたら痛みを感じないかもしれませんが、折れた骨を引っ張っても起きないほど強く睡眠の術を掛けると下手をしたら二度と目覚めない可能性があるのであまりお勧めできません。
魔物の麻痺毒は痛み止めとしても使えなくもないですが危険な毒性や中毒性が無いものは高くつくので払うよりは我慢すると思いますよ?」
にこやかにメラクが説明していた。
ゼルガンもその言葉に渋々と頷いてみせた。
変な副作用も危険性も無いような質の良い麻痺毒なんぞ高くてとても手が届かない。
そんなものにかける金があったら買い替える装備をワンランク上の物にする。
「そうか。
骨接ぎなんてしたことはないのだが。
まあ、何事も練習が重要か」
練習台としてはかなり冷や汗が出るようなことを言いながら、リュウイチが再びゼルガンの腕に手をあてて、今度は遠慮なく引っ張り始めた。
腕力が足りないのか、それとも単に慣れていないだけなのか、ゼルガンの体そのものが引っ張られてしまったりして中々骨が正しい位置に動いてくれない。
やっとリュウイチが骨を正しい場所に接ぎ終わった時には痛みから吐き気で頭がガンガンしていた。
(初の骨接ぎ練習台だなんて、ついてない・・・)
見習い回復師が一人前になるまでにはそれなりの数の骨折も治さなければならない。
だから見習いと言ってもそれなりに腕がいい者もいるのだが・・・今回は正真正銘の初心者を引当ててしまったようだ。
まあ、最初に骨を間違って治されて折り直される可能性だって高かったのだ。
まだマシだったと信じよう・・・。
骨の状態に満足したらしきリュウイチが再び鑑定をかけて何やら考え始めた。
「ふむ。
コツマクも破けているし、筋も変に伸びて炎症しているな。
骨を繋ぐだけでなくコツマクも癒しておいたら腫れや後遺症もなく治るのかな?」
そんなことを呟きながら指をちょこちょこ動かし始めたら、何かが腕の中で動く感じがした。
「おや?
『加工』のスキルで患部も動かせるのか。
手で引っ張る必要はなかったな」
呑気に呟いたリュウイチに、メラクが頷いた。
「そうですね。
『加工』が使えない回復師は複雑骨折や粉砕骨折をきちんと直すことが出来ないので一人前とは呼ばれません。
スキルの原理が違うので回復のスキルを発現させても加工のスキルを身に着けるのに苦労する回復師も多いので、既に身に付いているリュウイチ殿はこの時点で中々の腕前ですよ」
「ほおう。
ラッキーだったのか。
・・・それともそこまで分かっていたのかな?」
何やらイマイチ意味の分からない話をしていたと思ったら、リュウイチが回復を唱えた。
「腕を動かしてみてくれ」
言われた通りに動かしてみたら、全く違和感がない。
通常、骨折の後は治療しても微妙に骨折箇所の周りが腫れた感じがして違和感があるのだが、今回は何故か全く違和感がない。
「驚いた。
全く違和感がない」
妙に診察の為の鑑定に時間をかけるが、今度の見習いは随分と腕が良いようだ。
神殿から一人前のお墨付きをもらう前に、沢山探索者ギルドで回復の練習をしに来てくれることを期待しよう。
教わっている時ってどれだけ口で『これに気を付けるように』と言われてもやらかした時の実感が無いと中々身に付きませんよね。
メラクは実感を無理やり感じさせて一発で身につけさせる方針の人w