41.『好奇心』だけでは駄目ですね(5)
『建国後XX年』を『グルダルヴァ暦XX年』に変更しました。
ヴァサール王国が攻め込まれるところだったのかも知れないと言う情報を隆一が吟味している間に、2人は図書館を出て街中に来ていた。
「リュウイチさんの世界の事を何か教えてくれませんか?」
大通りを暫し進んだ後、横道に入りながらイルベルトが尋ねてきた。
「別に前の世界の事を教えるのは構わないが、何を聞きたいのかもう少し絞ってくれ」
『何か教えてくれ』と言われてこちらが話したいことを垂れ流しても歓迎されないことは既に学習済みだ。
というか、面倒くさそうな相手に捕まってそのようなリクエストを受けた場合、隆一は大学院での研究論文について滔々と語ることにしている。
だが、流石にイルベルトにそれをするのは可哀想だろう。
「う~ん、じゃあ、リュウイチさんがいた世界での密偵ってどんなことをしていました?」
何やら『裏通りの名店』っぽい地味な店の扉を開けながらイルベルトが尋ね直した。
さて。
ここで若き密偵君に『国の為』というお題目の下に色々と人間的にどうかと思うことをやっているという噂のCIAの話なんぞをするのは良くないだろう。
第一、希少疾患治療薬の研究者だった隆一にスパイの知り合いはいない。
よってスパイに関する隆一の知識は全てテレビのドラマやスノーデンがウィキリークスに漏らした情報に基づいているので、信頼性は・・・かなり怪しい。
取り敢えずメニューを手に取って中身を確認しながら、無難な内容を話すことにした。
「俺の世界は情報の蓄積、処理及び伝達がとてつもなく発達した社会だったんだ。
コンピューターという道具を使うことでブリーフケースに入るようなサイズの誰でも持っている道具にこの図書館にある本の情報全部を蓄積できて、更にあっという間に調べたいことを検索できるようになった世界だった。
お蔭で凄く便利だったが・・・代わりに、その情報を盗んだり勝手に加工したりする手法も発達していた。
向うの密偵は自国の情報の盗難や不正アクセスが無いかを調べたり、敵の情報を盗んだりすることが多いんじゃないかな?
勿論、麻薬販売やテロリストの組織に潜入してそういう集団の壊滅に命を懸けている人間も多数いたと思うが」
考えてみたら、アメリカでは潜入捜査官の話とかCIAの話がドラマに色々出てきたのに対し、日本ではあまりそういうドラマも無かったが・・・日本だってスパイっぽい潜入捜査官はいたのだろう。
多分。
日本の情報収集能力はお粗末という話は時折新聞などでも見たが。
どうも日本は第二次世界大戦の軍事政権に対するアレルギー反応のせいか、攻撃的ととられかねない行動は自己防衛に必要だとしてもやらない傾向が強い気がする。
『日本は外に戦争を仕掛けないので、日本にも攻め込まないですよね?』と他国の善意を無邪気に信じ、他国の戦争準備とかに関する情報収集に予算を割く代わりに地元の有権者に喜ばれる公共事業とか補助金に金を使おうとする政治家が多すぎる気がする。
アメリカが『自国第一』を信条とするようになり、世界の警察官役を『金がかかって割に合わない』と公言するようになった現代では、どう考えても危険すぎるスタンスだと思うが・・・まあ、もう自分には関係ない異世界の話なのだ。
気にしてもしょうがない。
「ふ~ん。
この世界でも古い情報は写真版に纏められるようになったから情報を蓄積しやすくなって、あれを一気に簡単に調べられると色々楽になって良いだろうな~と思っていたけど・・・簡単に機密が盗みやすくなるという問題もあるのか。
どこの世界でも、新しい発見があって便利になると、新しい問題が出てくるんだね」
「残念ながら、不当に利益を得ようとする人間は常にいるからな。
悪事に対する人間の熱意っていうのは、下手したらまともな仕事をしようとする人間の熱意よりもずっと大きいかも知れないな。
なんと言っても不法行為の方が税金もかからず、儲けも大きい事が多いし」
なんとも暗い結論に、思わず二人とも沈黙してしまった。
ちょうど店員が寄ってきたので適当に昼食を注文したら、パンとエールが先に出てきた。
「そう言えば、こっちでも写真版があるんだ?
だとしたら俺が探している情報もそっちに記録されている可能性もあるのかな?」
カメラと写真が開発されているという話は聞いていたが、写真版に情報がまとめられているという話は聞いていなかった。
とは言え。
コンピューターで検索できるわけでないのだから、『情報が捨てられていない』というだけであまり大してプラスにはならないが。
「写真版は統計的な情報を捨てる前に纏める感じかな?
だから探索者ギルドだったら昔の探索者の依頼達成記録とか買い取り情報とかがまとめられているはずだからそれをじっくり探せば初代ヴァサール辺境伯の探索者としての情報は見つかるかも」
・・・面白い情報かも知れないが、量が多すぎて手を付ける気にはなれないかも知れない。
まあ、ヴァサール辺境伯爵領の開発状況が倒されて買取された魔物の量やタイプから見て取れるかもしれないから、暇があったらざっと目を通しても面白いかも知れないが。
それはさておき。
店員が持ってきたランチプレートに手をつけながら、気になっていたことを尋ねることにした。
「そう言えば、招かれ人を召喚したことでこの国が戦争に巻き込まれるリスクが無くなったんだとしたら、密偵の職業の人はこれから数十年の間は何をするんだ?」
情報戦で手を抜いても国が攻め込まれるリスクが無いというのは良い事だが、それで情報収集能力が劣化したら隆一や煌姫が死んだ後にヴァサール王国が滅びかねない。
まあ、確実に隆一たちが死んだ後の話になるので完全に他人事ではあるが。
「神様が招かれ人の召喚国の選択を戦争の回避に使っているっていうのは、一部の学者の仮説なだけなんですよね~。
だけど俺たちの業界ではそれなりに信憑性が高いと思われている。
だから狙われていた可能性が高いと想定して、どこに何が狙われていたのか、それの確認作業が取り急ぎの優先的作業だね」
パンをちぎりながらイルベルトが答えた。
『俺たちの業界』ということは、若く見えるがイルベルトも既に一人前の密偵として働いているのか。
「大抵の戦争は何らかの経済的利益を目的にしているけど、戦争で奪い取るのが一番手っ取り早いとは言え、どっかの有力な家の乗っ取りとか巧妙な貿易協定でも色々と出来ることはあるから、調べなくちゃいけないことは山程あるんだよね」
イルベルトの言葉に隆一は頷いた。
「確かにな。
もしくは不利な貿易協定の破棄の為に戦争をするということもあるだろうし」
「そうだね。
まあ、この国は他の国から離れている上にそれなりに資源に恵まれているせいか、ちょっと人間に対しては平和ボケしていてそれ程有利な貿易協定を結んできてはいないけどね」
イルベルトが苦笑しながら答えた。
『人間に対して』平和ボケとは、魔物に対しては苛烈ということなのだろうか?
魔物の大繁殖のリスクが高いとしたらちょっと嫌なのだが。
まあ、流石に王都が危険にさらされるようなことは無いか。
「しっかし。
今回は2人召喚されたから両方狙うのは難しいだろうが、一人しか召喚されなかったらハニートラップでどっか第3国へ自発的に移住するように誘導する試みも多そうだな」
偶然とは言え、二人で召喚されたことはラッキーだったのかもしれない。
肉をナイフで切り分けながら、隆一は思わずため息をついた。
これが一人で来ていたのだったら、はっきり言って自分に近づく人間は誰一人として信じられなかっただろう。
召喚先以外の国の人間だったら『連れ出すためのハニートラップか?』と考えざるを得ないし、召喚先の国の人間だったら『ハニートラップに引っかからない為の引き留め要員か?』と疑ってしまっただろう。
そんな状況だったら、数年のうちに人を疑うのに疲れて引きこもりになりそうだ。
まあ、今もそれほど人と社交的に付き合っている訳ではないが。
神に自由を保障されているお蔭で変な圧力を受けないでいられるが、そのせいで別の意味で用心する必要が生じるとは・・・なんとも面倒なことだ。
結局、美味しい店に行ったもののあまり食事は味わえず・・・。
もう少し気楽な話題を選ぶべきでしたね~。




