42.『好奇心』だけでは駄目ですね(6)
「まさか予行演習済みだったとはね」
イルベルトとの微妙だった昼食を終え、図書館に戻ってきて彼に教わった本及び鎖付図書にあった王家の先祖であるヴァサール氏の活躍の話(というかその時代の歴史本)を読み終わった隆一は思わず小さく口笛を吹いた。
そう。
ヴァサール辺境伯が攻略した迷宮は、王都にある迷宮だけではなかったのだ。
金ランク探索者だったヴァサール氏はグルダルヴァ暦390年頃に皇帝の依頼で、西隣の国との国境近辺にあった為に国軍が近寄りにくく、中身が探索者にとってあまり好ましくない魔物が多かったせいで十分に間引かれなくて時折大繁殖を起こして問題になっていた迷宮を攻略していたのだ。
この功績によってヴァサール氏は男爵位を賜った。
その後、後継者争いで情勢が不安定化した西隣の国を攻め込もうという機運が高まり、戦争の間に国内での魔物対策を任せる為に対魔物騎士団の団長としても招かれることになった。
皮肉だったのは、対魔物戦闘用の騎士団だったために国内にとどまっていたが故に隣国が突然割れ、想定外の海経由で王都が攻め込まれた時にヴァサール男爵下の騎士団が帝都及び皇族を守ることになったことだった。
大陸の中で残っていた国としては大きい部類だったとは言え、元よりグルダルヴァ帝国より小さく、軍備も劣っていた隣国である。
内乱で割れ、第二王子側に着いた勢力の全海軍及びかなりの部分の陸軍が参加していた奇襲が失敗したのだから、その先は目に見えている。
割れた隣国は1年もしないうちに完全に敗北し、大陸の地図から姿を消した。
ここでヴァサール男爵の処遇が問題になった様だと資料を読んだ隆一は推測した。
他の戦争や紛争の際には戦勝パレード直後、もしくは遅くともパレードから2ヶ月以内に報奨の発表があったのに、この隣国を決定的に下した戦争の戦勝パレードの後の報奨発表には半年もかかったのだ。
単に戦いに勝ったというだけでなく、帝都と皇帝を守ったという戦功は誰よりも大きなものだった。
が、元はと言えば探索者あがりの男爵の庶子。
なまじ戦功が大きかったが故にそれに値する報奨を与えるのを他の貴族が嫌がった可能性は高い。
単なる庶子である探索者だったならば下級貴族の男爵なり子爵にする程度で良かったのだろうが、既に男爵になっていた為に皇都を守り、敵国の南半分の戦力を壊滅させた戦功は過去の慣例から推測すると伯爵か侯爵への昇爵があってもおかしくない。
だが、下級貴族にするのはまだしも、伯爵ですら上級貴族である。
男爵の庶子程度にその爵位を与えるのを大陸隋一の帝国を誇る貴族たちが嫌がったと想像するのは難しくない。
かと言って、軍部での昇進による報奨も今度は軍部的に問題があったのだろう。
最大の仮想敵国であった隣国が敗北したことから、以後は戦功を立てられるような戦いも少なくなると軍部も予想していたとしても不思議は無い。
事実、このグルダルヴァ暦408年にあった戦争の後、帝国はグルダルヴァ暦748年に崩壊するまで一度たりとも他国と大きな戦争を経験していない。
グルダルヴァ暦500年目以降には停滞した現状に苛立った貴族たちが誘導した争いが時折起きているが、グルダルヴァ暦408年の戦争の後は50年近く紛争すら起きていない。
つまり、軍部の人間は上が定年退職しない限りほぼ昇進の機会が無くなったのだ。
先が読める人間だったら当然の事ながら後から入ってきた、戦時中の国内治安を一時的に任されただけの探索者上がりに将軍職を与えることなど強硬に反対しただろう。
つまり、ヴァサール氏の報奨問題は、帝国が敵も無いほどに栄えて強力になったからこそ、行き詰ってしまったのだ。
ある意味、帝国のその後の行き詰まりの前兆だと言っても良かったのかも知れない。
結局、本人が言いだしたのか皇帝が言いだしたのかは不明だが、数年前に山脈越えルートが発見された膨大な東側の未開拓地を『辺境伯爵領』としてヴァサール氏に与えることでその報奨問題は解決された。
ある意味、体よくヴァサール辺境伯は国から追い出されたのだ。
山脈と魔物が徘徊する深い森によって帝国から切り離されていた土地は人間こそ住んでいなかったから開拓し放題と言えなくもなかったが、帝国からのアクセスが悪すぎて元々開拓その物がほぼ不可能に近いと思われた地域だった。
そんな『報奨』に合意したのだから、ヴァサール辺境伯もいい加減帝国での権力争いに疲れていたのかも知れない。
とは言え。
現在のヴァサール王国の王都となった場所にあった迷宮を攻略することで開拓の難易度はぐっと下がった。
なんと言っても薬草、肉、野菜そして金属が全て迷宮でゲットできるのである。
人間の生活にこれ以上なく都合のいい迷宮があったからこそ、ヴァサール辺境伯がやったように帝国のスラムから適当に人間を連れて来て資源をゲットさせ、ゆったりと余裕を持ちながら周囲の森を開き開拓することが出来たのだろう。
便利だからとあっさり攻略できるような迷宮ではないはずなのだが(ここ100年以上は攻略されていないらしい)、きっちり計画してあっさり攻略出来たところが稀代の英雄ともいうべき男の腕前と言っても良いかも知れない。
最初に皇帝の依頼で迷宮を討伐した際には莫大な量の財宝や迷宮品を持ち帰ってきて皇帝に献上したことで爵位を与えられていたが、この際に迷宮の攻略者が求めることが出来る特典に関して、ダンジョンマスターから色々教わっていたのだろう。
その頃から別の迷宮を攻略して領地を富ませることを考えていたのか、それとも報奨問題が長引いて帝国を見限った際にヴァサール辺境伯爵領の迷宮を利用しようと考えたのか、詳しい事は分からないが。
領地を開拓して富ませるのに必要な物資をどのように決めていったのか、その頃のヴァサール氏(と多分彼の頭脳役)の企画書でも残っているのなら、是非とも読みたいところだ。
・・・王家の禁書庫にならそれもあるのだろうか?
折角密偵ギフト持ちと仲良くなったので、イルベルトに王都迷宮攻略・改造計画企画書を探して貰ったりしても良いかもw




