32.傷痕は消さないと言っているのに:アーシャ・スルフェイナ(3)
「ちなみに、どうして顔の傷跡を残したいのか聞いても良いか?」
一通り実験を終わらせ、首の正面の傷跡が綺麗に消えたことを確認した3人は一緒に夕食を食べることにした。
「女の騎士と言うのは少ないんだ。
お蔭で無理やり王族の護衛をしろと近衛に入れられた。
それだけでも迷惑だったのに、更には煩い貴族の小娘どもに『姫騎士さま~』とかふざけた呼び名で付きまとわれてな。
上司に毎日訓練所や会議室の外で待ち伏せしている小娘どもが邪魔で仕事にならんと訴えても『女同士なら間違いも起きようがないのだから、父上殿たちに予算増額をおねだりするようせいぜい媚びを売っておけ』と言われる始末だ。
最後にはそんなふざけた小娘の一人の婚約者に下宿先を放火されて殺されかけた」
アーシャの説明に、リュウイチが目を丸くした。
「それは不幸だったな。
確かにそれだったら傷跡を残した方が無難そうだな。
しかし、女性の護衛騎士という存在の需要と供給を考えたら、嫌がる人間を強制しなくてもそれなりに騎士になりたがる女性もいるんじゃないのか?」
「男ならばそれなりに能力があるか血統が良ければ騎士になれるが、女の場合は戦闘用のギフトがないと騎士団に入れないからな。
ギフトがあってやる気があっても家族が反対することも多い。
その上、騎士になれても家族に問題があると近衛には認められない。
お蔭で条件的に都合が良かった私はとばっちりを食らったのさ」
リュウイチが首を小さく傾げた。
「男はギフトが無くても騎士になれるのか?」
アーシャはワインを手に取りながら肩を竦めた。
「必ずしも誰もがギフトを持っている訳ではないからな。
ギフトを持っていればその職業に就くのに有利だが、ギフトを持たねば騎士になれないなどと言っていては騎士団が人手不足になってしまう。
ただまあ、女性はどうしても肉体能力的に不利だからな。
ギフトが無い場合は余程スキルを磨いていない限り諦めるよう説得される」
ある程度以上魔物を倒して基礎能力を上げていけば男女差も殆どなくなるのだが、見習いの段階では戦闘用のギフトが無い場合は圧倒的に女性の方が弱く、下手をすると仲間であるはずの同僚の男による暴力から身を守れないのだ。
騎士団に身内の人間や無辜の人間に暴力を振るうような人間がいる訳がないというのは理想だが、現実としては潔癖な人間だけで騎士団を形成することは難しい。
結局、騎士団の上層部の解決策は『自分の身を守れぬ被害者になりそうな人間は入団させない』だった。
だから同じ戦闘職でも魔術師は男女差が無いが、騎士団はギフトが無い女性は採用しない。
例外として高ランク探索者だったら受け入れている程度だ。
「そして折角採用されてもパワハラとセクハラは無くならないと。
どこの世界も世知辛いもんだな」
リュウイチが肉に切り込みながら呟いた。
招かれ人はこちらの世界に来る際に異世界の言語理解の能力を神から与えられると言われている。
あまりそのことを意識していなかったが、聞いたことのない『セクハラ』と『パワハラ』という言葉を何故か漠然と理解出来たことでアーシャは初めて神に与えられた能力の偉大さを実感した。
「セクハラとは?」
だが、意外にもザファードが尋ねた。
「おや?
ザファードは分からなかったか?
私は知らない言葉なのに漠然と『性的嫌がらせ、もしくは強要』といったニュアンスを感じて神の偉大さを実感したところだったのだが」
リュウイチがザファードとアーシャを見比べた。
「ふむ。
ザファード、セクハラ、パワハラ、モラハラは俺の世界で最近問題視されるようになった行為なのだが、分からないか?」
ザファードの目が丸くなった。
「あ、分かりました。
なるほど、知らない言葉なのに漠然と感じ取れるとは不思議な感覚ですね」
「リュウイチは先ほど、ザファードのことをあまり意識せずに私に対して話しかけていたのかな?
ちゃんと相手のことを意識していないと伝わらないとなると、演説や講義を行う時などは使う言葉に気を付けた方が良さそうだ」
にやりとリュウイチが笑った。
「いやいや、素晴らしい事じゃないか。
これを理由に大人数を相手に話しかけるようなことを全て断れる」
どうやら今度の招かれ人は中々癖が強い人間のようだ。
基本的に普通に向うの世界に存在するコンセプトだったら隆一が相手のことを意識していなくても普通に訳されて相手に聞こえます。
コンセプトが無いと直接話しかけられている相手にはちゃんとニュアンスが漠然と伝わって理解できるのですが、周りにいるだけの人間には伝わらずに聞いたことが無いカタカナを言われたような感じになります。
ある意味、これも神の奇跡ですね~。




