30.傷痕は消さないと言っているのに:アーシャ・スルフェイナ
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「アーシャ!
傷痕を治せるかも知れないぞ!」
久しぶりに現れた幼馴染は、何やら興奮しているようだった。
「ザファード。
何度も言っているが、私はこの傷痕を疎んでいない。
治したいと思っていないのだといい加減分かってくれ」
騎士団の待合室に現れた幼馴染は、アーシャの言葉にあっけにとられたように立ちすくんだ。
「本当に、治したくないのか?
力が足りなかった私に気を使っているのではなく?」
『悲劇の女騎士』
それが王都でのアーシャの陰の二つ名だ。
王都の士爵家に生まれたアーシャは、幼いころから騎士になることを目指して腕を磨いてきた。幸いにも『聖騎士』としてのギフトを発現したので成人した後には民の為に魔物と戦う第2騎士団に入ったのだが・・・人よりも麗しい見た目と、女性であると言うことが本人にとって不本意な結果を生み出した。
女性王族の護衛をする近衛騎士として第3王女から直接勧誘されてしまったのだ。
見目も腕も良く、そしていざという時に王族の盾になって死んでも構わない程度の下級貴族の家柄である騎士というのは非常に近衛団にとっては都合がよく、それとない誘いはかなり早い段階から来ていた。
いくら王族が守られねばならぬ存在であるとしても、今まで磨いてきた腕を王宮での『騎士ごっこ』で無為に費やすのが嫌だったアーシャは色々と策を講じて断っていたのだが、たまたま忙しい時期に助っ人として駆り出された王宮での警備の最中に王女から直接誘われてしまっては断れなかった。
そして更に不幸なことに、『凛々しく』見えるらしいアーシャは王女の護衛として晩餐会や舞踏会に参加していると毎回嫌になるほど貴族のご令嬢たちから声をかけられるようになった。
騎士、特に近衛騎士は貴族のご令嬢からあこがれの目線を向けられることが多い。
それでも男性の場合は『万が一にでも若い女性に関して周りに誤解を与えてはならないから』という言い訳でご令嬢たちを遠ざけることが出来るのだが、女であるアーシャの場合は『間違い』が起きようがないという残念な現実の為、いくら上司に『ご令嬢たちに邪魔されて仕事にならない』と訴えても『にこやかに対応するように』と命じられるだけだった。
そんな中、『運命の愛と絆』が二人の間に存在すると妄想し、『愛に生きる』などと言ってとうとう己の婚約破棄まで口走り始めたとある伯爵令嬢がアーシャの下宿先に入り浸るようになった。
男女の関係ならば子供を作って既成事実化するという強硬手段もあるが、女同士ではそんな間違いも犯しようがない。
いくら伯爵令嬢が馬鹿でもどうせ出来ることは無いと諦めと共にアーシャは相手が熱病から覚めてくれるのを待っていたのだが・・・不幸なことに、この伯爵令嬢は一人娘で、キルファード伯爵家の唯一の直系だった。
婿入りして伯爵家を継ぐ予定だった男爵家の3男である婚約者は、キルファード伯爵家の財産をあてにして借金を膨らませていた為に『これも一過性の熱病』と静観するキルファード伯爵当主のような平静さがなかった。
その婚約者が選んだのは、下宿先に放火してアーシャを殺害すること。
聖騎士ともなればそれなりに防御スキルがあり、単なる火事程度では死なない可能性が高いということが理解できるほどの知恵も、聖騎士でも殺せるだけのプロを雇うほどの計画性もない男だった。
ただ、放火した日にアーシャが仕事で帰宅が遅れ、キルファード伯爵令嬢が遊びに来ていた事が運命の歯車を狂わせた。
伯爵令嬢の御者に『お嬢様が中に!!!』と泣きつかれて燃え盛っている家の中に駆け込んだアーシャは大火傷を負った。
特に腕と背中、そして顔の火傷が酷かった為、治療の為に半年近く休職し、そして復帰後は『お目汚しになりますので』という理由で近衛を退団し、第2騎士団に戻った。
アーシャの顔には見るも無残な傷が残った為、それを隠すために今でも仮面をつけている。
・・・ということになっている。
たまたま最初の治療を担当し、完全に傷痕を消せなかったことを後悔している幼馴染の神官が傷痕の事を気にしていたことは知っていたが、『この傷痕は消したくないんだ』と内密に告げた自分の言葉を理解していなかったとは気が付かなかった。
「折角顔に傷がついてウザい小娘達から解放されたんだ。
治したりしたら元も子もないだろうが」
あっさり告げたアーシャの言葉に、ザファードは言葉も出ないぐらい驚いているようだった。
「あのなぁ。
私が近衛に居た頃に付きまとわってきたご令嬢の中には軍部や財務省の上層部の娘もいたんだ。
副軍事大臣の娘に、『アーシャ様のお父様は第4騎士団にいらっしゃるのですよね?あそこの装備はお粗末だと聞きましたので、今度ちゃんと装備を買い替えられるようにお父様にお願いしておきますわ』と言われた時には、血の気が引く思いがしたよ。
父が予算の不正使用の関係者にされるのもとんでも無い事だが、うっかりこのご令嬢を怒らせたら家族が死地に送られるってね。
まあ、流石に戦争が無い中で『死地』に送られることは無いかも知れないが、予算が削減されるぐらいの嫌がらせは十分考えられるだろう?
お蔭で忌々しい極楽鳥どもににこやかに対応した日々がどれほど辛かったことか」
幸いにもアーシャの家系は子沢山で兄弟、従兄弟、伯父、伯母等を含めれば数えきれないほどの軍属が居たので『父の装備をよくするために従兄弟の部隊の予算がカットされるといったことが起きるかもしれないので、ありがたいお申し出ですが正規の手続きに任せたいと思います』となんとか説得したが、家族を人質に取られた形になったアーシャはますますご令嬢達のアプローチに身動きが取れなくなったのだ。
「つまり、傷跡を治していないのは態となのか?」
「当然だ。
ちゃんと腕の傷跡は肌を削ぎ剥がして治しただろうが。
この傷痕と仮面のお蔭で『女同士なら問題も起きようがないんだから、ご令嬢達に微笑みかけて予算を獲得してこい』なんてアホなことを命じてくる上司も撃退できるようになったんだ。
絶対に傷痕を治すつもりはない!」
確かに、筋肉まで達した腕や背中の火傷の傷を治すのには時間がかかったし、引き攣って治った肌を何度も徐々に削ぎ剥がすことで稼働領域が元に戻るまで治療するのは辛い日々だった。
その点、顔の火傷は皮膚一枚の話なのだ。
一回剥げば治せるのにやらなかった理由を何だと思っていたのだろうか、この唐変木は?
「背中や首回りの傷跡はナイフで剥ぐのが危険だから傷を残したと言っていたから、顔もそうなのかと思っていた・・・」
少し気落ちしたように座り込んだザファードだったが、暫くして気を取り直したように顔をあげた。
「まあいい。
確かに顔の傷跡は直さないほうが良いかも知れないが、首回りや背骨の上の傷跡を治してみないか?
ナイフで削ること無しに古い傷跡を治す新しい治療方法が見つかったかもしれないんだ。
治験に協力してくれると有難い」
ちょっと男前な麗人タイプの女騎士さんですw




