33.政治システムはどれも問題だらけ
ちょっと話が脱線してます
「うん、やはり可動領域が広がったな。
助かった、ありがとう」
神殿の庭で剣舞のようなものを舞っていたアーシャは、一通り動いた後に満足いったのか剣をおさめ、隆一の方に寄ってきた。
首の正面の治療は朝になっても特に何も問題を起こしていなかった。
そこでタンクトップを着たアーシャの背中を何度かに分けて高アルカリ性スライム水ポーションで治療してみたのだが、背中の半ばまで背骨の上に広い範囲で残っていた火傷の傷跡も午前中で全て綺麗に消えた。
昼食の後に効果のほどを確認したいとアーシャが希望したので庭で動いてみることになったのだが・・・はっきり言ってアーシャの動きが速すぎて隆一には目で追えなかった。
「なあ、アーシャとデヴリンだったらどっちが強いんだ?
対魔物だったらデヴリンがプロだと思うけど、対人戦で」
汗を拭くアーシャに思わず尋ねてしまった。
気軽にひょいひょい大鼠や一角ウサギ、突撃豚を倒していたデヴリンだって凄腕だと思うが、彼がこんな見事な剣舞をできるのかと聞かれるとイマイチ想像が出来ない。
「そりゃあ、デヴリン殿の方が強いさ。
なんと言っても迷宮の攻略に最も近いと言われていた男だからね」
「でもそれは魔物に対してだろ?
人間が相手でも強いのか?」
アーシャが小さく笑った。
「リュウイチにはデヴリン殿が強そうに見えないかもしれないが、あの御仁はここ2年連続で王都闘技会の剣技の部で優勝しているぞ。
だから書類仕事から逃げて普段の堅苦しい業務をさぼっても許されているんだ」
おお~。
やはり書類仕事から逃げているのか。
やっている雰囲気は無かったからなぁ。
探索者上がりじゃあデスクワークをがっつりやるメンタリティも無いだろう。
「さて。
では残りの首回りの治療もやってしまわないか?
今日で終わらせる予定なのだろう?」
剣舞の為に動かした植木鉢を戻しながら、アーシャが言ってきた。
「そうだな」
「そう言えば、未知の言葉に関して考えておいてくれたか?」
部屋に戻りながらアーシャが聞いてきた。
昨晩は『セクハラ、パワハラ、モラハラ』を知らぬのに理解できたことからアーシャとザファードが『神の偉大さの実感』に感激して、もっと色々と知らない言葉を知りたいと騒いだのだ。
取り敢えず日本で社会問題になっていた言葉を適当に言ってみたところ、残念ながら『残業時間』も『サービス残業』も『過労死』もこちらに普通にあるコンセプトらしく、通じてしまった。
なんとも世知辛い。
『満員列車』という言葉が『満員馬車』に変わったのはある意味面白かったが、イマイチ二人を満足させる程ではなかった。
取り敢えず直ぐにはそれ以上思いつかないので夜の間に考えると言って二人を追い出したのだが・・・どうやら治験に目途が付いたことでアーシャの好奇心が復活したようだ。
「テレビ、コンピューター、インターネットでどうだ?」
残った首回りの傷跡に高アルカリ性スライム水ポーションをしみ込ませたガーゼを貼りながら隆一が投げかける。
ザファードがちょっと首を傾げてから肩を竦めた。
「何やら知らない道具の内容が漠然と頭に思い浮かんできて面白いですが・・・どうせならもっとコンセプトとして新しい物を教えて下さいよ」
ため息をつきながら砂時計をセットし、隆一はソファに身を投げ出した。
「なんか急に押しが強くなったなぁ」
「やはり神官ですからね。
神を感じるのには興味があります」
「興味がありすぎて被っていた猫がはがれただけじゃないか。
リュウイチ、ザファードは元々淡々としているように見えて実はガンガン自分の興味があることは押してくるタイプだったぞ」
ザファードが肩を竦めた。
「ちゃんと効率的に言われた通りのことをこなす折衝役を務めてきましたよ?
単にちょっと興味がわくことが出てきたのでそちらでこちらのお願いに応じて貰いたいな~と期待しているだけで」
隆一が軽く笑った。
「まあ、人間っぽくなって付き合いやすくなった感じはするが・・・大分イメージが変わったな。
もっと典型的な真面目で信心深い神官様だと思っていたよ」
「招かれ人の折衝役は有能であることは求められますが、信仰心に関してはあまり信心深くない方が上手くいくと神殿長から言われましたよ。
なんと言っても、招かれ人は神の奇跡の体現化した方なのに、異なる世界の宗教や倫理を信じていらっしゃいますからね。
真面目で信心深過ぎる人だとその矛盾に耐え切れなくなることがあるらしくて」
どうやらザファードは有能さだけでなくその信心の足りなさを買われて隆一の折衝役に抜擢されたらしい。
「なるほどねぇ。
でも、回復の術なんて神の奇跡の最たるものなんじゃないのか?
俺の召喚だってあり得ない事だっただろうし。
今更知らない単語が分かるぐらい、どうということは無いような気がするが」
隆一にとっては見る見るうちに傷が治っていく回復の術は明らかに奇跡っぽいし、日本のレストランからこの世界に一瞬のうちに取り込まれたのもどう考えても科学の範疇を超えた現象だった。
会話をしている際に聞いたことが無い言葉の大体の意味が推測できることよりもずっとそちらの方がスケールは大きい気がする。
「回復の術が最初に出来るようになった時は人を癒すたびに奇跡のように感じましたが・・・慣れてくると魔術で風矢を打ち出すのと同じような、魔力を使ったスキルの一つのように思えてくるんですよね。
召喚にしても、見た目だけだと迷宮の転移陣から人が出てくるのとあまり変わりがないので神の御業の偉大は実感しにくかったですし。
その点、会話における理解というのは自分で実感できる、小さいながらも明らかなる奇跡なんです」
ザファードの言葉に隆一は肩を竦めた。
この世界に召喚されたことで確かに神が存在することは分かったがイマイチ感謝する気は起きない。
誘拐ではなく単なる無断コピーなだけだったにしてもやはり前もって何も相談されなかった身としては割り切れない気持ちがある。
「まあ、神と奇跡に関しては俺たちが話し合うのは必ずしも実りある行為じゃないからそれは良いとして・・・。
コンセプトとしてこちらに無さそうなものと言ったら、『民主主義』なんてどうだ?」
王制の世界なのだ。
力を持った商家が権力を握る共和制モドキもあるようだが、図書館の資料を読んだ限りでは無条件に民に権力があるとする考え方はこの世界にはないはず。
アーシャが隆一の言葉に小さく首を傾げた。
「うん?
何か上手く意味が伝わらないぞ?
政治体制だと言うのは分かるが、民に平等に権利があるはずなのに金や家系が物を言うような矛盾した印象が湧いてくるのだが」
隆一が目を丸くした。
「おや?
意外と正確に俺の印象が伝わったな。
まあ、政治体制っていうのは人間が人間である限り、どんな体制でも問題点があると俺は思っている。
民主主義というのも俺のいた世界では『最終解答』如きな扱いをしている学者が多かったが、現実としては問題がありすぎたからな」
「では、リュウイチ殿は民主主義をこの世界で導入すべきだとは思われないのですか?」
ザファードが静かに尋ねた。
「民主主義なんて言うのは、民衆が全員自分たちの国の統治に自発的に関与していく経済的余力と気力があり、金や暴力や嘘で過半数の賛成を得ようとする勢力を抑えるシステムがちゃんと機能する世界じゃない限り、問題が色々と出てくる制度だ。
しかも『民衆に主権』という建前だから国全体の方向性として何か問題が起きても責任の所在は不明確だし」
隆一が肩を竦めた。
「勿論、王家や貴族の気まぐれで一般市民が殺されたり財産を奪われたりするような制度よりは民主主義の方が良いだろうが、幸いにもこの世界は招かれ人という第三者が定期的に現れて神に守られた立場からシステムを批判するから、文句を言われやすい理不尽な制度はそれなりに修正されているだろう?
だから無理に他の世界の政治システムなんぞ導入する必要な無いと俺は思うぜ」
隆一の言葉に、ザファードが小さく息を吐いた後、深く息を吸い込んだ。
「そう言っていただけると助かります。
『民主主義』というのは過去に招かれ人が導入しようとして国を滅茶苦茶にしたシステムとして神殿の禁書に記されているのです。
尤も、神殿に伝わっている『民主主義』と今リュウイチ殿が言った際に得た理解とはちょっと内容が違う様でしたが」
砂時計の砂が落ち終わったのを見てアーシャの首に貼ってあったガーゼをはがしながら隆一が眉を上げた。
「禁書の内容なんぞを話して良いのか?」
「アーシャに禁書にある理想論にかぶれて政治改革を求めて変な運動を始める程の熱意はありませんから、大丈夫です」
笑いながらザファードが答えた。
神の奇跡を体現しているのにその神を信じていなかったり恨んでいる相手と一緒に居たら信心深い神官さんには辛いですよねw




