5.探索者ギルド
探索者ギルド。
迷宮を潜る探索者への依頼を管理し、迷宮で得てきた物を買い取り、探索者の技能と信頼に基づいてランクを付与したりする組織。
まあ、言うならばラノベで良くあるようないわゆる『ギルド』である。
『探索者』ではなく『冒険者』だったり『ダンジョンシーカー』だったり、名称は本によって色々違ったが、まさか異世界に本当にそういった類のギルドがあるとは隆一としては想定外だった。
まあ、元々異世界があるということ自体、信じていなかったのだが。
なぜそのラノベのロマンの象徴と言っても良いギルドに隆一が来ているかというと、回復とそれに関連した鑑定を実地で学ぶためだ。
午前中に一般常識をさらっと教わっている最中に言及され、隆一がかなり興味を示した為に神殿ではなく探索者ギルドで回復を実地研修に近い感じに教えてくれることになったのだ。
ちなみに。
今日教わった一般常識としては:
1.通貨の単位はパド。半パドで料理パンが1個買えるぐらいらしいので、1パド=200円程度かもしれない。
2.不動産は基本的に貴族もしくは貴族か神殿の保証を得た人間しか買えないが、招かれ人は国によってまず1軒与えられるし、自腹で買い増すことも可能。ただし、国に提供された最初の1軒は本人と本人の子孫にしか所有権はなく、子供がいない場合も異世界人基金へ寄付することは不可。
3.税金には人頭税や入街税、取引税、不動産税等がある。所得税はなく、代わりに各種ギルドで買い取り価格から引かれたり原価に追加されたりするような感じで源泉徴収に近い形になっている。ここで『各種ギルド』の例の中に探索者ギルドの名前が出て来た。
煌姫は探索者に興味はなかったし回復スキルも持っていなかったので午後は別行動となった。
「こんにちは~。
回復練習に来ました」
教師役のメラクが声をかけて探索者ギルドの中に入っていく。
「お~!
是非頼む!!」
入り口の傍の酒場で飲んでいた髭男が早速手をあげていた。
やはりリアルな探索者ギルドでも酒場が中にあるようだ。
意外だ。
隆一としては職場に酒場なんぞ設置する訳がないだろうと思っていたのだが・・・もしかしたら、この世界も水よりも酒の方が腐らなくて飲料用に入手しやすいのだろうか?
魔法とか魔道具のある世界なのだからそうでもないと思いたいところだが。
明日の一般常識の授業の際にでも尋ねてみよう。
そんなことを考えながら隆一は探索者ギルドの中を見回しながらメラクの後をついて奥へと足を進めた。
革鎧を身にまとったがっしりした親父や、金属のスケールアーマーっぽいのを身にまとった若い女性剣士とか、杖を持っている魔術師っぽい人間もいたが、流石にビキニアーマーは見当たらない。
まあ、常識的に考えたらそうだろう。
たとえ防御力があるにしても、人の目が絶えがちな迷宮なんぞに入る時に男に襲ってくれと言わんばかりの際どい服装をするなんて現実的にはあり得ない。
一応この世界には奴隷制度は無いようだが、それでも女性を襲ってアンナコトやコンナコトをやりたいと思っている下種はそこそこいるだろうし。
意外にも、魔術師らしき探索者達も革ジャンみたいな服を着ていて、ローブ姿ではなかった。
まあ、確かにずるずるしているローブでは動きにくいし変に掴まれたりしかねないか。
でも、杖を持った魔術師が革ジャンっぽい服を着ているのは違和感ある。
とは言え。
隆一も迷宮を潜ることになったらああいう革ジャンを着ることになるだろうから、ずるずるしたローブが非戦闘職装備の一般常識じゃなくって良かったと感謝すべきだろう。
そんなことを考えていたら、メラクが突き当りのカウンターの右側に居た職員に声をかけていた。
「スフィーナさん。
こちらは先日招待されたリュウイチさんです。
回復のスキルもお持ちだったのでその練習に今日は来ました」
来る道中に言われたのだが、招かれ人は特別な存在なので、それなりの権力者やギルドの職員とかには知らせるが、一般的に公開するのは現時点では止めた方がいいらしい。
殺せないとしても自殺に追い込むまでに出来ることは色々ある。
招かれ人の特徴を悪用しようと近づいてくる人間は掃いて捨てる程いるだろうから、己の身を守れるようになるまでは変に注目を集めないほうが良いと言われた。
「こんにちは。
取り敢えずは回復の練習をこちらでさせてもらうつもりだが、一通りスキルの使い方に慣れたら迷宮にも行ってみたいと思っているのでその際にもよろしく頼む」
スフィーナに挨拶をしたら、向こうは眼鏡をクイっとあげてにっこりと笑った。
「それは素晴らしい。
迷宮にもぐって下さる人員はいつでも大歓迎です。
良かったら今のうちに登録しますか?」
手間が省けるかもしれないが・・・まだこの世界の一般常識が分かっていない。
(探索者ギルドについての説明とかでも想定外な意思疎通の欠落が起きそうだな)
「登録についてはもう少し一般常識を学んで、ある程度準備ができたと思った段階で頼む。
ただ、こちらのギルドに関する説明書みたいなものがあるのだったら目を通しておきたい」
地球では会員登録とかのプライバシー方針やその他の詳細は絶対に目を通す主義だったが、何分こちらの世界の常識に関しては疎い。
出来れば神殿の世話係に解説してもらった方が無難だろう。
ということで薄いパンフレットを貰ってカウンターの右の奥にあった部屋へ。
どうやら探索者とは肉体労働者に近いのか、あまり細かい情報とかは詳細を書いても読んでもらえないらしい。
まあ、短い説明で済む単純な規則にしてくれた方が隆一としても助かる。
次はどうなるのかと思いつつ奥にあった椅子に座ったら、メラクが何やらボロボロな格好をした男を連れて入ってきた。
「リュウイチさん。
こちらは探索者のゼルガン氏です。
ゼルガン氏は先日一人前と言える鉄ランクになり、頼れる中堅どころと言える銅ランクになろうと背伸びしすぎて死にそうになってボロボロになったところを通りがかりの鋼ランクのパーティに助けられたそうです。
通りすがりとは言え、それなりに謝礼を払わなければならないし、装備もボロボロになってしまったので買い替えなければならないしで財布がピンチ状態なので、無料で回復をしてもらえる実験台に喜んでなってくれると立候補してくれました」
メラクがにこやかに説明していたが・・・ゼルガン氏の顔が引きつっている。
良いのだろうか?
まあ、MMORPGとかでも不相応な狩場に行くのは自己責任だった。
ゲーム上の金や装備を失うだけで済むMMORPGやリセットボタンがあるスタンドアロンのゲームではないのだ。
命が助かって、借金漬けになっていないだけでも御の字というところなのだろう。
しかもどうやら回復で五体満足の状態まで怪我も治るみたいだ。
『実験台』という言葉がちょっと不穏だが。
「さて。
こちらの裂傷にまず回復をかけてみてください」
隆一がそんなことを考えていたら、魔物の爪でひっかかれたらしき、3本の切り傷を指さしたメラクに指示された。
(ふむ。
このボロボロの状態だと怪我は他にもあるだろうなぁ。
左腕は三角巾で吊るしているが骨がちゃんと接がれているか不明だし)
見せられた裂傷は綺麗に洗われているようだが、他の傷も同じく綺麗に泥や布が中に入っていない状態になっているかも分からない。
下手にそれらを確認する前に傷をふさいだら不味いかもしれない。
ということは、まずはこの目の前の裂傷のみに回復をかける必要がある。
神殿で簡単に教わった時はちょっと指先を切られた後に『回復』を掛けられて、同じようにメラクの指先の切り傷に『回復』を掛けろと言われてやっただけだ。
回復を掛けられた時に何やらほんわかと温かい何かが流れ込むのを感じたので、同じような感じになるよう想像しながら『回復』と言ったら何かが流れ出してメラクの指先の切り傷が消えた。
『できましたね!では後は実地で練習しましょう!』と言われてこちらに来ているのだが・・・。
まあ、あんなに漠然とした感じで発動するのだから、魔法というのはかなり柔軟でこちらの意思に基づいて起動するのだろう。
なので『目の前の裂傷のみ、他はタッチせずに』と頭の中で繰り返しながら隆一は『回復』と唱えた。
ほわ~んと何かが流れ出たと思ったら、目の前の裂傷が見る間に薄まった。
残ったのは赤い線だが、それも薄まっているようなので暫くしたら消えそうだ。
(考えてみたらこれも不思議なもんだよなぁ。
切れた血管とか筋肉とか肌がくっついたようだが、修復したのかそれとも怪我をする前に戻ったのか。
修復したのだとしたら、一体それはどうやって起きているのだろうか?)
回復の仕組みに関しては疑問だらけだ。
細胞の修復をこれ程早く行うとしたら他の部分から成分を奪い取っていないと難しいだろう。
筋肉が減ったり、骨がスカスカになったりしないのか、統計を取って調べてみたいところだ。
それとも魔力で無から有を生み出して修復しているのだろうか?
だとしたらかなりエネルギーを消費しそうだ。
そんなことを考えていたら、メラクがゼルガン氏の腕を叩いて、「いて!!」という悲鳴に感心したように頷いた。
「見事ですね、何も言われずともこちらのちゃんと繋いでいない骨を全く治さずにそちらの傷だけを治癒するとは、流石リュウイチさんです」
おい。
「やっぱりその骨折、ちゃんと接いでないのか。
これって俺がうっかり『回復』で治していたら、もう一度骨を折らなきゃいけないところだったよな?」
まあ、痛い思いをするのは隆一ではないが。
メラクが肩を竦めた。
「回復を習い始めた初心者が良くやる間違いが、ちゃんと全ての傷を確認せずに目についた傷だけ治して敗血病を起こすことなんです。
敗血病を治療するには大回復が必要になりますし、手遅れになることもあるので傷口の確認は絶対にやるように!!!と初心者に繰り返し教えていることなんですよね~。
敗血病は直ぐには見えませんが、骨折は間違って治療するとすぐに分かりますしやり直しも比較的簡単ですから、良い『失敗経験』なんですよ」
回復とは必ずしも医療の勉強をした人間だけが目覚める能力ではないらしい。
メラクによると、神殿に入って見習いとして医療を学んで回復に目覚める人間と、身近な人間が怪我や病気になった時に必死に祈っていたらスキルが目覚める人間と、半々ぐらいとのことだ。
・・・病気の場合は下手に回復なんぞかけたら病原菌の方を元気にしてしまって患者を殺す可能性も高いかもしれないが。
「で、そういうことを防ぐための手段をこれから教えてくれる、と?」
メラクが頷いた。
「鑑定です。
『患者の全ての不調を知りたい』と思いながら鑑定をかけてください」
(あれ?
鑑定って薬の効能のチェックとか薬に使う材料のチェックとかに使うのかと思っていたのだが、診断にも使えるのか。
・・・病気とかもそれで分かるとしたら、鑑定はとんでもないスグレモノだな)
病気の診断では原因の特定が何よりも難しい事が多いのに、それが鑑定で分かるとしたら、前の世界だったら医者が踊って喜ぶことだろう。
とは言え、病気に対して回復を使うのは非常に難しく、デリケートな作業なので初心者は絶対にすべきではないとメラクに強く念押しされたが。
だけど、体の状態が分かるのだったら、薬の治験とかでも副作用が直ぐに分かって良さそうだ。
(う~ん、色々実験がしたいな)
思わず色々やってみたい実験に隆一の心が沸き立ったが、取り敢えずそれは後回しにしてまずは目の前にいるゼルガン氏に対して鑑定をかけることに。
(まずは堅実に初級コースからこなしていこう)
研究者の血が沸いていますw




